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アルタジア  作者: 桜花シキ
第10章 選択の時
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決意 ~リエルナ~

 クローリアと話をした後、気になるなら様子を見に行きなよと背中を押されたアストルは、リエルナが使っている部屋の前へと足を運んでいた。

 だが、来てはみたもののアストルはその扉の前で立ち尽くす。果たして、リエルナはどんな顔をしているのだろうか。それを見るのが怖かったのだ。部屋に籠っているのなら、それ相応の理由があるのだろう。その理由が何であるかが分からない以上、どんな顔をしているかなど想像できるはずもない。


 迷った挙句、思い切って扉を叩く。叩いてから、もしかして部屋にはいないという可能性もあるのではと考えたアストルだったが、それは瞬時に掻き消された。


「アストル?」


 叩いた扉はすぐに開き、アストルを見上げるようにリエルナが顔を出した。きょとんとした表情を浮かべた彼女に、見たところ特に変わった様子はない。とりあえず、アストルは胸をなでおろした。 


「姿が見えないから、心配した」


「心配してくれたの?でも、大丈夫。私、作りたいものがあって、それでどうやって作るか、考えてたの。でも……結局、作れなくて」


 姿が見えなかった原因は、何かを作ろうとしていたからなのだということに気がつき、いろいろ余計なことを考えていたアストルは、考え過ぎだったなと心の中で笑った。だが、何を作ろうとしていたのか。もしかしたら、何か重要なものかもしれない。そう思い直したアストルは尋ねる。


「何なら、俺も手伝うけど」


「ううん、大丈夫。他のにしたから」


 しかし、リエルナは首を横に振る。やはり、思い過ごしだったようだ。


「そうなのか。なら、いいんだけど」


 そんなやり取りをしているうちに、急にリエルナがアストルの顔をじっと見つめてきた。


「どうしたんだ?」


「怪我?」


「え?」


 リエルナが、そっとアストルの左頬に触れる。クローリアに殴られた痕だ。

 リエルナは赤く腫れた左頬を治すかと言ってくれたが、アストルは微笑んでそれを断った。その様子にリエルナも何かを悟ったのか、笑って頷く。


「よかった。アストル、ちょっと元気になったの」


 アストルが彼女の心配をしていたように、彼女もまたアストルのことが心配だったのだ。帰ってきた時とは違い、以前の姿を取り戻しつつあるアストルに、リエルナはにこにこと嬉しそうにしている。それを見て、アストルは心がじんわりと温かくなるのを感じた。

 元気を取り戻したアストルを見て、リエルナは何かを決心したように頷く。


「私、ちゃんと話すって言ったのに、私のこと、全然話してなかったの。だから、昔のこと話すの」


「いいのか?」


 リエルナのことを気遣って尋ねたアストルに、彼女はこくりと頷く。


「うん。……あのね、私のお母さんも、私がまだ小さい時に死んじゃったの」


「そう、だったのか……」


「その時の私はまだ小さくて、よく覚えてなかったんだけど、ヴェインズさんから見せてもらったの。私のお母さんの過去」


「もしかして、リエラって人のことか?」


 アストルは、ずっと気になっていたことを口にした。予想通り、リエルナは頷く。


「やっぱり、アストルも知ってたの。そう、あの人が、私のお母さんなの」


 アストルの母ユナと話していたあの女性。彼女も亡くなってしまっていたらしい。安全だと思っていたあの大陸で暮らしていたはずなのに、一体何があったというのだろう。


「私がまだ小さい時に、私のお父さんの住んでる国が、サイモアにやられそうになったんだって。それで、お母さんは助けに行こうとしたらしいの。ミュレット家の力なら、守れるし、治せる……って。でも、勝てなかったの。ミュレット家の大人たち、みんなで行ったの。それでも、だめだった」


 アストルは、リエラがかつてユナに話していたことを思い出す。自分の夫は、この大陸の外にいるのだと。そして、それはリエラだけではなかったはずだ。夫や妻、もしかしたら子供が他の大陸にいる人もいたのかもしれない。アストルの見た過去の映像の中にも子供がいたが、全員が全員、ミストクルスにいるとは考えにくかった。

 ミストクルスで暮らしていた子供。その中にはリエルナもいる。だが、彼女以外にもいたはずの子供たちはどうなったのだろう。


「私が一番ミュレット家の中では年下だったの。だから、ミストクルスに残された子供たちは、お兄ちゃんとかお姉ちゃんみたいだった。でも、数年前にお母さんたちと同じように、守れるから、治せる力があるのは私たちだけだからって出て行ったきり、帰ってこなかったの。私も行こうとしたけど、一番年下で、まだ力も完全じゃないからって、残された。アルタジアにみんなのこと聞いたことあるけど、ミュレット家の人は、もう誰もここにはこないって言われたの」


 死者の魂は、一度アルタジアのもとへと還り、やがて神石となる。つまりアルタジアは、すべての命を把握しているのだ。

 そして、そのアルタジアが言った言葉は、もうミュレットを名乗る者は彼女しかいないということを指し示している。そして、それはグラットレイも然り。アストルも一応はその枠に入るのだろうが、今もその名を名乗り続けているのはヴェインズくらいだ。ミュレットも、グラットレイも、その力のせいで命を落としたと言っても過言ではない。


「そんな時に、アルタジアからあなたの話を聞いたの。寂しがる私のことを想って、聞かせてくれたんだと思う。遠い遠い繋がりだけど、私と同じ、アルタジアの子孫がいるって。ひとりぼっちじゃないんだって。だから、私は旅に出る前から、あなたのこと知ってたの。あなたが、私を支えてくれてたの」


 リエルナはそう言って微笑む。まさかそんな話が聞けるとは思っていなかったアストルだったが、自覚はなかったものの、知らないうちに彼女の支えになれていたのなら、この笑顔を作る一助になれていたのなら、それは嬉しいことだなと思った。


 リエルナは自分の話を終えると、アストルに尋ねた。


「アストルは、これからどうするか決めたの?」


「ああ、俺は戦うよ」


 もう決めていたアストルは、迷わずそう答えた。


「私と同じ。私も、そうするつもりだったの」


「でも……」


 リエルナの選択にも迷いは感じられなかったが、アストルは正直来てほしくないと思っていた。だから、素直にそうかとは返せない。


「私は、お母さんたちとは違うの。アストルが……みんながいる。だから、戦うの」


 しかし、リエルナもこうと決めたら曲がらない。あくまで、一緒に戦う姿勢は崩さなかった。これも彼女の意志なら、受け入れざるを得ない。


 互いの意志を確認したところで、何を思ったのかリエルナがアストルの前に歩み寄ってきた。


「リエルナ?」


「じっとしててほしいの」


 アストルが言われた通りにすると、リエルナはアストルの前に立って背伸びをした。そして次の瞬間、何か温かいものがアストルの右頬に触れる。


 アストルの思考は停止した。


「……アストル?」


 首を傾げたリエルナがアストルの目の前で手をひらひらさせる。それでようやくアストルは我に返ったが、顔が熱くなるのを感じた。


「……えええええ!?ちょっ、おい、リエルナ!!」


「なに?」


「いや、だから……その、どういう意味?」


「どういう意味、って?」


「だから、その……今の」


 ああ、とリエルナは微笑んで説明する。


「昔、お母さんがしてくれたおまじないなの」


「おまじない?」


「うん。ヴェインズさんに見せてもらった記憶の中に、その時のもあって。それで思い出したの。私が不安で仕方がなかったとき、お母さんがそうしてくれて……大切な人を守ってくれるおまじないだって」


「そっか……」


 何だか余計な期待をしてしまった自分を心の中で殴りながら、アストルはその話に耳を傾ける。


「天音さんに一閃さんがお守り渡してたでしょ?」


「ああ、あの髪飾りのことか?」


「うん。ニトが、お守りって“思い”がこもったものだって言ってたの。お守りもらって、天音さん元気になってたし、私もアストルにお守りあげたかったけど、一閃さんみたいには作れないし……。だから、お守りが“思い”なら、おまじないも効くと思うの」


 どうやら、作りたかったけど結局作れなかったというのは、そのお守りのことだったらしい。


「じゃあ、さっきのはリエルナからのお守りなのか?」


「そうなの。それでね、このおまじないは大切な人を守ってくれて……それで、それでね、その2人は一緒にいられるんだって」


 一瞬、目を輝かせたリエルナだったが、すぐに目を伏せる。


「でもね……このおまじない、ずっと続くわけじゃないの。お母さんがいなくなる前、私また不安になって、おまじないしてって頼んだの……だけど、その時はしてもらえなかった。そしたら……もう会えなくなっちゃったの」


 悲しそうに話すリエルナに、アストルは心が締め付けられる思いだった。そして、リエルナは真剣な顔で、アストルの目をまっすぐ捉える。


「アストル、私会えなくなるのは嫌なの」


「リエルナ……」


 力強く、懇願するように言うリエルナの瞳を、アストルも見つめ返す。どうにもまだ不安そうなリエルナは、うーんと小さく唸ってから言う。


「おまじない……もう一回かける?」


「いや、いい!大丈夫、もう十分だから!!」


 ぶんぶんと両手を振って、アストルは後ろに下がる。


「ありがとう、リエルナ。俺も、リエルナと会えなくなるのは嫌だよ。だから、絶対ザイクを止めよう」


 アストルがそう言うと、ようやくリエルナも安心したようだった。

 

 抱えていた心配事がひとつ片付いたところで、アストルは頭をかきながら話を逸らす。


「じゃ、じゃあ……俺、親父とも話してくるよ」


「うん、分かったの」


 そして、アストルは部屋を出た。扉が閉まり、足音が遠ざかっていくのを聞きながら、リエルナは呟く。


「……好きなの、アストル」


 それは、静寂の中に吸い込まれて、消えていった。


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