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アルタジア  作者: 桜花シキ
第9章 歪んだ世界
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真実⑨

 それから、ユナはシャンレルで暮らし始めた。

 行くところがない、そうルクトスに伝えたところ、あまり深く追求せずに城の従者として置いてくれることになったのだ。

 もちろん、誰かの目はある。しかし、ルクトスはまったくと言っていいほど疑いの目を向けなかった。どうしてかと本人に聞いてみたところ、『悪いやつには見えない』という何ともあっさりした答えが返ってきた。こちらとしては嬉しいが、国王としてはかなり軽率だ。ジギルなど、周りの人の手がなければ他国に潰されてしまうだろう。しかし、いつも誰かが彼を支えてくれている状況が作り上げられているのは、彼の人徳以外の何物でもない。

 城で働いている間、様々な情報を手に入れることができた。

 この国は、大国レティシアの友好国。サイモアであっても、レティシアが絡んでいるとなれば迂闊に手は出せないだろう。

 おまけに、周りを海で囲まれた人工島。見渡しても他の国は見えない場所にひっそりと存在している国だ。人々もゆったりとした時間の中で生き、争う声もほとんど聞こえない。

 ユナにとって、こんなに穏やかな時間を過ごしたのは初めてだった。

 グラットレイの家に生まれ、この力を持っていたために常に王家からの監視の目が光っていた。家族がひとり、またひとりと連れていかれる中で自分の番が回ってくる恐怖に怯えていた。その未来が見えた時は絶望したものだが、誰かが助けてくれることも分かっていたので、何年も牢の中で耐える日々が続いた。

 そして、ヴェインズに助けられて、幻の大陸に辿り着いて、アルタジアに出会って──このシャンレルで暮らしている。

 今のところ、サイモアに見つかる気配もない。ユナは、この生活に満足していた。とても、幸せだった。悪い未来は、まだ見えていない。この生活は、ずっと続いていくのかもしれない。そうとさえ思えた。


 

 それからしばらくして、シャンレルに更なる幸福が訪れた。


「まさか、あの時の女性が本当に妃になられるとは。いやはや……うれしい限りですぞ」


 ジギルは、白い生地に青い水竜の刺繍が施されたドレスに身を包んだユナを見て、目を細める。

 今日は、シャンレルの国王がやっと花嫁を迎える日。国民たちが待ちに待った日だ。


「私で本当によかったのかな?」


「ルクトス様は頑固ですからなぁ。一度言ったら変わりませんぞ。あなたこそ、よいのですな?」


「……いいのかな?」


「むむ、お気持ちが変わりましたかな?」


 険しい顔をしたジギルに、ユナは慌てて両手を振った。


「ううん、結婚するのが嫌ってわけじゃなくて。私、今すごく幸せだから……こんな夢みたいな話があっていいのかなって」


 ユナの言葉に、ジギルは優しく微笑む。


「もちろんですぞ。では、そろそろ参りましょうか。ルクトス様が首を長くして待っておられるはずですから」


「うん」


 ユナはそれに笑顔で答えた。



 城の前にある広場は、ユナが現れるのを今か今かと待ちわびる国民たちで溢れかえっていた。今日は、国を挙げての一大イベントだ。

 シャンレルの王族に伝わる正装に身を包んだルクトスは、先に広場でユナが来るのを待っていた。その間にも、椅子から立ち上がったり座りなおしたり、また立ち上がって行ったり来たりと、落ち着かない様子だ。それを見ながら、国民たちは口々に何か話している。


「ルクトス様、なんかソワソワしてないかい?」


「あれ、ほんとだねぇ。花嫁様が遅いから、待ちくたびれてんだよ、きっと」


「前にちょこっと見たことあるが、花嫁さんは相当な美人だったなぁ」


「あ、ほら!噂をすれば、だ」


 ひとりの男性が、城の扉の方を指さす。国民が一斉にそちらに視線を向けると、ジギルに連れられ美しい衣装を纏ったユナが歩いてきた。それを見た国民たちの拍手が沸き起こる。その音に包まれるようにして、ユナはルクトスの元へと足を進めた。


「ルクトス」


「やっときたか……おぉ」


 目の前に立ったユナを見て、ルクトスは固まってしまった。


「待たせてごめんね。……どうかした?」


 その様子を見たユナは首を傾げる。


「い、いや……別に」


「そう?」


「……今日はいちだんと綺麗だな」


 ぼそりとルクトスが呟く。しかし、照れているのか独り言のようだった。


「何か言った?」


「い、いや……別に」


 ユナの問いかけに、ルクトスは慌てて顔を逸らす。


「ふーん?」


 にやにやしながら、ユナはルクトスの顔を覗き込んだ。


「な、なんだよ?」


「ううん、別に」


 ユナはかつてない幸福に、心から微笑んだ。国民たちに祝福される中、この日ユナは正式にシャンレルの王妃となる。

 やがて新たな命にも恵まれ、誰もがそれを喜んだ。


 しかし、そんな幸福がいつまでも続くことはなかった。やがて、ユナは直面する。“見えない”ことへの恐怖に。


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