これから進む道
翌朝、食事もそこそこに会議室で話し合いが行われていた。
アストル、クローリア、シルゼンの三名はルクトス奪還および打倒サイモアのため、今後の作戦を練らなくてはならなかったからだ。
作戦をたてるにあたって、アストルも“力の根源”について、シルゼンに話した。
最初は驚いた様子だったが、今はすっかり自分の中で納得させたようで、その適応能力にはほとほと感心させられる。
「だが、根源が王子自身だとすると、身の危険は否めないな」
「それはこの状況だ……どこにいたって変わらないさ。それよりも、ここに留まる方が被害が大きくなりかねない」
アランは何も言わなかった。
その通りだと口には出さないものの、無言でいることが何よりの答えだ。アストルの身も心配だが、国王である以上、自国を優先しなければならない。このままアストルを置いておくというのは、危険を呼び寄せるということだ。
「とにかく、なるべく俺たちの足取りが掴めないように、同じ場所に長居はしないほうがいい。シルゼンは、何かあるか?」
「ここは、アラン王に考えを聞いた方がいいだろう。優秀な軍師でもあると聞く。それに、まだ俺のことを完全に信用しているわけでもあるまい。信頼のおける人物から助言してもらったほうが、安心できるだろう?」
シルゼンは、アランの反応を見た。
アランは頷くと、椅子から立ち上がり机上に世界地図を広げる。
「優秀かどうかはともかくとして……私の意見を言わせてもらうとしたら、サイモアに隙を与えないことだ。現在、サイモアはアルタジア六大陸のうち四大陸に拠点を持っている。こちらとしても、それに対抗できるだけの力がほしい。そこで、我々も各大陸の国々に協力を要請すべきだと思う」
「だが……この戦いの最中、快く戦力を貸してもらえるとは思えないが……」
「そこは、君たちの頑張りに掛かっているのさ。一応、指針だけは示しておこうか」
アランは、地図上にいくつか赤い丸を付けた。
「まず、サイモアのある闇の大陸は除外する。この光の大陸からは、我々レティシアが協力するから、心配はしなくていい。それとは別に三大陸……古の大陸、覇の大陸、そして和の大陸。この三大陸の協力者を得るんだ。そうだな……まずは古の大陸あたりがいいと、私は思う。古の大陸にある、古代文明マクエラ……そこなら、話は聞いてもらえるはずだ。いきなり突き帰されることはないだろう」
「マクエラか……」
シルゼンの表情が曇った。
「どうした、何か不都合でもあるのだろうか?」
「いや……マクエラには、俺も行こうと思っていた。……続けてくれ」
シルゼンの態度が気にはなったものの、アランは続ける。
「古の大陸がうまくいったら、そこから近い覇の大陸にある、要塞グランバレル。和の大陸はサイモアに一番近い上に、国内情勢が良くない。前半二大陸をまわったら、一度ここへ戻ってきて新たに作戦をたてる──いいね?」
アストルたちは頷いた。
──ふと、アストルは疑問に思った。
「六大陸なのに、1つ足りなくないか?」
それを聞いて、クローリアが呆れた顔をする。
「王子……ちゃんと勉強してなかったんですか?残っている大陸は、幻の大陸と呼ばれていて、見たものはほとんどいないんですよ。こういうことになると本当に……」
「あーあー、分かってる!ちょっと忘れてただけだろ」
クローリアの小言がまた始まりそうだったので、アストルは遮った。
アランはこほん、とひとつ咳払いをし話を戻す。
「クローリア君の言う通りだ。アストル君も少しは勉強しなさい。さて…後は実際に行ってみないと何とも言いようがないからな。最後に、シルゼン君。裏庭の模擬戦闘場に来てもらえるかな?君の力を見ておきたい」
「分かりました」
──きちんと整備された模擬戦闘場に、大剣を背負ったシルゼンが立っている。
190cmはありそうな彼の身長ほどもある大剣だ。使い込まれた跡が見える。
「アラン様、相手は?」
クローリアは尋ねた。
「ああ、適任を呼んだのだが……まだ少しかかりそうだから、君が最初に相手をしてみるかい?」
「え、僕ですか?僕の武器はこの銃ですよ。剣と銃じゃ……」
クローリアは黒の軍服に隠れていた二丁の銃を見せた。その銃には、赤い神石の装飾がしてある。
「構わん。見たところ、お前も神石が使えるな?その力も使っていい」
シルゼンは大剣を手に取った。
「俺に神石は使えない。魔法攻撃はないものとしてかかってこい」
それを聞いて、クローリアは少しむっとなった。
「いくらあなたが強くても、僕だってそこそこやれますよ?……後悔、しないで下さいね」
シルゼンとクローリアが対峙する。
「アストル君、よく見ておきなさい。訓練を積んだ人間の戦いを」
アストルは2人に目を向けた。
しばらく互いを観察した後、先手を取ったのはクローリアだ。
地面を蹴り、高く跳び上がる。クローリアはシルゼンの頭上に到達すると、空中で二丁の拳銃を構えた。
「連射!」
神石が赤く輝く。それと同時に、銃口から赤い弾丸が勢いよく連続で飛び出した。
それは、一斉にシルゼンめがけて狂いなく飛んでゆく。
2人の周りが赤い光で包まれた。
──どうなった?
光が収まって、ようやくその状況が分かる。
シルゼンは無傷だった。
あれほどの弾丸を防いだというのか。
「全部……止めた?」
「なかなかいい攻撃だ。次は、俺がいこう」
シルゼンは大剣を握りなおすと、軽々と振り回し始めた。
「疾風斬」
その名の通り、疾風のごとく鋭く速い連撃がクローリアを襲う。
「ぐ……」
クローリアはどんどん後ろに押されていく。
これで神石の力を使っていないのだから、驚きだ。
クローリアも攻撃をかわしつつ隙を見て攻撃を仕掛けるが、勝敗は見えていた。
「クローリア君、そこまでだ」
「アラン様!僕はまだ……分かりました」
クローリアは悔しそうに一礼して戻ってきた。
ちょうどそのタイミングに合わせるかのように、ひとりの銀髪の青年が姿を現した。
「グレン?」
アストルはその青年に駆け寄った。
グレン=ルナス=レティシア (18)
レティシアの第五王子だ。アストルとは幼いころから面識はあるものの、どこか避けられているような気がしていた。理由は、分からない。
「アストルか……。父上、用とは何ですか?言われた通り、剣は持ってきましたが」
アストルのことはほぼスルーして、アランに問いかける。
「グレン、そこにいる彼と剣を交えてもらえるか?訳あってサイモアからやってきた軍人だ」
アランの指さす先に立つシルゼンをグレンは見た。
「……彼、強いですね」
少し見ただけで、グレンはさらりと言った。
グレンが人を“強い”と言うことは、めったにない。それというのも、彼はレティシアで一番の剣の腕前だと称され、剣聖とまで呼ばれているからだ。
「貴殿は、剣聖グレン殿か?一度手合せ願いたいと思っていた」
「剣聖というのはこの国の国民が勝手にそう呼んでいるだけだ。俺も、俺の剣が他国の人間に通用するのか試してみたいと思っていた」
グレンは剣を抜いた。
グレンが使うのは、2本のレイピアだ。彼は、刀身が細く、折れやすいレイピアを2本同時に扱う技術を持っている。
「貴殿は、神石は使えないのか?」
「いや、使おうと思えば使える。だが、あなたとは剣のみで戦いたい」
「分かった」
さっきとは、空気が変わった。
ピリピリした緊張感が、見ているこっちにも伝わってくる。
「グレン様……やっぱり、すごいな……」
「クローリアもすごかったって」
「でも、今の僕じゃ君を守れない」
「クローリア、お前が気にすることじゃ……」
2人の戦いが始まった。
互いをはじめに観察するのは同じだが、今度は2人同時に飛び出した。
一瞬──
瞬きを終えた時、互いの剣が互いの首筋を捉えていた。
2人は後ろに飛びのき間合いを取る。
再びのにらみ合い。
今度は、シルゼンが先に動きを見せた。
「地裂傷」
大剣を持ったまま高々と跳び上がり、落下の勢いを利用して剣の一撃を重くする。
グレンは見切ってかわしたが、シルゼンの攻撃は地面をたたき割り、その衝撃はあたり一帯に広がった。
その衝撃波がグレンを襲う。
「!」
少し吹き飛ばされたものの、素早く受け身をとり、態勢を立て直す。
そして、そのまま反撃に出た。
グレンが最も得意とする、突きの攻撃──
「光閃」
鋭い突きが、着地後のシルゼンを捉える。
「はぁっ!」
シルゼンは直前で身体を回転させ、攻撃を免れた。
あれほどの大剣を持ったままで回避するなんて、一体どんな身体をしているのだろう?
しばらくの沈黙があった。
グレンは剣を収める。
「俺のあの一撃をかわされたのは初めてだ。あれをかわされたのでは、これ以上戦ってもあなたには勝てないだろう……。腕を磨いたら、また手合せ願いたい」
グレンは一礼して、足早に立ち去ってしまった。
「いや、本当に息子を倒すとはね」
「倒してはいない……俺もかなり厳しい戦いだった」
「ははは、グレンの負けず嫌いもすごいからねぇ……そのうち追いつくさ。さて、実力は分かった。仲間なら強力な戦力だ。……裏切られたら、恐ろしいがね」
「その時は、殺してくれて構わない。アストル王子も、その時は遠慮しないでくれ」
「信じてるよ。そんなことにはならないって」
アストルは、素直に強力な助っ人の登場を喜んだ。
その様子を見守るクローリアは、そんなアストルに代わってまだ警戒を続けていた。
自分の力の無さを思い知り、少なからず焦りを覚えながら──
さて、いよいよ古代文明マクエラへ──
次はヒロインも登場予定です。