真実⑤
それから5年、ヴェインズが13歳になったある日のことだった。
ヴェインズは、幼いながらも力のある傭兵として、戦いに出ていく生活を送っていた。唯一の家族だったユナがいなくなってからというもの、どうにも拭い去れない寂しさからなのか、自ら進んで危険な仕事を請け負っては返り血を浴びて帰ってくる。
小さな身体に、大きな鎌を背負った悪魔──いつしか、そう呼ばれるようになっていた。
そんなヴェインズの帰りをいつも待っていたのは、世話係としてやってきたマリアだ。血で汚れた彼の服を洗いながら、彼女は罪悪感を募らせていた。傭兵として働くと言い出した時は、さすがに止めた。しかし、その次の日には血で染まった大鎌を持って帰ってきたのだ。
姉がいなくなってからというもの、ヴェインズの行動はおかしかった。悪魔、そう呼ばれてもしかたのないような。
ヴェインズと過ごすうちに、マリアは彼を孫のように思い始めていた。
そして、いつものようにヴェインズが仕事から帰ってきたある日、玄関のドアを開けた彼に対して、ついに耐えられなくなったマリアが土下座して謝ってきたのだ。
「ヴェインズ君……ごめんなさい!」
「マリアさん?」
突然のことに、ヴェインズは驚いた表情を浮かべる。
「あなたのお姉さんは……いいえ、あなたの家族は、みんな王様のために犠牲になったの」
「マリアさん、どういうことなんだ?」
突然の告白に、困惑するヴェインズ。
王の犠牲。その言葉を認識したヴェインズは、血で汚れた左手で、マリアの肩を掴んだ。力が入り過ぎたのかマリアは顔をしかめたが、彼女はそのまま話を続ける。
「グラットレイの家系の人間は、未来を見ることができる。初めは、あなたのおばあさん。次は、あなたのお父さん……そして、あなたのお姉さん。その力を、王様は欲しがっていたの。行かなければ家族を殺すと脅されて、あなたのお姉さんは……」
ヴェインズは絶句した。姉が強制的に城へ行くことになった最大の理由は、自分にあったのだと気づいたからだろう。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。
未来を見る力は乱用すれば命に関わるものだと、父が幼い自分に言っていた記憶が蘇る。姉が連れて行かれたということは、父がどうなってしまったのかということを嫌でも想像せざるを得なかった。
「姉さんは、病気で早く亡くなった母の代わりのような人だった……唯一の家族だったんだ」
「ヴェインズ君、どうするつもり?」
肩から手を離し、背中を向けたヴェインズにマリアは尋ねる。
ヴェインズは首を少し後ろに向けて答えた。
「助けに行く。俺が助ける、姉さんを」
「本当にごめんなさい……今まで言い出せなくて」
「腹は立ってる。だけど、あなたも命令されていただけなんだろう?」
「どうして、それを?」
不思議そうにマリアが尋ねる。そんなことは、今まで話したことがない。
ヴェインズは、先ほどマリアの肩を掴んだとき、自分の力に初めて気がついた。
「どうして俺には、未来を見る力がないのか不思議だった。でも、よくよく考えれば俺たちの家系は未来を見ることじゃなく、時を読むこと。今になって、俺の力が何なのか分かった。俺の力は、未来を見ることじゃない……俺の持つ力は過去を、誰かの隠していた記憶を、すべて……ひとつ残らず表に引きずり出すことだ」
ヴェインズの瞳が、赤い輝きを放つ。
「ヴェインズ君……」
血で染まったままの大鎌を背負い直し、ヴェインズは夜の闇を進む。夜の闇よりも深い黒に染まった王国を相手に。
しん、と静まり返った夜の城下町をひたすら走った。
姉まで、死なせるわけにはいかない。
「誰かに連れて行かれたらどうする……このことを言っていたんだな。だったら、先に教えてくれよ。面倒かけやがって!」
走り続けて、ようやく城の門の前に立った。こんな夜中に現れた少年を、2人の門番が不審そうに睨む。
「君、何の用だ?君のような子供が立ち入っていい場所ではないぞ。帰りなさい」
片方の男が、冷たくあしらう。
しかし、その隣でヴェインズを見ていたもう一方は、目を丸くした。
暗くて初めはよく分からなかったが、よく見ると大きな鎌を背負っている。驚いてライトを当ててみると、鎌やら服やら、全身に赤黒いものがこびりついていた。
「……お、おい。こいつ、もしかして悪魔じゃないか?」
怯えた様子で、隣の男に尋ねる。
「悪魔?あの、噂の少年傭兵か!?」
「姉さんは、返してもらう。居場所を教えろ」
驚く2人に、ヴェインズは低い声でそう言った。
「くっ、傭兵とはいえまだ子供だ。王国兵士の敵ではない!」
「聞く耳を持たない、か。なら、“見る”だけだ!」
ヴェインズは兵士たちに飛びかかった。
そしてこれが、のちに“死神ヴェインズ”と彼が呼ばれるきっかけとなる事件を引き起こすことになる。