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アルタジア  作者: 桜花シキ
第9章 歪んだ世界
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真実⑧

 それから数日後、ユナはここから旅立つことを決めた。

 その旨をアルタジアに伝えたところ、転送魔法を使えばどうかと勧められた。しかし、ユナは首を横に振る。


「そうしたいところだけど、私は未来を見る以外、あんまり魔法が得意じゃないの。転送なんて、論外」


 原石であれ神石であれ、魔力を使うには使用者の力が関係している。使用者がそれを引き出せなければ、どうしようもない。ヴェインズなら可能だったかもしれないと、ユナは思った。彼の力なら、無事に生き延びている、そう願いたい。


「そうか。しかし行くとしても、どこへ行くか決めたのか?」


「うん。新しい未来が見えたから、ひとまずはそれに従ってみる。悪い未来じゃ、なさそうだし」


「ほう、どこなのだ?」


 幻の大陸にいたのはわずかな間だけだったが、それでもミュレット家の人たちと仲良くなった。ユナが旅立つことを知った子供たちが、ユナの周りを取り囲んで引き留めようとしている。

 そんな子供たちを言い聞かせながら、ユナはその場所の名を口にした。


「シャンレルって国に、私は行くことになるみたい。サイモアに見つからないといいんだけどね」


 ユナは自分を探しているであろう、サイモアの国王を思い出していた。もう、あそこに戻りたくはない。


「私のせいで、不自由な思いをさせてすまないな」


 アルタジアは、そう謝った。なにしろ原石なので表情は分からないが、相当申し訳なさそうな口調だった。

 そんなアルタジアに、ユナは語りかける。


「別に、アルタジアのせいじゃないでしょ?どんな力でも、力自体は悪くないの。どう使うか……それだけ」


 アルタジアは少し黙ってから、遠い日の記憶を紡ぐようにシャンレルについて語った。


「シャンレルは、遠い昔……人々が神石の力を手にする前に作り上げた人工島だ。あそこは、私もよく知っている。本来、人が持つ力……その原点、か。確かに、あそこなら悪いようにはならないだろう。お前の幸福を祈っている」


「ありがとう」


「気をつけてね。また会いましょう、ユナ」


 ひと通り挨拶を済ませたユナを、リエラが見送ってくれた。彼女とは年が近かったこともあり、自然と打ち解けた。彼女とは、またいつか会いたい。いや、また会える気がする。そういう未来が、いずれ見えるだろう。彼女とは、どこまでも縁がありそうな予感がした。


「ありがとう、リエラ」


 ユナは崖の方へ歩み寄った。外へ出るときは、ここから飛び降りなくてはならないらしい。下をのぞいたら足がすくんでしまいそうなので、目を瞑って一気に飛び込む。

 しかし、高いところから落ちるときのふわっとした感覚はなく、気づけばまばゆい光に包まれていた。



 どこまでも青く続く海に、大きな水竜とその背に乗る男性の姿があった。本来、こんなところにいていい立場ではないのだが、こっそり抜け出して息抜きをしている。悪いとは思っているのだが、たまにはこうして仕事のことを忘れたくなるのだ。

 そんな主のわがままに付き合わされている水竜は少し不機嫌そうだったが、なんだかんだでそれを聞いてやっている。

 そうして海の真ん中で波の音を聞いていた男性が、突然何かを見つけたような水竜の様子に気がつく。


「どうした、ザナルカス?」


【人だ】


 ザナルカスは、ギロリと目だけを男性の方へ向けて、簡潔に言い放った。


「何だって!?おい、近くに寄せてくれ」


 驚いた男性がザナルカスの示す方向を見てみると、確かにそこにはひとりの女性らしき人影があった。手を動かしている様子を見ると、まだ生きているようだ。だが、放っておけば溺れてしまうだろう。

 何でこんなところにいるのか疑問はあったが、考えている場合ではない。


【どうする気だ?】


「助けるに決まってんだろ!」


【我が知らぬ者を背に乗せるなど……】


「いいから、さっさとしてくれ!溺れちまうだろうが!」


 なかなか動こうとしないザナルカスに対し、男性は声を荒げた。


【まったく、お前はいつもそうだな。主として選んだのが間違いだったか……】


 ザナルカスは鼻を鳴らすと、仕方なくそれに従った。

 女性に手が届く場所まで移動したところで、男性は女性を引き揚げる。


「おい、大丈夫か?」


「うん、平気」


 声をかけると、女性は頷いた。どうやら、意識ははっきりしているようだ。


「何でこんなところにいたんだ?」


「ちょっと、色々と事情があって」


 女性は、ごもごもとそう答えた。


「よく分かんねぇけど、とりあえず医者に診せるか。ザナルカスならすぐに俺の国まで戻れる」


【いつから我は乗り物になったのだ】


「国……もしかして、シャンレルってところ?」


 やり取りを聞いていた女性が、首を傾げてその名を口にした。そのことに対し、男性も水竜も驚いたような顔で女性の方を見る。

 言ってしまってから、女性ははっと口を両手でおさえた。


「そうだけどよ……どうして分かったんだ?」


「さて、どうしてでしょう?」


 男性の問いかけに対し、女性は聞き返した。男性は見当がつかないようで、首を傾げたまま固まっている。女性の方も答える気はないのか、それ以上何も言わなかった。


【こんな得体の分からん者を乗せねばならんのか?】


 ザナルカスはかなり不満げだ。それをなだめつつ、男性は別な問いを投げかけた。さすがにこれくらいは教えてもらえないと困る。


「ほっとけねぇしよ……我慢してくれ。そうだ、名前は?」


「私は、ユナ」


 この問いの答えは、すぐに返ってきた。


「ユナか。まぁ、とりあえず一緒に来い。俺は、ルクトスだ。それから、こいつはザナルカス」


【ルクトス、勝手に名を教えるでない。お前もここで降ろしてやろうか?】


 ギロリと、殺気すら感じさせる視線が、ルクトスに刺さる。


「悪かったよ。勘弁してくれ」


 そう言って、ルクトスは肩をすくめてみせた。




 ザナルカスの不満を移動中聞かされながら、ルクトスとユナはシャンレルへとたどり着いた。2人を陸に降ろすと、さっさとザナルカスは海の中に戻っていった。


「怒らせちゃったかな?」


 ユナがザナルカスの消えていった海を眺める。


「いや、あいつはいつもあんな感じだ。本当に途中で降ろされなかっただけいいさ」


 ルクトスがそんなことを話していると、その帰りを待っていたかのように、ひとりの男性が兵士らしき人たちを引き連れて近づいてくる。それを見たユナは、思わず身を固めた。

 まさか、ここにまでサイモアが?そう心配したユナだったが、どうやら自分を探しに来たわけではないらしい。


「ルクトス様、また城を抜け出して……そろそろ王としての自覚をお持ち下さい!これでは、亡き先王陛下に顔向けできませんぞ」


 彼が探していたのは、ルクトスの方だった。しかし、彼の口から出た“王”という言葉に、ユナは目を丸くする。


「悪かったよ、ジギル。それより、医者に診せてやってほしいやつがいるんだ」


「その方は?」


 ルクトスの後ろに隠れるようにして立っていた女性を見て、ジギルと呼ばれた男性は尋ねた。一瞬迷ったが、自分のことを探しに来たわけではなさそうだと思い、名前を明かすことにした。


「私は、ユナ」


「詳しいことは分かりませんが、医者に診せる必要があるのですか?」


 特に問題なさそうなユナを見て、ジギルは首を傾げる。


「海で溺れかけてたんだ。大丈夫そうに見えるが、一応な」


「左様ですか、そういうことなら。では、こちらに。それにしても、ルクトス様が女性をつれて帰ってくるとは、いやはや……」


「余計なこと言ってんなよ」


「分かっておりますよ」


 ルクトスに急かされるようにして、2人は医者の家に向かった。




「さて、問題はありませんでしたな。しかし、お疲れでしょう。私は、素性のよく分からない人間を完全には信用しておりませんが、ルクトス様なら休んでいけと言うでしょうな。部屋を準備しておきますので、後で城にいらして下さい。ルクトス様には、私から話しておきますので」


 医者に診てもらったが、特に体に問題はないとのことだった。別にそんなに疲れてはいないと思ったが、どうにかこの国に留まる方法はないかと考えていた。そんな中、休んでいいとあちらから言われてしまったので、驚きながらもそれに従うことにする。

 城の方へ帰っていこうとするジギルに、ユナは尋ねた。


「あの、さっきの人は王様なの?」


 ユナの問いかけに、ジギルは立ち止まって振り返った。


「ああ、ルクトス様のことですか?そうは見えないでしょうが、左様です。ルクトス様は、このシャンレルを治める国王でございますよ。それが、どうかなさいましたか?」


「ううん、国王様にもいろいろな人がいるんだなぁと思って」


 サイモアの国王とは、似ても似つかない。だが、断然ここの王様の方がいい。王と名のつくものには何となくいい印象を持っていなかったが、すべてをひとくくりにしてはいけないようだ。


「ルクトス様は手のかかるお方ですが、とてもお優しいことは、みんな分かっております。しかし、もう少し王らしく振る舞ってもらわねば……」


 ジギルは文句を言っているが、ルクトスのことをちゃんと想っていることが伝わってくる。彼だけではなく、ここの国民たちがルクトスのことを慕っているようだ。サイモアの国王との違いを、まじまじと見せつけられる。そして、ユナは思った。

 

 このシャンレルという国を、ちゃんと見てみたい。あの王の治める国を。



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