決意 ~ニト~
アランから逃げるように去ったはいいものの、まだ眠れる気はしない。
アストルは、また独りで薄暗い廊下を歩きながら、これからどうしたらいいのかと考え込んでいた。
「あれ、アストル?まだ起きてたんだ」
そんな暗い気持ちとは対照的に、元気な少女の声で我に返る。
「ニトこそ、こんな時間に何してるんだ?」
廊下でひとり立っていたニトは、アストルに気がつくと、近づいてきた。
「あたしは、ボスに呼ばれてるんだ。情報屋の今後について、会議するんだって」
こんな状況になっても、彼女の口調はいつもと変わらない。
「きっと、情報屋史上でも初くらいの大事件なんだよね。しっかり覚えられるだけ覚えとかないと。後世に伝えられるようにね」
ニトは、とても前向きだった。そんな彼女の姿を、アストルは眩しく感じる。そんなアストルの気持ちを察したのか、ニトは明るい口調でアストルに語りかけた。
「上手くいかないことって、ものすごくあると思うんだ。あたしなんて、上手くいかないことだらけで、何が上手くいってて、何が上手くいってないのか分からないくらいだよ」
ニトは、そう言って笑う。水竜の件といい、ドクドリスの件といい、ニトが持つ過去は、決して明るいものとは言い難い。しかし、それを乗り越えて、笑って話せるくらいまで消化した彼女は強いと、アストルは思った。
俯き加減のアストルを見て、ニトは少し真面目な口調になる。
「アストルはさ、今まで上手くいき過ぎてたんだよ」
上手くいき過ぎていた。確かに、ニトの言う通りだ。アストルは、今までこんなに悩むほどの問題にぶち当たったことはない。何か問題が起こっても、生まれ持った魔力に助けられてきたことも多々ある。しかし、今回はその力に悩まされているのだ。どうして得た力なのか、この力のせいでどんな問題に発展してしまったのか。それを思うと、この力に、神石の力に頼っていていいものかと、頭の中でぐるぐると色々な考えが廻って、収拾がつかなくなってしまう。
「俺……どうにかできるのかな」
アストルは、弱気な口調でそう言い、力なく笑った。そんなアストルに、ニトは言葉を続ける。
「アストルは、きっと今までは何か問題が起こっても、自力で解決できるだけの力があった。でも、でもね、あたしもそうだけど、ひとりでできることなんて本当に少ないんだ。クローリアとか、情報屋の人たちとか……いろんな人の助けがないと、あたしは生きられなかったし、これからだって生きていけないと思う。とりあえず、ほら、顔あげて!」
ニトは、パァンとアストルの顔の前で手のひらを合わせて打ち鳴らした。その音を合図に、アストルは顔をあげる。そこにあったのは、またいつものように笑みを浮かべたニトの顔だった。
「アストルのことを助けてくれる人は、大勢いるはずだよ。あたしなんかじゃ、役には立たないかもしれないけど、あたしだってアストルの助けになることなら手伝いたいし」
「ニト……」
「だから、頼っていいんだよ。助けてくれる人がいるって、すごく幸せなことなんだから」
「かといって全部頼れるかっていったら、そうでもないんだな、これが」
「ボス!」
ニトの背後から現れたバドは、くしゃっ、とニトの髪をなでた。そして、ぽんぽんと小さい子どもをあやすように頭を軽く叩くと、その行動が不満そうなニトは無視して、視線をアストルに向ける。
「王子さん、迷うのは悪いことじゃない。けどな、必ず最後には結論を出さなくちゃならねぇ。そこだけは、誰も助けちゃくれない。王子さん自身が出さなきゃならない答えだ」
「俺の、答え……」
最後に決めるのは自分自身。分かっていたつもりでも、いざ他人から言われてみると、それをひどく恐れている自分に、アストルは気づかされた。
自分のとった行動が、また誰かを苦しめることにはならないのか。これから何をしようにも、アストルは決めることが怖かった。それでもバドの言う通り、最後には必ず、何かしらの答えを出さなくてはならない。どんな答えが最善なのか、ひたすらアストルは考え続けていた。
そんなアストルに、バドは言葉を付け加える。
「他人のことも、国のことも、世界のことも……考えなきゃならないことはたくさんある。だが、忘れるなよ──自分自身のことも」
バドは、特に最後の言葉を口にするとき、しっかりアストルと目を合わせた。そして、それだけ言うと、何事もなかったかのようにニトの背を叩く。
「さて、俺たちも会議だ。情報屋の仲間たちもぞくぞくと集まってきてる。今後の動きを決めるぞ」
「分かってますけど、その前に謝って下さいよ!さっきの、完全に子ども扱いしたー!」
「俺からすりゃ、まだまだ子供だ」
頬を膨らませて抗議するニトを、バドは何食わぬ顔で受け流す。
「もー!」
文句を言いながらも、どこか楽しげに2人は去っていく。
「俺自身のこと、か」
アストルは去っていく2人の背中から、自分の両手に視線を移す。そして、掌をしばらく眺めてから、それを強く握りしめた。