決意 ~クローリア~
今まで出会った人々が、それぞれの意志を持って、ぞくぞくとレティシアに集結していた。アランの了承もあって、ここを拠点に動くことになったらしい。
みんなの決意を聞いて、アストルは尚更リエルナのことを思い出した。彼女はどうするのか。
ヴェインズがアストルに見せたユナの過去。その映像の中で、ユナと親しげに話していたミストクルスの女性。リエラという、あの女性はリエルナの母ではないかとアストルは思っていた。リエルナとよく似た笑顔だったと記憶している。
しかし、あの時ミストクルスに、アストル、リエルナ、ヴェインズ以外の人気はなかった。リエルナは、アストルに会うまでどんな生活をしてきたのか。彼女がアルタジアの子孫で、あそこで産まれたのだということはアストルも聞いているが、その過去はまだよく分かっていない。
「何か気にしてるみたいだけど、どうしたの?」
知らず知らずのうちに、考え事をしているのが顔に出てしまったのかクローリアに尋ねられた。はた、と我に返り、アストルはクローリアに視線を移す。
「いや……リエルナの姿が見えないなと思ってさ」
リエルナ?と、クローリアは少し首を傾げて考える。彼も、その姿を見ていなかった。
「部屋じゃないかな?気になるなら、行ってきなよ。……あ、でもその前に、僕も君に話があるんだ。いいかな?」
「話?ああ、いいよ」
何の話だろうと疑問に思いながらも、2人は自室に戻った。シャンレルにいたころはこうして2人で話すこともあったが、旅に出てからはその機会が少なくなっていたなとアストルは思う。幼いころは、王子王子とクローリアが連呼しており、少なくとも2人のときは名前で呼ぶようにと話し合ったというか、半ば強制的に押し付けたのが、その始まりだったかもしれない。
「アストル、君はどうしたいの?」
座る間もなく単刀直入にクローリアが聞いてきたのは、そんなことだった。今ではすっかりアストル呼びが定着している。そして、旅を始める前の彼と決定的に違うのは、いい意味で遠慮がなくなったということだ。以前は、どこか他人行儀なところがあった。
しかし、今はアストルの友達として聞いている。その変化は、長く一緒にいたアストルには分かった。
「俺は……俺も、サイモアと戦うよ」
一瞬言葉に詰まりながらも、アストルはそう答える。付き合いが長くなければ、そうか、と流されてしまったかもしれないが、クローリアに表面的な付け焼刃は通用しなかった。
「それ、ちゃんと自分の意志?」
クローリアにしては珍しく、鋭い視線をアストルに投げかける。獲物を睨みつけるような彼の視線は、言い訳する余地を奪っていく。
正直なところ、アストルもよく分からなかった。サイモアから父が帰って来て、ひとつの目的は果たされている。しかし、シャンレルという自分の国を破壊した相手を放って置くわけにはいかない。世界を破壊しようとしているサイモアを、そのままにしておくことはできない。
それは果たして、自分の意志なのか、それとも義務なのか。
「俺は、本当ならいないはずの存在なんだ。俺がいていい場所なんて、初めからなかったのに。そんな俺なんかのせいで、みんなを戦いに巻き込んで……。決められる立場じゃな……」
アストルは気がついていないかもしれないが、今の彼はどちらかといえば“義務”という方に傾いていた。
次の瞬間、アストルの言葉を遮るように、何かがアストルの左頬を直撃する。いきなりの出来事に防御する間もなく、体勢を崩して床に尻餅をついた。
「ってえ……」
最初は驚いて何が起こったのか分からなかったアストルだったが、左頬の痛みに、殴られたのだと気がつく。それと同時に、殴ったのがクローリアであるということを理解して、目を丸くした。
「いい加減にしなよ、アストル!」
「クローリア……」
右手の拳を強く握りしめながら、震える声でクローリアは怒鳴った。自分に対して、これほどまでの怒りをあらわにしてきたことはなかったため、アストルはどう反応したらよいものかと戸惑った。
クローリアは深呼吸すると、またいつものように穏やかな口調に戻る。
「僕は、君がいなかったらここにはいない。それは、前にも言ったよね?それに、ここに集まってくれたみんなだって、君が助けた人たちだ。君は、君が思ってる以上に、たくさんの人を助けてる。君はみんなを助けたんだから、今度はみんなが君を助ける番だろ?居場所がないって言うなら、今度は僕が君の居場所を作るよ。君が、僕に居場所をくれたみたいにさ」
クローリアの言葉に、アストルの中で絡まっていた“何か”がほどけていく。
「君が何を選んでも、僕は最後まで君についていく。君をひとりにはしないよ、絶対に」
あの頼りなさげな彼の姿はどこへやら。いつの間にか、アストルとクローリアの立場は逆転してしまっていた。
「まだ時間はある。今から行けば、ザイクを止められるかもしれない。でも、行くのか、行かないのか……僕はどっちでもいいと思うよ」
「えっ?」
クローリアは、行かなくてもいいという選択肢を出してきた。それに驚いたアストルは、思わず声を出す。そして、それに驚いて発された自身の声に、アストルははっとした。
別に、行かないという選択肢は普通に存在している。事実、自分の国に残った者もいれば、サイモアに従うと決めた人々も大勢いるだろう。戦いに行くと決めたのは今朝やってきた彼らであって、それがすべてではない。それは、アストルも分かっている。
しかし、“行かない”という選択肢に素直に驚いたということ。アストルの中で、ひとつひとつピースが埋まっていく。
そこへ、クローリアは更なる選択肢を提示した。
「だって、こんなこと言うのもあれだけど……間に合わないかもしれない。もし間に合わないとしたら、君も助からない。でもね、君なら幻の大陸に戻るって手もあるんだ。あそこなら、さすがにサイモアでも手が出せないはずだよ」
それは、アストルがリエルナにそうしてもらいたいと考えていたことと同じだった。まさか、それが自分に投げかけられると思っていなかったアストルは、思わず大声を出す。
「何言ってるんだよ……?そんなのできるわけないだろ!」
「なら、サイモアに従う?」
「それはない」
「だったら、もう答えは決まってるんじゃない?……といっても、結局最初と変わらないみたいだけどさ。でも、聞かせてよ。ちゃんと君の意志を」
ああ、クローリアは俺の意志を俺自身に確認させるために、こんなことを聞いてきたのか。そうアストルは気がついた。
クローリアと話しているうちに、アストルは自身がどうしたいのかという、本当の意志に触れた。少しでもアストルの中に戦いたくないという意志があれば、あの時そこまで驚くこともなかっただろう。しかし、アストルは本当に驚いた。それはつまり、自分にとってその選択肢は初めからなかったということだ。
実は、自分が一番自分のことを分かっていない。だからといって、他の誰かが知っているわけでもない。ただ、その誰かが気づかせてくれることもある。アストルも、ようやく自分の意志を見つけた。
そして、心から思う。彼がいてくれて、本当によかったと。
「……って、ああ!ごめん、アストル!!頭に血が上っちゃって、つい……本当に、ごめん!!」
クローリアは急に殴ったことを思い出したのか、申し訳なさそうに謝って手を差し伸べる。そんなクローリアの姿が何だか可笑しくなって、アストルは笑った。
どうして笑っているのかと不思議そうなクローリアだったが、やがて彼もつられて笑う。アストルは、そんな友の手を掴んで立ち上がった。
そして、アストルはクローリアの目を見て頷く。もう大丈夫、進む道は決まったのだと。だから、友の待つ答えに、自信をもって言える。
「ああ、行こう。世界は、終わらせない」