真実⑪
光が消えた時、ユナは幻の大陸に立っていた。あの日と変わらないミストクルスの様子に懐かしさを覚えながらも、ユナはアルタジアの元へと急いだ。
その前に、誰かがこの地にやってきたことに気がつき、家の中から顔を出したリエラに出会う。
「ユナ、どうしたの!?また、ここに来るなんて……まさかサイモアに見つかったの?」
リエラは目を丸くして、ユナの傍へと駆け寄った。
「リエラ……違うの。そうじゃなくて、アルタジアに話があって」
「アルタジアに?」
ユナとリエラは、並んでアルタジアの元へと歩いて行った。その途中、リエラはユナが今までどんな暮らしをしていたのかということを知りたがった。その問いかけに、ユナはシャンレルで起こったことを色々と話してやった。ただし、アストルのことには深く触れずに。
そうこうしているうちに、2人はアルタジアの元へとたどり着いた。アルタジアは懐かしい顔に、優しく声をかける。しかし、様子が少し違っていることに気がついた。
「ユナ、久しぶりだな。──何か、悪い未来でも見えたか?」
「ううん、その逆。何も……何も見えないの」
そう言って、ユナは膨らんだお腹に手を当てる。
「……お前は、それがどういうことか分かっていて、ここに来たのだな?」
ユナは真面目な顔で頷いた。
「ユナ、それってどういう──」
「リエラー、食事の用意手伝ってくれない?」
話についていけないリエラが、その意味を尋ねようとした時、急に彼女を呼ぶ声がした。
「あ……うん、分かった。今行くね!ユナ、アルタジア、私戻るね」
リエラは迷いながらも、家の方へと戻っていく。
去っていく背中を見ながら、ユナはアルタジアに尋ねた。
「アルタジア、あなたならこの子を助けられる?」
「私は、力を貸すことしかできぬ。力を使うのは、別の誰かだ」
アルタジアはそう答えた。確かに、その通りだ。力を引き出せるのは、アルタジアではない。ユナは、その答えも予測していた。それを分かった上で、ここまで頼みに来たのだ。
ユナは意を決して、ずっと思っていたことを口にした。
「私が、もしこの子を世界に存在させるとしたら、どうする?」
アルタジアもまた、ユナがここに来た理由を理解していた。自分の息子であるグラットレイの力のことは、よく分かっている。時を読む力は、たとえどんなものが対象だったとしても発動する。ただし、それがこの世界に存在するはずのものであるならば、だ。アストルの未来が見えないということ。つまり、それが答えだ。
しかし、ユナはそれを変えるためにここに来た。だが、アルタジアもそれをそう簡単に受け入れることはできない。アストルの運命も、世界の一部。その流れを変えてしまっては、何が起こるか分からないのだ。
「世界の流れを狂わすつもりか?」
「身勝手なことは、分かってる。でも、この子だけは……世界の運命よりも、大切なものだから」
「それがどういうことか、分かっているのか?たとえ、その子が存在できたとしても、お前は……。それに、その子の存在は、それ自体が世界に破滅をもたらすだろう。存在するはずのないものは、世界の形を歪ませる」
アルタジアは、その選択が引き起こすであろう問題を突きつけた。安易な気持ちで、選んではいけないことだ。
しかし、ユナは表情を崩さないまま、ただアルタジアを強い眼差しで見つめている。
「──気は変わらぬか。私も、お前の気持ちはよく分かる。しかし、後悔はしないのか?そのせいで、その子は苦しむことになるかもしれないのだぞ?」
「私の自己満足かもしれないってことは、分かってる。それでも……世界を、見てもらいたいの。世界を知ることもできずに、このまま消えてしまうのは……」
「お前は、今まで辛い目に合ってきた。やっと、平穏な暮らしを手に入れたのだろう。それを、手放すというのだな?」
「……うん」
ユナは頷いた。それを見て、アルタジアの心も揺らいだ。ユナは、その力のせいで辛い目にあってきた。そして、その力は元を辿ればアルタジアのせいだ。人々の役に立つようにと始めた研究のはずが、結果として苦しめてしまった。
アルタジアも、この何年か考えていた。本当に、自分のしたことは正しかったのかと。それは、今すぐに答えの出るものではないだろう。
しかし、目の前にいるユナには、すぐに答えを与えねばならないだろう。考えている時間は、もうあまり残されていないはずだから。アルタジアは迷った。簡単に賛同すべきことではない。しかし、今までユナが辿ってきた運命を考えると、その願いを叶えてやりたい思いもあった。
そして、迷った末にアルタジアは答える。
「……分かった。その時が来たら、私も力を貸そう。だから、今はもう戻るのだ。外で王が必死になってお前を探している……時が来るまで、もう一度よく考えるのだぞ」
力は貸す。しかし、使うのはユナ自身だ。成功するかは、彼女にかかっている。アルタジアは、ユナの覚悟を受け入れ、この先どんな運命になろうとも、見守り続けることを決めた。
「うん、ありがとう……さようなら」
ユナはアルタジアの答えを聞くと、安心したような笑みを浮かべた。アルタジアに直接会うのは、おそらくこれが最後だろう。ユナは別れの言葉を言い残し、くるりと背を向けて歩き出した。
帰り際、リエラたちが住む家の傍を通りかかった。窓の外から、楽しげに仲間たちと料理を作るリエラの姿が目に入る。声をかけてから帰ろうかとも考えたが、思いとどまった。そのまま静かに通り過ぎ、外へと向かう。
アルタジアも言っていたが、ルクトスは自分を探してくれているだろう。抱えていた悩みは、ひとつ解消された。帰ろう、シャンレルへ。
あと、どれくらいの時間が残されているのかは分からない。けれど、その時間を過ごすべき場所、自分の存在すべき場所はある。だが、アストルの存在すべき場所は、今この世界には存在しない。だから、その場所を誰かが作ってやらなくてはならない。その誰かは、そのことを知る自分以外にいないだろう。
ユナはそんなことを考えながら、光に包まれた。
その頃、外では海に潜って必死にユナを探すルクトスがいた。
「どこだ、ユナ!?」
ザナルカスにも手伝ってもらっているが、いくら探しても見つからない。真っ青になっていると、突然あの光が再び海から立ち昇った。
まさかと思ってその光の傍まで泳いでいく。すると、光が収まり、その中からユナが姿を現した。
「ユナ!おい、大丈夫か!?」
すぐにザナルカスを呼び、その背に乗せる。
「うん、もう大丈夫だから」
見たところ、問題はなさそうだ。何でなんともなさそうなのかルクトスには分からなかったが、とにかくほっとしていた。
「まったく……どんだけ心配したと思ってんだよ……」
「本当にごめんなさい。でも、これで……もう大丈夫だから」
ユナは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、大丈夫じゃないだろ。すぐ戻って医者に診てもらうぞ。なんか前にもあったな、こんなこと……てか、ジギルが怒るぞ。まぁいいや、それより乾かさないとまずいな……使えない訳じゃないが、魔法は苦手なんだよな、俺」
【情け無いことを】
ザナルカスは、そう言って鼻を鳴らす。
「だーっ!分かってるっての。神石くらいちゃんと使えねぇと、大事なもんもいざってときに守れないだろうしな。やってやる」
必死になっているルクトスの姿を見て、ユナは微笑んだ。あと、どれくらい一緒にいられるかは分からない。けれど、一緒にいられた今までの時間は絶対に消えない。後悔はしていないと、胸を張って言える。ただ、ひとつだけわがままを言うとしたら、アストルの未来を見てみたかった。どんな形でもいい。叶うかどうかは怪しい願いだが、願うだけなら自由だ。最後まで、願い続けよう。
そして、刻々とその時は近づいている──