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アルタジア  作者: 桜花シキ
第10章 選択の時
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決意 ~シルゼン~

 2人の姿が見えなくなった後、アストルはそろそろ部屋に戻ろうかと考えていた。まだ眠れる気はしないが、あまり遅いとクローリアが心配するだろう。

 しかし、その途中で青白い月明かりに照らされながら、窓辺に立って外を眺めているシルゼンを見つけた。どこか悲しげな表情のシルゼンを、月明かりが一層、そう見せている。

 どうにも声をかけにくく、アストルはその場に立ち止まった。シルゼンはすぐにその存在に気がつき、視線を向ける。


「アストルか……ちょうどいい、時間があるなら、俺の昔話でも聞いてくれないか?」


 急に、シルゼンがそんなことを言いだした。彼が自分の過去を話そうとするとは、珍しい。断る理由もないので、アストルは快諾した。


「……言い忘れていたが、俺の弟ドガーは、シャンレル侵略の際に、ザイクに同行していた。ドガーがあの一件に一役買っていることは、間違いないだろう。それでも……聞いてくれるか?」


 その言葉に一瞬息をのんだが、アストルは頷いた。


「ああ。どうしてそうなったのか、その理由を知ってそうな顔してる」


「すまないな……では、続けるぞ。あれは、俺が14で、弟が10の時だったか。俺がサイモアを裏切り、お前たちの旅についてきたのも、思えばそのことが頭から離れなかったからかもしれんな」


 シルゼンは一度目を閉じると、それをゆっくりと開いて言った。


「俺は弟を除いて、自分の家族を、この手で殺した」


 そして、静かにシルゼンは記憶を紡ぎ始める。


****


 シルゼンの弟ドガーは、サイモアでも有名な問題児だった。この日も、ドガーが男の子数人に怪我をさせてしまったということで、兄であるシルゼンも一緒になって、その子たちの家に謝りに行ってきたところだった。


「ドガー、どうしてあの子たちを殴ったんだ?」


 泣きじゃくるドガーの隣を歩きながら、シルゼンは尋ねる。だが、弟は涙の方が先に溢れて、なかなか言葉が出てこない。こういうことには慣れていたため、シルゼンは弟が落ち着くまで待つことにし、家への道を歩き続けた。夕日が、そんな2人の姿をオレンジ色に染めている。

 もうすぐ暗くなってしまうな、と考えていたシルゼンの耳に、ようやく弟の声が届いた。


「ひっく……だって、小鳥が……うぅ……」


「小鳥がどうしたんだ?」


 シルゼンは、目を真っ赤に腫らした弟の顔を覗き込む。


「あいつらが、小鳥をいじめてて……助けようとしたんだけど……し、死んじゃってて……っ!」


 ああ、またそういうことなのかとシルゼンは弟の頭をなでる。


「それで殴ったのか?」


 ドガーは、こくりと頷く。ぽたり、とその瞳から雫が地面に落ちた。


「ごめんなさい……」


「殴ったのはお前が悪い。けど助けたかったんだな、その小鳥を」


 ドガーは根は優しい子供だった。ただ、言葉よりも先に手が出てしまうのが難点で、すぐこういう問題に発展してしまう。言葉にするのが下手なため、危険な子供として周りは見ているが、兄であるシルゼンは、そんな弟の気持ちをよく理解していた。


「かあさん……怒るかな?」


「俺も一緒に謝ってやるから」


「うん……ありがとう、にいちゃん」


 案の定、帰宅したドガーは、こっぴどく叱られた。しかし、シルゼンが間に入ったこともあって、家族の怒りは夜中の0時を回る前に何とかおさまった。


****


「あなた……いい加減、あの子をどうにかしなければと思いませんこと?」


 ドガーが寝ついた後、暖炉の傍でその母親が夫に向けてそう言った。その言葉には、少なからず苛立ちが隠れている。


「ドガーのことか?」


 椅子に深く座り、右手の甲で頬杖をつくようにして妻の話を聞いていた男、ドガーの父親はそう確認した。妻は、そうだと言うように頷く。


「あの子のせいで、シルゼンまで悪影響を受けてはたまりませんわ。王政が崩れ、私たちの家はザイラルシーク様のご機嫌をとらなくては潰されてしまいます。シルゼンなら、きっとザイラルシーク様のお役に立てるはず。この家の命運は、シルゼンにかかっていると言っても過言ではありませんわ」


「……本来なら、この家も王政が滅んだ時に、共に消え去るはずだった」


「まぁ、あなたは私たちがどうなってもよろしかったと?」


「そういうことではない」


 グレゴルド家は、代々王家に仕えてきた名家だった。しかし、同じく王家に仕えていたはずのブレンディオ家の末息子の反逆に会い、今に至る。その当時、シルゼンは6歳、ドガーは2歳になるかならないかという頃だった。まだ幼かった彼らは、王政が崩壊し、軍事国家となった後のサイモアのことしか記憶に残っていないだろう。シルゼンならば少しは覚えているかもしれないが、それでも詳しいことは知らないはずだ。

 王が殺された後、なおも抵抗を続けたブレンディオ家は、ひとり残らずザイクに殺された。本当なら、グレゴルド家も同じ運命を辿るはずだった。しかし、まだ幼い2人の息子たちのことを考えると、グレゴルド家の当主であるシルゼンたちの父親は、抵抗して殺されることをためらった。また、妻の強い勧めもあり、新たなサイモアの方針に大人しく従うことを選んだのである。


「王に仕えていたあなたは何かしら思うこともあるのかもしれませんが、私たちにはこれといって抱く気持ちもありませんのよ。どうすればこの先、かつてのように生きていけるのか……考えることといったら、それくらいですわ」


「それで、ドガーをどうすると?」


「あの子は、その存在自体がこの家を脅かします」


「つまり、消す……ということか?」


(何だって……?ドガーを、消す?)


 偶然、廊下で話を聞いていたシルゼンは、言葉を失った。自分の聞き間違えではないだろうかと耳を澄ませたが、聞こえてくるのはどうやって消すかという、その方法のことばかりだった。

 それを食い入るように聞きながら、シルゼンは拳を強く握りしめる。


(そんなこと、絶対にさせない)



 数日後の夜中、人々が寝静まり国中に静寂が漂う中、ドガーは一緒に来るよう言われ、寝ぼけ眼をこすりながら夜道を歩いていた。

 父親、母親、叔父、叔母……そこにいないのは、兄だけだった。さすがのドガーも、何やら異様な雰囲気を察知して身を固める。いつも助けてくれる兄はいない。それが一層、ドガーを不安にさせた。

 やがて、家族の足は、人気のない崖の前で止まった。その視線が、一斉にドガーに集まる。誰の手だったのかは分からない。ただ、いくつもドガーに伸ばされる腕が、彼を崖の淵へと向かわせた。

 夜の海が、ごうと唸る。まるで、自分を呼んでいるかのように。そして、早く来いと言わんばかりに追い風が吹く。


「と、とうさん?かあさんっ!嫌だ……怖いよ、助けて……」


 只ならぬ恐怖を感じたドガーは振り返り、助けを求める。


「グレゴルド家のためです。お前の存在がなければ、すべて上手くいくのですよ」


 しかし、そこに味方はいない。いつもそうだった。助けてくれるのは、いつでもただひとり。心の底から信頼していたのは、その人だけだった。だから、ドガーはその名を口にする。


「にいちゃん……っ!」


「ドガー!」


「にいちゃん!」


 間一髪、ドガーを守るようにシルゼンが滑り込む。話を聞いていたシルゼンは、ここまで尾行していたのだ。最後の最後まで、嘘であってほしいと祈りながら。

 しかし、弟の声にその希望は打ち消される。


「ドガーの存在がなければ……?ふざけるなっ!」


 自分の家族に、シルゼンは剣の切っ先を向けた。よく研がれたそれは、月の光を反射してギラリと光っている。自分たちに向けられたそれが信じられないように、誰もが大きく目を見開いた。


「シルゼン、これはお前のためでもあるのですよ。剣を収めなさい!」


 母親がそう叫んだ。母親“だった”人が、そう叫んだ。


「ああ、収めるさ……家とか何だとか……この腐ったしがらみをすべて断ち切ってからな!」


「シルゼン、何を……っ!」


 次の瞬間には、足元に赤い水たまりを作り出していた。あれほどドガーのことはあっさり殺そうとしたにも関わらず、シルゼンに攻撃することはためらったのか、ほとんど無抵抗のまま地に倒れていく。その様子を、ドガーは瞬きひとつせず見ていた。


「にい、ちゃん……」


 すべてが終わった後、弱々しい声がシルゼンの耳に届く。


「ドガー、心配いらない……もう大丈夫だ」


 赤に染まる大地と、自分の手。それに目を落としながら、シルゼンは弟にそう言った。

 その後、2人は黙ったまま静止していた。しかし、それを裂くように、人気のない崖に2人の男が現れる。


「ザイク様、貴族たちの監視をしていたら少し動きがあったのでお知らせしましたが、どうやらこのような事態になってしまったようです」


 密偵として働いていたゼロは、グレゴルド家で何やら動きがあるということを知らせていた。それを聞きつけてやってきたのだが、予想を反する結末に少しばかりザイクは驚いていた。

 しかし、血の滴る剣を握って肩で息をしているシルゼンと、返り血を浴びて座り込むドガーを見て、面白そうに笑う。


「シルゼン=グレゴルド……高い戦闘能力を持っていると、噂になっている子だな。ふふ、家族を弟ひとりのために殺したか。これからどうするつもりだ?このままだと、君も弟も普通に生きていくのは難しいだろう」


 シルゼンは放心状態の弟に目をやる。ああ、自分は取り返しのつかないことをしてしまったと思いながらも、ドガーがひとまず生きているということには安堵を覚えていた。そして、ザイクが言うように、これからどうすればよいのかという方向に思考が傾く。

 その時、何を思い立ったのかザイクが提案する。


「俺の下で働くか?もちろん、弟の方も受け入れよう。そうすれば、今回の一件は何事もなかったように処理する」


「……本当なのか?」


 シルゼンは聞き返した。最初はどうしてと疑問を抱いていたが、ザイクも自分と同じように家族を手にかけて今の立場にあるという話を聞いたことがあった。もしかしたら、自分と重ねて見ていたのかもしれない。


「ああ、約束しよう。私の理想のために働いてくれるのならね。裏切れば、その時は相応の罰を覚悟してもらうが」


 その時のシルゼンは思考がよく働いておらず、どうやってこの場を切り抜けるかということしか頭になかった。その先に何が待ち受けているのかなど、考えている余裕はなかった。


「……分かった、頼む」


 シルゼンの口から出た言葉に、ザイクは満足そうに微笑む。


「よろしい。ゼロ、後処理は任せたぞ」


「はい」


****


「俺は、家族をこの手にかけた日から、自分の手が血に染まって見える。それに、家族を斬った時の感覚が、ずっと残ったままだ」


 シルゼンは、自分の両手に目を落とすと、苦しげに顔をしかめた。


「あの人は、戦いを続けていくうちに、それも消えるだろうと言っていた。──だが、どれほどの人々をこの手にかけても、その血も、感覚も消えなかった。その代わりに、罪のない者たちの血が塗り重ねられていくだけでな。破壊は、結局何の解決にもならない。そう思って、ザイクを裏切った。だが、それを止めさせるために戦ってきたことも破壊ではないかと問われれば、反論できないがな」


 自らを嘲るように、シルゼンは笑う。しかし、すぐにその表情はとても真剣なものに変わった。


「俺は、自分の家族を手にかけた。その罪は、償わなければならない。どんな理由であれ、許されないことをした。だが、その前に決着をつけなければならない相手がいる」


「それが、弟?」


「ああ。あいつは……俺があいつを捨てたと思っている。俺は違うと言い張ったが……結局、あいつにそう感じさせてしまったのなら、同じことだ。俺を恨むなら、それでも構わない。だが、あいつをいつまでもザイクの操り人形にしておくわけにはいかない。何としてでも、あいつは解放する」


 シルゼンの瞳は、固い決意を物語っていた。


「こんな話につき合わせて悪かったな。だが、おかげで決心がついた。本来のあいつの姿を取り戻すためなら、俺は……」


 アストルに背を向けて歩き出したシルゼンの姿は、暗い廊下の闇に呑まれていった。


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