決意 ~陽月国~
古の大陸、覇の大陸。彼らが来たのなら、おそらく来るであろう人たちを思い、アストルは視線を海に向ける。
すると、ちょうど木製の船が何艘も港に停泊しているのが目に入った。
「あれは……和の大陸の人たちだ。月地方の人たち……それに、陽地方の人たちもいるよ!」
視力のいいクローリアには、船に乗った人々の顔が分かったようで、そう声をあげる。
「京月たちと、一閃たちもか?」
京月たちは来てくれると思っていたが、一閃たちまで姿を現したことには、驚きだった。
やがて、ぞろぞろとこれまた多くの人々が城の前に集まってきた。遠目から見ていたレティシア国民も、急に集まってきた人の多さにぽかんと口を開けている。
その集団の先頭には京月が立っていて、京水はそれを守るような位置にいた。
人の間を潜り抜けるように、ひとりの男が京月の傍までやってくる。京水は今にも刀を抜きそうな勢いで睨んでいたが、もちろん敵ではない。
「うへぇ、やっと着きましたねぇ。それじゃあ、あっしは本業の方で呼び出しがあるもんで。外させていただきますよ」
ひとつ伸びをして、牛丸はそう告げる。
「ああ。だが、また戻って来るのだろう?」
京月が尋ねると、牛丸は笑って答える。
「話が終われば、そのつもりです」
「そうか……ならいい」
京月は、その答えに安堵するような表情を浮かべた。それが京水にはかなり不満だったらしく、黒いオーラでも見えてしまうのではないかという形相をしている。彼の周りにいた術者たちも、思わず後ずさった。京水は京月の前に立ち、苛立ちのこもった声で怒鳴りつけるように催促する。
「おい、呼ばれているのならさっさと行け。ほら、早く!」
「分かってますって。そう急かさんでくだせぇよ」
京水に蹴られるようにして、牛丸は去って行った。
牛丸が去って、ようやく京水の腹の虫が治まってから、京月はアストルの前にやってきた。京月が前に出たのを見て、後ろの方にいた一閃と天音も近くまで歩いてくる。
一閃たちが前に出たのを一度振り返って確認してから、京月は再びアストルの方を向く。
「私たちは、ようやく再び力を合わせることができた。礼を言う。そして、私たちも戦いへ参加すると伝えに来た」
そう言って、直立したまま腰を90度に曲げる。それに続いて、京水や他の術者たちも同じように頭を下げた。そしてそれに、一閃たちも加わる。
サイモアという壁が取り払われ、月地方と陽地方を隔てるものはなくなった。あの後、一閃たちは月地方に渡ったのだろう。それにはアストルたちの存在も大きく関わっていた。だから、この状況も必然ではあるのだが、アストルは素直にその気持ちを受け取ることができない。
「……礼を言われていいような立場じゃないんだ。俺のせいで、もっと危険な戦いにみんなを巻き込んだって言われても、仕方ないんだから」
「アストル、それは……」
「違うとも言い切れないだろ?」
隣に立っていたクローリアが何か言おうと口を開くが、アストルに遮られる。
2人の様子をじっと見ていた京月が、何を思ったのかふとこんなことを口にした。
「その悩みの種は、あなたから感じるその神石の力のせいだろうか?」
「京月……どうしてそれを?」
思いもよらない言葉に、2人は固まった。京月は、アストルの力のことを知らないはずだ。
京月は、じっとアストルを見つめている。あの時と同じく、何かを見透かすように。
「初めて会った時から、あなたが周りの人間と少し異なることには気づいていた」
京月は、そういった類に敏感だ。あの時すでに、アストルから漂う気配が今までに感じたことのない、言い換えれば異質なものであると察知していた。しかし、異質ではあるが、決して悪しきものではないことも。それどころか、どこか優しさすら感じていた。
「俺は、母さんの命を奪ったようなものなんだ……」
ぽつりと漏らしたアストルの言葉に、京月は納得した。おそらく、この優しさはその母のものなのだと。
京月でも、詳しいことまでは分からない。ただ、何らかの理由でアストルの母は亡くなり、その力をアストルが受け継いでいる。それは、どこか確信に近い予感だった。
俯くアストルに、京月は言葉をかける。
「それを言うなら、私も同じようなものだ」
アストルは、京月の言葉に顔をあげた。彼女は続ける。
「私が今ここにあるのも、兄上のおかげに他ならない。ずっと、生まれ持ったこの力を呪って生きてきた。あなた方に出会うまでは」
「俺たちに?」
「ああ。あなた方が訪ねてこなければ、我々の現状は何も変わっていなかっただろう。あの後、私も色々と考えた。そして、思ったんだ。自分の存在を呪うより、持って生まれたこの力を……兄上から与えられた命を、民を守るために使おうと」
京月はまだ15歳。アストルより3つも年下だ。だが、その姿は随分と大きく見えた。
「本当のことを言うと、私は父上と兄上の復讐しか考えていなかった。だが、それを思いとどまらせてくれたやつがいる」
その言葉に、京水が少し不機嫌になった。京月の言う人物は、おそらく牛丸のことだ。
「狐面とは、この戦いが終わったら話し合う。安倍家の存在が、彼らの居場所を奪ってしまったという裏は、少なからずあったのだろうからな。復讐に囚われ過ぎて、周りが見えなくなっていた。ずっと、この力は復讐するためのものだと思って生きてきたが……そういうことではないな」
「ああ、その通りだ京月。あいつは、表向きは父の敵を討てるのはお前だからと言って、自分が儀式に臨んだ。だが、私には本当のことを話していたぞ。狐面はどうでもいい……ただ、お前にだけは生きていてほしいのだと」
京水は真剣にそう言った。京月は静かに頷き、微笑んだ。
「せっかく兄上が生きる機会をくれたのだ。私がそれを呪っては、申し訳が立たない。私は、生涯をかけて示そう。私が生かされたことは、間違いではなかったと」
そこまで言ってから、京月は一礼して一閃たちに場所をあけ渡した。
京月たちと入れ替わり、一閃と天音がアストルの前に立つ。そして、一閃はその決意を口にした。
「俺たちの国の再建は、これから始まる。サイモアの手から取り戻した土地を、また手放す気はまったくないからな。無論、俺たちも戦う道を選ぶ」
一閃たちならそうするだろうと、アストルも分かっていた。2人だけでも、サイモアを倒そうとしていた彼らのことだ、それ以外の選択は考えられない。決意を示した一閃の瞳は、強くまっすぐ前を向いていた。その瞳の奥に、確かな闘争心と希望の光をたたえながら。
彼らといると、アストルはシャンレルのことを鮮明に思い出す。国の再建、それはアストルの頭にも常にあったことだ。だから、一閃のまっすぐな意志は、アストルの心に深く響く。
「俺たちには、国を再生させるという義務がある。俺たちが生き延びるために、多くの民が犠牲になった。その時の己の無力さを嘆いても、あの頃の日々が返ってくるわけではない。ならば、俺たちは進むだけだ。過去を嘆くより、その方が未来のためになる。俺は、そう信じている」
「俺“たち”は、そう信じている。でしょう?」
天音が一閃の言葉を訂正し、反応を見る。彼は、その言葉に頷いた。かつては、いざとなれば自分ひとりで何とかすると考え、それが天音を悲しませていたが、今の一閃は誰かと共に戦うことを知っている。そしてそれが、結果として自分自身の力を高めることに繋がるのだと。
同じ道を信じる人がいる。共に歩んでくれる人がいる限り、きっと信じ続けることができる。
「ああ、俺たちはそう信じている」
そこに、迷いは一切なかった。