決意 ~マクエラ~
「アストル、昨日はだいぶ遅かったみたいだけど、大丈夫?」
シルゼンの話を聞いた後、少しだけふらふら歩いてから部屋に戻った。案の定、声はかけてこなかったが、その時クローリアがまだ起きていたということには気づいていた。心配性なクローリアのことだから、自分が帰ってくるまで起きているのだろうと予想していたアストルだったが、やはりその通りだった。
お前こそ寝ていないだろうと言っても、そんなことはないと返ってきて終わりだろう。そう思ったアストルは、ただ頷いた。
「そう……考えるなって言うのも無理な話だけど、あんまりひとりで背負い込まないようにね」
答えとは裏腹に、顔色は悪い。クローリアはその姿に眉をひそめながらも、深くは追及しなかった。
何かを言ったところで、アストルの背負うものを代わってやれるわけではない。ただ、この先アストルがどんな選択をしても、自分はそれについていこうとクローリアは決めていた。人任せだと言われるかもしれないが、何があっても親友をひとりにはしたくない。それが、クローリアの考えだった。
部屋から出て、1階に下りる。すると、何やら聞き覚えのある男性の声が廊下に響いてきた。明るくて、どこか軽い口調。ひとつの顔が、2人の頭に浮かぶ。
「よっ、久しぶりだな」
その声の主は、2人の姿を見つけると右手を挙げてヒラヒラと振った。その顔を見て、予想が当たっていたことを知る。それと同時に、2人は目を丸くした。
「リベランティス!どうしてここに……」
アストルが驚きの混じった声で、マクエラの王子リベランティスに尋ねる。驚かれたことに対して不思議そうな顔をしながら、リベランティスは腰に手を当てて首を傾げた。
「どうしてってこともないだろ。お前たちがここにいるって話を、情報屋から聞いて来たんだよ。ま、お前たちに協力するって約束したしな。オレたちは、サイモアに従うつもりはない。戦わせてもらうぜ」
彼の後ろを見れば、アランと話をしているルルや、その弟のロロの姿も確認できる。さらにグレイやカルラをはじめとした戦闘型に加え、頭脳型マクウェルもかなりの数集まっているということが見て取れた。
ロロがこちらに気がついたのか、ルルとアランに何か告げてからこちらにやってくる。相変わらず、あまり愛想は良くない。挨拶は特になく、すぐ話に入った。
「連れてこれるだけ連れてきたが、それほど数は多くないかもしれない。あいつをどうするかは迷ったが……ヴァグラは、さすがに置いてきた」
「まだ、完全に戦闘狂が抜けきってないんだわ、これが」
その名を聞いて、あの狂った様を思い出す。アストルとクローリアが協力して、やっと倒した記憶が蘇る。あの後、生かしたまま彼らに引き渡したのだが、どうやらまだあまり変化は見られないようだ。
「簡単に考えが変わるやつばっかりじゃないからな」
ロロがため息をつく。
「でも──あいつが何でああなったのか、理解できないわけじゃない」
その隣で、同じ戦闘型であるリベランティスは、珍しく真面目な顔になる。
「戦わなくちゃならない理由を何に求めたのか……仲間を守るため、場合によっては、戦いそのものが好きだと自分に思い込ませる、とかな。ま、本当に単なる戦闘好きだった……なんてことも、なくはないけどな」
それだと面倒だ、とリベランティスは頭をかく。
「ま~、あれだ。こういう姿で産まれたからには、いつでも戦いの影がつきまとう。戦いたくなくても、そういう環境が整っちまってたからな、今までは」
さっきまでの真面目な表情はどこかへ吹っ飛び、またへらへらした笑顔を浮かべる。重い話をしているはずなのだが、彼が話すとそこまで深刻そうに聞こえないのが不思議だ。ただ、そのおかげなのか、そういう問題も何とかなりそうに聞こえる。
「……ん?今までは?」
ふと、アストルは彼が最後に付け足した言葉に、はてと思った。リベランティスは、そういえばまだ言ってなかったなと頷く。
「解散したんだ、騎士団は」
「じゃあ、ここに集まってくれた皆は?」
「自主的さ。もちろん、来てないやつもいる。来るも、来ないも、選ぶ権利は誰にだってあるだろ」
だから頭脳型の姿があったのかと、アストルは納得した。
仲間を守りたい気持ちから始まったはずの騎士団が、いつの間にかマクウェルたちを苦しめる存在になってしまっていた。だから、それを一度白紙に戻すというのは、ある意味必然だったのかもしれない。
アストルがリベランティスと話していることに気がついたカルラが、落ち着きない様子でこちらにやってきた。
「いつ行く?今か?カルラ、すぐ行けるぞ!」
「おいおい、今から無駄に体力使うなよ~?」
興奮気味のカルラに、リベランティスは注意する。しかし、それでもカルラは、まだかまだかと言っている。
それを見かねたグレイが傍にやってきて、カルラを抑えて言い聞かせる。
「落ち着いて、カルラ。みんなと話してからだよ」
ずるずると引きずられていくカルラを見ながら、リベランティスは話を戻す。
「とはいえ、騎士団を解散しただけで、明確な目標はできてない。この戦いが終わったら、オレたちマクウェルがどうやって生きていくのか考えるつもりだ。そうだな……頭脳型と戦闘型が、ちゃんと協力して生きていけるような、そんな国を創りたいな」
「漠然としすぎだな」
「これから考えるんだって、これから」
ロロに呆れたようにため息をつかれ、リベランティスはそう言い返す。
マクエラは、あれから少しずつ変わってきている。リベランティスたちなら、きっといい方向に国を導いていける。アストルはそんな気がした。
ただ、それもこの戦いに勝てればの話だ。勝てなければ──国が滅びる。これからどうしていくなんてことも、考えられなくなるのだ。アストルは、無意識に拳を強く握りしめていた。
その時、アランと話を進めていたルルが、それを終えたのか皆の前に立った。
「みんな、魔導式を教えるルルよ。大陸に、巨大なバリアを張って、いざという時に備えるルル」
いざという時。そんな時が来なければいいと、誰もが思っていた。しかし、“もしもの時”のために網を張っておくことは、悪いことではない。
時間の許す限り、なるべく多くの人々にルルとその弟子たちが魔導式の描き方を教えることで合意した。
「ルル、ありがとう」
アストルは、ルルが研究成果を惜しみなく提供してくれたことに感謝した。しかし、ルルはお礼なんか言う必要はないと笑う。
「ルルが守りたいのは、国とかマクウェルたちだけじゃないルル。世界にいる人たちみんな……もちろん、アストル王子のことも、ルルは守りたいんだルル。若い子たちの未来を、潰したくはないルルよ」
ルルと話していると時々忘れてしまうが、彼は見た目とは裏腹に200歳という、だいぶ高齢だ。アストルはおろか、その父の生きてきた年月よりもはるかに長い時を生きている。その目線から見て、若者の未来を守りたいというルルの言葉は、世界に存在する生命のほとんどのことを指しているのだろう。
水竜ほどではないにしても長命の頭脳型マクウェルは、その目に様々な歴史を刻んできた。そして、これからもルルは、あと100年ほど世界を見守り続けるのだろう。おそらく、彼は彼が潰したくないと願った若者たちの未来を見届けてから、その一生を終える。リベランティス、カルラ、グレイ……きっと彼らの生きた証は、ルルが後世に伝えていく。そして、ルルの生涯はその弟のロロから、さらにその次の世代へと語り継がれるのだろう。
だから、その歴史の流れを途絶えさせないために、彼らは戦う。
そして、その思いは彼らだけのものではない。