真実④
目を開くと、まず視界に入ったのは心配そうに見下ろしているリエルナの顔だった。
「リエルナ?あれ……俺、どうしたんだっけ?」
「アストル!よかった……」
そして、いきなり飛びつかれる。起きていきなりだったので、何が何だか分からない。頭が混乱していた。
動揺しながらも、アストルはここまでに何があったのか記憶を手繰り寄せる。
「う、うん。えっと……あっ!そうだ、俺サイモアで変な機械に入れられて……でも、その後のことはよく覚えてないな」
「気を失っていたからな。しかも、危ない状態だった」
「誰だ?」
アストルが眠っていた時に現れたヴェインズの存在を、彼はまだ知らない。
「あなたの叔父さん。ヴェインズさんなの」
リエルナがアストルから離れてそう言った。
「お前の母親の弟だ」
「母さんの?どうして、ここに?それに、ここは……」
さっとあたりをみると、森のような場所だった。切り立った崖の上に生い茂った木々が、ちょうどアストルたちを取り囲むように生えている。
「ここは、幻の大陸、聖地ミストクルスだ」
突然、アストルの問いに誰かが答えた。声なのかよく分からない、不思議な感覚。そして、アストルはふと思い出した。これに引き寄せられて、自分は目覚めたのだと。
しかし、これはリエルナでも、叔父だというヴェインズのものとも違う。その声のようなものが聞こえてきた方向に目をやると、とんでもないものが目に入った。
「──ええっ!?幻の大陸……それより、な、何なんだ?」
そこにあったのは、神石。しかし、いまだかつて見たことのない巨大なものだった。
赤い光を煌々と放つそれは、神石としか思えない。だが、通常見られるものの何倍もあり、普通の家の大きさは軽々と超えている。
「驚かせたようですまないな。私の名は──アルタジアだ」
やはり、その巨大な神石が語っていた。しかも、自身をアルタジアだと名乗っている。
アルタジアが古代の研究者だということは、アストルも知っていた。しかし、これは一体どういうことなのか。
「アストルを助けるためには、ここに連れてくるしかなかったの」
「リエルナは、ここを知ってたのか?」
動揺を隠せないまま、驚いた声でアストルは尋ねる。その問いに、リエルナは頷いた。
「うん。だって私は、ここで産まれたから」
「ここでって……」
「私の名前、本当は続きがあるの。私の名前は、リエルナ=ミュレット=アルタジア。ここにいる、アルタジアの子孫なの。そして、アストル……あなたも」
「ちょっと待ってくれ、話がよく分からないな。ちゃんと、説明してもらえないか?」
アストルはリエルナの言葉を制する。
その様子を見ていたヴェインズが、アルタジアと名乗った神石に近づいた。
「説明するより、見せた方がいいな。アルタジア、姉さんの記憶は持っているか?」
「死者の記憶は、すべてな」
アルタジアはそう答えた。それを聞いたヴェインズは、その巨大な神石に左手を当てる。
「なら話が早い。俺の記憶と合わせて、お前が産まれる以前に起こった出来事を、お前に見せてやる」
「え、見せるってどういう……」
「こういうことだ」
ヴェインズの瞳が赤く輝き、アストルの方に向けられたもう一方の手から赤い光が放たれた。その光に包まれたアストルは、思わず目を閉じる。
「何だ!?頭の中に……映像が……」
──浮かんできた映像は、今とは少し違うものの、サイモアの光景に似ていた。昔のサイモア、そういった感じだ。
しばらくすると、ひとつの小さな家の中に思考が移る。
向き合うように、年の離れた姉弟と思われる人間がテーブルの前に座っていた。どうやら、食事をしているようだ。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
食事中、急にスプーンを置いた姉に対して、幼い弟は首を傾げた。そんな弟の問いかけに、姉は聞き返す。
「ねぇ、ヴェインズ。もし私が誰かに連れていかれちゃったら、どうする?」
突然そんなことを言い出した姉に対し、弟はテーブルに身を乗り出して大声を出した。
「やだ!お姉ちゃんが連れてかれたら、僕が助けてあげる!」
「そう……やっぱり、未来は……」
「お姉ちゃん?」
いつもと様子が違う姉に、ヴェインズは心配して顔を覗き込む。
「何でもないの。さ、早く食べて寝ようね」
「お姉ちゃん?」
次の日、1階におりてみると、そこにいるはずの姉の姿がなかった。
「お姉ちゃん、どこ!?」
ヴェインズは、何か嫌な予感がして裸足のまま外に飛び出した。
そんな彼がドアを開けると、ノックしようとしていたと思われる鎧を着た男と目が合った。
「ヴェインズ君かな?」
その男はにっこりと笑う。
「……だれ?」
ヴェインズは後ずさる。怯えた様子のヴェインズに、男はしゃがんで頭をなでてきた。
「お城から来たんだ。君のお姉ちゃんは、今日からお城に住むことになったんだよ」
「なんで!?」
城から来た、ということは城の兵士だ。いきなり姉が連れていかれたと聞き、頭にのせられていた男の手を振り払う。
「王様が君のお姉ちゃんのことを気に入ってね。お姉ちゃんも喜んでいたよ」
「嘘だ!お姉ちゃんは僕を置いて行ったりしない!」
「置いていったわけじゃないさ。ほら、この人に君のことをお願いします、ってね」
猛抗議するヴェインズに、男はひとりの老婆を指さす。
「ヴェインズ君、今日からあなたのお世話をするマリアです。よろしくね」
男の後ろからおずおずと姿を現したその老婆は、とても優しく微笑んだ。それは、一瞬ヴェインズに心の隙を与えたが、ヴェインズはすぐに首を横に振った。
「やだ!お姉ちゃんがいい!」
「ヴェインズ君……」
マリアは哀れに思うような表情を浮かべた。そんなマリアを男は睨むと、またヴェインズに笑顔を見せる。マリアと違って、この男の笑顔は嫌な感じしかしない。
「こらこら、わがままを言っちゃいけないよ。お姉ちゃんが幸せになるんだ、それはいけないことかい?」
「……お姉ちゃん、本当にそれで幸せなの?」
「ああ、もちろん」
姉が本当に幸せなら、ヴェインズにとっても嬉しいことだ。しかし、果たして信じていいのか。
幼いヴェインズには、まだよく分からなかった。
「あの……この子をもう一度だけ姉に会わせてあげることは──」
「任せたぞ、マリア」
男はマリアにそう言い放つと、ずんずん城へと帰って行ってしまった。
「……はい」
マリアは無力そうにうなだれた。年老いて小さくなった体が、さらに小さく見える。
ヴェインズに考える暇はなく勝手に話は進んでしまい、こうしてヴェインズはマリアと生活することになった。