決意 ~レティシア~
レティシアに戻ってみると、やはりサイモアの予告に驚いているのか、国民たちが大騒ぎしていた。まだドクドリスの爪痕が残る中、更なる恐怖が国民を駆り立てている。
「やっぱり、想像はしてたけど……みんな混乱してるね」
着陸した機体から降りたクローリアは、その様子を見て顔を曇らせた。
「そりゃ、そうだろうな。っとに……何考えてんだ、ザイクの野郎は」
バドも苛立ちを隠せない。その横で、ルクトスはまだザイクのしたことが信じられないのか、暗い顔をして呟いた。
「あいつは……どうして、こんなことしちまったんだ」
「そういや、ルクトス王とアラン王は、あいつの幼なじみなんだろ?」
バドが思い出したようにルクトスに尋ねる。
「ああ。一応、俺とアランは王族として、いろんな国に連れていかれてたからな。いつだったかはよく覚えてねぇが、サイモアにも行ったことがある。ブレンディオ家ってのは、代々サイモア王家に仕えてきた参謀だ。いつもサイモア王の傍に、怖い顔したザイクの親父がいたもんだぜ」
アストルが覚えている限りでは、サイモアと国交があったという記憶はなかった。アストルが産まれる以前に、関係は切れていたのかもしれない。
「それで、どこでザイクと顔を合わせたんだ?」
バドは首をひねる。
「まぁ、一応将来のためにって俺とアランも同行してたが、会議自体に参加できるわけでもなかったしな。暇で適当に城の中をうろついてたら、ひとりでいるザイクを見つけたんだ。あの頃のザイクは大人しくて、人前でこんな風に堂々と話してる姿なんて、想像もできなかったけどな」
ルクトスは幼き日の記憶を手繰り寄せ、ため息をついた。
「そうだったな。あの頃は、まだこんなことになるとは、思ってもいなかった」
「アラン……」
群衆の中を分け入ってやってきたのは、表情を張り詰めたアランだった。アランが移動しても国民たちはすぐその周りに集まり、不安をぶちまけている。アランだけではなく、ガヴァンからグレンまで、王子一同も国民の対応に追われていた。
「我々も戦うつもりだ」
その言葉に、国民の声がさらに大きくなる。その様子に、ルクトスはアランに尋ねた。
「国民は?」
「サイモアにつくという者を、無理に引き止めるつもりはない。国民にも、選ぶ権利があるからな。ただ、個人としてではなく、国としては戦う姿勢だ。その旨は、すでに国民に伝えてある」
よく耳を澄まして、ひとつひとつの言葉を聞き取ってみると、戦うことに賛成の者、反対の者、戦いに巻き込まれるのは嫌だが、サイモアに従いたくもないなどと、様々な意見があった。アストルたちがここに戻ってくるまで、アランは国民たちの声を聞き続けていたのだろう。どんなに隠そうとしても、疲れの色が見えていた。
「まぁ、今は少し休んでおくべきだ。特に、アストル君は疲れているだろう。意識が戻ったようでなによりだけど、まだ万全な体調ではないね?」
それでもアランは、自分よりも先にアストルの体を気遣った。
「俺は、別に……」
確かに疲れているのか体は重かったが、色々と考えることが多すぎて、アストルは休んでいられる気がしなかった。
「これからどうなるにしろ、休息は必要だ。今日はもう休みなさい。君はここまでよくやってきたよ。ここから先は、私やルクトスに任せなさい」
「アランの言う通りだ。お前に国なんてデカいもん背負わせて……辛かったよな。ここからは俺に任せて、お前は休め」
もう背負わなくていい。そう言われても、アストルは素直に頷けなかった。この旅の目的のひとつは、ルクトスを救出することだった。それが果たされたのだから、本来ならもっと喜べるところだ。しかし、旅を始める以前より、背負うものはより大きく、重くなっていた。
****
城に戻り、シルゼンやニトとも合流した。2人ともアストルの回復を喜んだが、当の本人は浮かない顔のままだった。
アランやルクトスは、国民たちの相手や、これからのことについて話し合っている。しかし、アストルやクローリアたちは休んでいるよう言われてしまった。夜になって眠ろうとベッドに横になったが、やはり寝付けない。横になったままでいると、どうしても告げられた真実が頭を支配し、頭が痛くなってしまった。
仕方なく外の空気を吸いに行こうと部屋の扉を開けたところで、同室だったクローリアに声をかけられる。
「アストル、眠れないの?」
「お前こそ……まだ起きてたのか?」
「どこか行くの?僕も一緒に──」
「いや、少し独りにしてほしい」
月明かりに照らされたアストルの顔を見て、クローリアは言葉を飲み込んだ。
クローリアは、おそらくアストルと一番長く一緒にいた友人だ。しかし、そんな彼でも、こんなに思いつめたアストルの顔を見るのは初めてだった。
「アストル……あまり遅くならないようにね」
「悪いな……」
アストルはクローリアを部屋に残したまま、暗い廊下を進んでいった。
ふと窓があったので、外を覗いてみる。城の前には、もう夜も遅いというのに、群衆が押し寄せていた。それを見て、アストルは唇を噛みしめる。
「まだ悩んでるのか?馬鹿みたいに真っ直ぐが得意技のお前にしては、珍しいな」
「グレン!」
いつもの調子でアストルの背後から声をかけると、グレンはアストルと同じように窓の外を眺める。
「今回の件は、お前に非はないだろう。あるとすれば、俺の方だ」
視線は窓の外に向けたまま、グレンはそう言った。
「別にお前は悪くないだろ?グレンは、俺のこと助けてくれたんだし」
「俺がサイモアにいなければ、父上ももっと楽に動けた。俺の責任だ」
「でも、元々俺がいなければ……こんなことにはならなかったんだ」
「頑固なやつだな。仮にお前がいなかったとしても、遅かれ早かれ、ザイクは同じことをしたはずだ」
「でも……」
「いつものお前を見ていても苛々したが、今のお前はそれ以上だな」
グレンは顔をしかめると、舌打ちをひとつした。
「ご、ごめん……」
「だから、お前は言い返すことを知らないのか?そういうところが嫌いなんだ」
思わず謝ったアストルに、グレンはもっと苛々し始める。なんだか空気が悪くなってきた時、それとは似つかわしくない声が飛び込んできた。
「グレン~、なに話してるのさ?」
「兄上……」
アストルとグレンの肩に後ろから手を回すようにして、イアンが明るい声で話の間に入ってきた。その後ろには、ガヴァン、ディラン、ブレインの3人が立っていて、グレンの兄弟全員が揃っている。
「取り込み中か?」
ガヴァンは、アストルとグレンが一緒にいるのを見て、そう尋ねた。グレンは横目でアストルを見る。アストルは別に構わないと言うように、小さく頷いた。
「いえ、大丈夫です。何か俺に用事ですか?」
グレンが返事をした時、誰かが階段を上ってくる音がした。
「ガヴァン、ここにいたのか。少し来てもらいたいのだが」
それはガヴァンを探しに来たアランだった。それを見て、アストルはまずいなという顔をした。休めと言われていたのだから、ここにいるのはまずい。
「はい、すぐ行きます。……ということだ、後は自分で何とかしろ、イアン」
アランに呼ばれたガヴァンは、素直にそれに従う。どうやら、用事があったのはガヴァンではなく、イアンのようだ。
「おや、アストル君……まだ起きていたのかい?」
ふとアランとアストルの目が合った。
「い、いや、もう戻る。じゃあな、グレン……ありがとう」
アストルは、このままでは部屋に強制的に送り返されてしまうと思い、急いでその場を後にした。グレンはアストルが残した最後の言葉にため息をつく。
アストルの姿が見えなくなってから、ガヴァンは思い出したように尋ねた。
「父上、私に何か?」
「ああ、これからのことについて、お前の意見も聞かせてもらいたい」
「分かりました」
ガヴァンを連れたアランがが去っていくのを見送った後、ブレインがディランの脇腹をつついた。
「さて、空気をぶち壊しそうな兄上も、さっさと退場しますよ」
「あぁ?何で空気が壊れんだよ。いくら殴ったって、手応えねぇぞ?」
ディランが的外れな言葉を返しながら、空中を殴る。それを見たブレインは、額に手を当てながら、深いため息をつく。
「もう、黙って私と来てください……」
「あぁ?何で行かなきゃならねぇんだよ。ひとりじゃ行きづらいって言うから来たんだろ?イアンがグレンに謝りた──もが!?」
慌ててブレインがディランの口を塞ぎ、言いかけた言葉を遮った。
「そういうのを、空気を壊すって言うんですよ!私たちは、ここまででいいんです」
もがもが言っているディランを引きずるようにして、ブレインはその場から姿を消した。
「あはは……グレン~、僕置いてかれたよ~」
変な空気が流れる中、イアンはそんな冗談をとばす。しかし、グレンは表情を変えずにそれを受け流した。
「兄上、話があるのなら、どうぞ」
「ノリ悪いなぁ。うーん、話っていうか、その……」
イアンは、ディランが余計なことを言ったせいで、話しづらくなってしまったようだ。なかなか話し出そうとしない兄に、グレンの方が先に口を開いた。
「俺にはありますが」
「え?」
首を傾げたイアンに対し、グレンは頭を深く下げる。それを見たイアンは、目を丸くした。
「ご迷惑をかけました。申し訳ありません」
さらに、グレンの突然の謝罪を聞いて、イアンは驚きを隠せない。グレンは顔を上げると、話を続ける。
「俺は、自分が認められませんでした。兄上たちの誰にも及ばない、弱い自分が」
「そんなこと──」
イアンは何か言おうとしたが、グレンの顔を見て言葉を飲み込む。マイナスなことを話してはいるが、その顔はしっかりと前を向いていた。
「でも、どれだけやっても、越えられないものは越えられない。それは仕方のないことだと、認めて生きていきます。父上が俺を連れ戻しに来てくれて……力のない自分でも必要としてくれる人がいると分かって、我に返りました。俺は、ただ誰かに必要とされたかったのだと気づいたんです。力を求めていたのもそのせいだったのだと」
グレンは、自分の中でけじめをつけていた。イアンは、グレンも子供じゃなくなったなぁと、しみじみ思った。
そんなことを思っていたイアンに、グレンは決心したように告げる。
「兄上、あの日の手合わせの続きをお願いできませんか?」
「あの日?」
「俺が、兄上に勝った日……兄上がわざと負けた日です」
先ほど、もうけじめはついたものだとイアンは思っていたが、グレンにとっての本当のけじめは、まだついていなかった。その姿を見たイアンは、ようやく言えないでいたことを口にする。
「……あの時は、ごめんなグレン。いいよ、やろう。今度は僕も本気でやるよ!」
「ありがとうございます。今度こそ、本気で」
人気のない場所まで移動し、互いに2本のレイピアを構える。そして2人は対峙し、戦闘が開始された。
2人とも神石の力には頼らず、純粋に剣の腕だけで勝負している。2人とも2本のレイピアを器用に扱っており、戦い方が非常によく似ていた。それというのも、元々グレンに剣術を教えたのがイアンだったからである。
最初はいい勝負だったが、徐々にその差ははっきりしてきた。攻撃し終わった直後に、グレンにはわずかな隙が生まれる。しかしそれは些細なもので、普通の兵士と戦う程度なら気にしなくて済むだろう。だが、イアンはその隙を見逃さなかった。
グレンがわずかに生み出すその隙を狙って、素早い連撃を繰り出す。グレンの攻撃速度も速いのだが、イアンはそれを上回っており、狙いも的確だった。
しばらく攻防が続いていたが、グレンが繰り出した突きを、イアンは左手に握ったレイピアで受け流した。そして、残ったもう1本のレイピアでグレンののど元を捉える。
刺さる数センチ手前でぴたりと止められた切っ先を見て、グレンは自分のレイピアを収めた。
「……さすがです、兄上。やはり、まだまだ勝てませんね」
悔しそうにそう言ったが、どこか納得したような表情を浮かべていた。
「ま、そう簡単に負けちゃってもかっこ悪いしね、兄貴としては。あと、お前のこと必要としてるのは父さんだけじゃないから。僕たちのこともお忘れなく」
イアンはそう言って優しく微笑んだ。
「……そうですか」
グレンにしては珍しく、イアンにつられるように顔がほころぶ。
この時、ようやく2人は隔たりなく笑い合った。