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アルタジア  作者: 桜花シキ
第9章 歪んだ世界
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真実⑥

『そういや、あの連れてこられた女……ユナだったか。あいつのこと最近、王様は妃に迎えてもいいとお考えのようだぞ』


『本当か?でも確かに、王様でなくとも好きになるかもな。前に見た時はまだ幼さが残っていたが、今は相当いい女になっているんじゃないか?』


「勝手なことを……」


 2人の王国兵士から読み取れたのは、そんな情報だけだった。怒りを抑えられないヴェインズは、城門を突破して領地内に足を踏み入れた。


 城内に向かうまで、門番の声を聞きつけた他の王国兵士たちがヴェインズの行く手を阻む。


「悪魔だ、悪魔が出たぞ!」


「悪魔でもなんでも構わないさ」


 ヴェインズは次々と向かってくる王国兵士たちを倒していく。姉に関する情報を集めながら。


『地下牢に閉じ込められた娘のことを、王様はたいそう気に入っておられるとか』


『こんなこと王様の前で言ったら俺の首が飛ぶが、あの娘も災難だな。王様は大の女好き。何番目の妃になることやら』


 そのうちに、姉が地下牢に閉じ込められていることや、妃にされそうな話がただの噂ではないことを知った。


「姉さんは、そんなやつの妃にはならないさ」


 ヴェインズは、大鎌を握る手に力を込めた。騒ぎが大きくなり、兵士の数も続々と増えてくる。しかし、そんなことはお構いなしに目の前に現れた兵士たちを斬り伏せ、一目散に地下牢を目指した。


 ユナは、薄暗い地下牢の隅で膝に顔をうずめながら座っていた。ここに連れてこられてから、何度も未来を見るよう言われ、素直に従ってきた。抵抗したら、ヴェインズを餌に使われる。

 このまま見続けていれば、いずれ自分も力の使い過ぎで死ぬ。しかし、そうなる未来は見えていなかった。まだ、ここで死ぬ運命にはない。

 いつものように、ひとりでうずくまっていると、急に外が騒がしくなったことに気がついた。しかも、人の叫び声のようなものが絶え間なく響いている。

 異変を察知した牢の見張りが、上へ続く階段を上って行く。

 ユナは格子戸から様子を窺った。すると、先ほど階段を上って行った兵士がごろごろと転がり落ちてくるのが目に入った。

 目を見開いたユナは、その後からやってくる少年の姿を確かに捉える。数年前と比べてだいぶ変わってしまっていたが、それでも見間違えるはずがない。


「ヴェインズ……来て、くれたの?」


 大鎌を携えた弟の姿を見て、ユナは複雑な顔をした。


「俺が助けるって言ったからな。姉さん、こうなることは分かっていたんだろう。教えてくれてもよかったんじゃないか?」


 ヴェインズはユナの捕らえられていた牢に歩み寄り、その扉を壊す。


「私の力も万能じゃないの。見えていたのは、誰かに助けられるということだけ。それがあなたのことなのかまでは、確信が持てなかった。それに、へたに動いたら未来が変わっちゃうかもしれないでしょ?」


「まったく……無事でよかった」


 数年ぶりに会った姉は元気こそないものの、怪我や病気の心配はなさそうだった。ヴェインズは、久しぶりに心から微笑んだ。


「心配かけて、ごめんね」


 どんなことをしてでも自分を助けようとしてくれた弟に、ユナは頭を下げた。

 理由は何であれ、自分がヴェインズの人生を歪めてしまったことに変わりはない。そのことが、申し訳なくて仕方がなかった。


「それはいい。早く、ここから逃げるんだ」


 しかし、ヴェインズはそれを責めるわけではなく、逃げるよう促した。


「ヴェインズは?」


「分かっているんだろう?」


 ヴェインズの言うとおり、未来を見るまでもなく彼がどうするつもりなのか、姉の自分には分かる。

 

「でも……」


 だが、それを素直に受け入れることはできなかった。只でさえ今まで迷惑をかけてきたのだ。

 なかなか動き出さない姉に、ヴェインズはさらに言う。


「俺がこのまま戦って、死ぬ未来でも見えてるのか?」


 ヴェインズの問いに、ユナは首を横に振った。


「だったら、早く逃げてくれ。姉さんがそこにいたら、その未来が変わってしまうかもしれないんだろう?俺が時間を稼いでいるうちに、行ってくれ」


 ヴェインズはしゃがんでこちらを見上げていた姉の腕を引き、立ち上がらせる。

 少し前まではあんなに小さく、守ってやらなくてはならなかった弟が、いつの間にか成長していたことに気がついた。


「……気をつけて」


 ユナは決心し、ヴェインズが辿ってきたと思われる経路を使って外を目指した。




 そんなこととは知らない王は、忠臣2人を前に大きな笑い声をたてていた。


「ブレンディオ、国のことはお前たちに任せた。グレゴルドの力もあれば、ワシは安泰じゃあ。はっはっは!」


 頭脳のブレンディオ家、武力のグレゴルド家。二大貴族として、サイモア王家を支える名家だ。この王だけならサイモアはあっという間に潰されていただろう。そうならなかったのは、この2つの家のおかげである。

 王はただその椅子に座っているだけで、実際に国を動かしているのは彼らだ。


「もったいないお言葉でございます」


 ブレンディオ家の当主の男は、王の言葉にそう返す。隣に立つグレゴルド家の当主の男は、黙ったまま会釈した。


「お前たちに任せておけば、すべて上手くいく。何も心配なぞしておらんわ!そうじゃなぁ、心配なことといえば、もう少し世継ぎが欲しいことくらいかのぅ」


「心配とは、またご冗談を。もう次の女性を決めておられるのでしょう?」


「はっはっは!やはり、お見通しか。未来を読むグラットレイの力。前回と前々回のやつはすぐに死んでしまったからのぅ。今となっては、その力を持っているのはユナというあの娘のみ。あんな未来も読めない弟を餌にすれば、簡単に言うことを聞く。実に──いい女じゃ」


 ブレンディオ家当主の言葉に、王は品もなくニタリと笑った。


「グラットレイ家の力をここで失うのは、もったいない。私としても、次の花嫁候補として大いに賛成いたしますよ」


「さすが、よく分かっておる」


 しかし、そんな浮かれた話をしていられた時間は突然終わりを迎える。

 部屋の扉をノックもせずに、ひどく怯えた顔の兵士が転がり込んできたのだ。


「な、何事じゃ!?」


 ただ事ではないと察知した王が、太った体を椅子から持ち上げる。


「た、大変です!地下牢に、あ、悪魔が!兵士が殺されて、娘は脱走した模様です!」


 真っ青になった兵士は、王にそう告げた。それを聞いた王は顔を紅潮させ、あたりに怒鳴り散らす。


「何じゃと!?早く追いかけるのじゃ!港も封鎖せよ!もし逃がしてみろ、お前たちの命はないと思え!」


「はっ!」


 がたがたと震えながら、兵士は慌てて走って行った。


「何ということじゃ……お前たち、何とか出来んのか!?」


「港を封鎖すれば、国外には出られません。問題は、娘を逃がした張本人がおそらくまだこの城にいるということです」


 ブレンディオ家当主がそう話しているときにタイミングよく、赤い目を光らせたヴェインズが兵士たちを片付けて部屋の中に入ってきた。


「王はお前か?」


 ギロリとヴェインズに睨まれた王は、腰を抜かしてその場にへたり込む。ブレンディオ家当主と、グレゴルド家当主が王の前に立って庇う中、ヴェインズは躊躇するでもなく王に近づいていく。


「ひ、ひぃぃぃっ!し、死神!くるな、くるなっ!」


 王は必死に両手を振って後ずさる。


「お前には見せてもらいたいことが山ほどある。覚悟はできているな?」


 止まらないヴェインズに対し、グレゴルド家当主が背負った大剣を抜こうとした時だった。


「いたぞ!捕えろ!」


 王の間に現れたというヴェインズを追って、グレゴルド家の人間が先導する隊がどっと押し寄せてきたのだ。


「兄上、助太刀いたします!」


「助かる!」


 ヴェインズはあたりを取り囲まれてしまった。さすがに、まともに戦ってどうにかなる状況ではない。なりふり構わず突っ込めば、王の首くらいは取れるかもしれない。

 しかし、それでは姉の見た未来とは別な方へ進んでしまうだろう。


「ちっ……姉さんの見た未来で、俺は死なないんだったな」


 ヴェインズはそれ以上戦うことを諦め、外へ脱出することにした。方向を換え、大鎌を振り回して道を作る。プラスして、ここまで温存してきた魔力も発動した。

 そのかいあって、何とか外には脱出できた。この先のことは考えていなかったが、姉が見た未来で自分は死なない。それだけを指針に動いていた。


「逃げてくれよ、姉さん。もう誰かのために、犠牲にならないでくれ」




「逃げてきたけど、どうしよう……このまま船に乗っても、すぐに見つかってしまう」


 この先の未来がどうなるのか、詳しいことまでは見えていなかった。港に辿り着いたときには、すでに何艘かの船が兵士たちによって調べられていた。

 助かるためには、この国から出るしかない。かといって、自分には兵士と戦えるほど力はなかった。争わず、何とか出国できる方法はないものか。


「ユナさん、こちらです!」 


 そう考えていた時、突然声がかけられた。驚いて振り返ってみると、そこに立っていたのは年老いた物腰の穏やかそうな女性だった。とりあえず、兵士ではないようなので安心する。


「あなたは?」


「ヴェインズ君のお世話をしておりました、マリアと申します。私の方で、知り合いの船を手配いたしました。それで早く逃げてください!」


「ヴェインズの……あなたはどうするの?」


「私は、どうとでもいたします。遅くなって申し訳ありませんでした。あなたさえ無事に逃げてくれれば、少しはあの子に──さぁ、早く!」


「……ありがとう!」


 突如現れたマリアという女性に従い、ユナは一艘の船に乗り込む。船員は老人ただひとりだったが、体つきは年を感じさせないほどしっかりしている。

 事情を知っている老人は、ユナが乗り込んだのを確認すると、なるべく目立たないように船を出した。

 


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