決意 ~グランバレル~
リベランティスたちとの再会もつかの間、急にあたりが騒がしくなる。城の前に、誰かがやってきたようだ。夜通し意見を言い合っていたレティシアとの国民とは違う、むしろその国民たちですら委縮してしまったであろう、勇ましい声が響いてくる。その声の大きさから、相当な数だと予想できた。
アストルを含め、城の中にいた人々も何事かと顔を見合わせる。
「やっと来たようだね。扉を開けなさい」
アランだけはそれが何か分かっていたようで、正面扉の前に立っていた兵士たちにそう命令する。言われた通り、兵士たちは扉を開いた。
すると、そこに集まっていたのは隊列を組み、各々に武装した屈強そうな戦士たちだった。城の前に集まっていたであろうレティシアの国民たちは押しやられ、戦士たちがこちらを向いてずらりと立っている。圧倒される光景だった。
その集団の中から、凛とした雰囲気を漂わせた、淡麗な顔立ちの人物が前に出た。赤く美しいショートヘアが、ふわりと風になびく。その人が前に出ると、嘘のように戦士たちは静かになった。
「久しぶりだな、みんな」
その静寂を切り裂くように、彼女は挨拶する。そう、そこにいたのはグランバレルの女王、ジェイドだった。
「ジェイド!すごい数だな……」
外に飛び出したアストルはその光景に目を丸くする。続くように出てきたクローリアやマクエラの人たちも、同じような反応だった。
「呼び出してすまなかったね、ジェイドさん。来てくれて、ありがとう」
その中で、アランだけはジェイドに微笑みかけ、頭を下げた。それを見たジェイドは、首を横に振る。
「アラン王、礼には及ばないよ。もともと私たちも、戦うつもりでいたんだ。こちらこそ、資金援助の件は本当に感謝している」
あの事件の後、グランバレルはレティシアから援助を受けている。アストルたちは詳しい動向を知らないが、ジェイドの様子からして、キルディアとは上手く話がついたのだろう。
戦士たちの前に出たジェイドを追うように、白髪の青年がそのやや左後ろに立つ。ジェイドの補佐、ルアンだ。あれ以降も、その立場は変わっていない。
「グランバレルの人たちは、ほとんど全員戦うと言っています。サイモアまでの移動手段は、アンヴァートが用意するそうですよ。使わせてもらいましょう」
何気なく出たルアンの言葉に、アストルは息を呑む。
「アンヴァートって……」
「ああ、あのアンヴァートだ。もう国王ではないがね」
ジェイドは頷いた。
資金援助の話がレティシアから持ち上がった時、情報屋の協力もあってアンヴァートの悪事は暴かれたのだという。グランバレルの人々はもちろん、自国キルディアの国民からもだいぶ叩かれたらしい。その後、アンヴァートは国王の座から降ろされ、現在キルディアは国民の中から選ばれた代表者が、その代理を務めているのだという。もちろん、ジェイドとの婚約も破棄されたそうだ。
それからアンヴァートはしばらく投獄されていたそうだが、グランバレルの財政難の件もあるので、キルディア国民の合意のもと解放され、償いの意味も兼ねて、貿易商を続けて得た利益の一部をグランバレルに渡すということで決まったらしい。
「父の件は、正直まだ許せていないし、これからも完全に許すことはできないと思う。ただ、私たちはそういう方法を選んだんだ」
いろいろな人たちから、本当にそんな処罰でいいのかとジェイドは聞かれた。しかし、ジェイドの気持ちはもう固まっており、折れることはなかった。本人に過ちを気づかせ、一生をかけて償ってもらう。そういう考えだった。
アンヴァートも少しは心を入れ替えたのか、移動手段の件は自分から言い出したのだという。元はサイモア寄りだった彼の言葉に、サイモアの息がかかっているのではないかと心配する者もいたそうだが、アンヴァートは厳しい監視下に置かれているため、それはないらしい。もし嘘をついていれば僕が気づいています、とルアンは言った。
「ところで、“彼”はいないんですか?」
きょろきょろと、ルアンはあたりを見回す。
「彼?……もしかして、シルゼンのことか?シルゼンは……ちょっとな。でも、戦うつもりみたいだ」
そういえば、昨日会ったきりシルゼンの姿は見かけていない。アストルは、昨夜の出来事を思い出す。今は静かにしておいてほしいのかもしれないとアストルは思い、曖昧な返答で済ませた。
「そうですか……決めたんですね、彼も」
ルアンはひとり納得したように頷く。グランバレルにいた時、シルゼンに弟と戦えるのかという問いかけをしたことがあったルアンは、その結論が出たのだということを悟った。
「ルアン?」
もちろん、ルアンがシルゼンと弟の話をしていたことをアストルは知らないし、アストルが聞いたシルゼンの過去の話をルアンは知らない。ただ、互いにシルゼンが弟と戦う決心をしたのだろうということは分かっていた。
「いえ、こちらの話です」
それ以上、ルアンは深く聞いてこなかった。
ふとルアンの質問に、アストルの頭に別の顔が浮かぶ。姿を見ていないといえば、ニトも同じだ。だが、彼女の場合は情報屋の関係だろう。
分からないのは、リエルナだ。ミストクルスからレティシアに帰って来て、その後アストルは彼女の姿を見ていない。部屋に籠っているのか。
「リエルナも、戦う気なのかな……」
彼女は、彼女自身の旅の目的を果たした後も、アストルについてきた。そのリエルナは、これからどうするつもりなのだろうか。
もし戦うつもりなら、彼女の身が危険にさらされるのは必至だ。今更ながら、リエルナは幻の大陸に置いてくるべきだったと、アストルは後悔していた。アルタジアの子孫しか入ることが許されず、アルタジアに守られたあの地は、今この世界のどこよりも安全であるはずだ。
アストルに、その真実を告げるという役目を負わなければ、リエルナはずっとあそこで暮らしていただろう。外の世界から切り離された、争いとは無縁の世界で。そこから危険な場所へと引きずり出したのは自分なのだと、アストルは自身を責めた。
「さぁ、世界を守るぞ!」
「おおーーっ!!」
戦士たちの方に向き直り発されたジェイドの掛け声に、グランバレルの人々は声を張り上げて自分を奮い立たせる。
世界を守る。大切な人たちを守る。その気持ちは、アストルも強く持ち続けていた。しかし、それと同時に、守りたいものを危険に巻き込んだのは己であるという思いも、消えることはなかった。