真実③
ニトがバドに頼んでいる間、リエルナはアストルが眠っている部屋に戻っていた。
「アストル……」
ベッドの傍で座って様子を確認していたが、やはり起きる気配はない。そうしていると、後ろから声をかけられた。
「リエルナ、アストルはやっぱり起きない?」
「クローリア。うん、まだ起きないの」
部屋に入ってきたクローリアはリエルナの隣に立つと、眠っているアストルに目をやった。そして、そのままリエルナに尋ねる。
「リエルナは、アストルのこと知ってたの?」
「……うん、ごめんなさい」
リエルナは深く頭を下げた。自分は、アストルがどんな存在であるか知っていた。こんなことになると分かっていたなら、先に伝えていた方が傷つけなくて済んだかもしれないのに。
何度か、伝えようと試みたことはある。それでも、いざ伝えようと思うと怖くなってしまった。アストルが、この世界に存在すべき人間ではない。そう口にしてしまうことが。
頭を下げたリエルナに、クローリアは優しく言った。
「謝ることないよ、聞いてみただけだから」
「クローリアは、どう思うの?」
「どうって?」
「アストルのこと」
リエルナは、最初から知っていてアストルと一緒にいた。しかし、今まで知らなかったクローリアは、どう思っているのか。それが、少し気になってしまった。
クローリアはそれを聞くと、不思議そうに首を傾げて微笑んだ。
「どうもしないよ。アストルは僕の大事な友達だし、居場所をくれた人だから。それは、変わらないよ」
そう話していると、ヴェインズとルクトスが入ってきた。
「リエルナ、準備ができたらしい」
ヴェインズがそう知らせてくれた。それを聞いたクローリアがアストルを運ぼうとしたのを、ルクトスが止める。
「アストルは、俺が運んでいく。先に行ってろ」
「ルクトス様……分かりました」
クローリアは頭を下げると、ヴェインズと共に部屋を出て行く。リエルナも、ルクトスの顔を見ながらクローリアたちの後を追った。
先にクルッポー三号の傍で待機していた4人に、アストルを背負ったルクトスが少し遅れて合流した。ルクトスに背負われたアストルを見て、バドがヴェインズに尋ねた。
「さて、王子さんは幻の大陸に行けば助かるんだな?」
「おそらくな」
「それにしても、情報屋をやって何十年にもなるが……まったくと言っていいほど知らない場所だ。ザイクが昔、探そうとしたことがあったかもな……まぁいい、案内は頼んだぜ」
「分かった」
バドが機体に乗り込んだ後に続いて、全員搭乗した。それを確認して、バドは機体を浮上させる。
「で、どっちに行けばいいんだ?」
「このまま、しばらくまっすぐ行ってくれ」
「はいよ」
海の方に方向を定めると、クルッポー三号はどこまでも青く続く水平線を進んでいった。
その道中、バドが色々と聞いてきたものの、それに答える以外ほとんど会話はない。重苦しい雰囲気に、さすがのバドも後半は黙ってしまった。
しばらく飛んで、あたりが闇に呑まれ始め、様子が分からなくなりかけた頃だった。窓の外を眺めていたヴェインズが突然バドに声をかける。
「ここで降りる。高度を下げてくれ」
「ここでって……海のど真ん中じゃねぇかよ。本当にいいのか、ここで?」
「俺もリエルナから読み取っただけで、来るのは初めてだが……なるほど、俺たちにはなんとなく分かるもんだな。ここで合ってるんだろう?」
「うん」
ヴェインズの問いかけに、リエルナは頷いた。
「僕たちは本当に入れないんだね?」
「うん。入ろうとしても、海に落っこちて終わっちゃうの」
クローリアの問いかけに、リエルナは答える。それを聞いたバドが、残念そうに舌打ちした。
「そいつは残念だな。ぜひとも幻の大陸を拝みたかったもんだが」
「アストルのこと──頼むな」
ルクトスは、アストルをヴェインズに託した。行けるのなら、本当は自分が行きたいのだろうが、それはできない。口には出さないものの、ルクトスの想いはヴェインズにも伝わっていた。
「ああ」
ヴェインズはアストルを背負って頷く。
「それじゃあ──行くの」
高度が十分下がってから、扉が開いた。リエルナは真っ暗な闇を覗くと、そのまま飛び降りる。アストルを背負ったヴェインズも、それを追うように落下した。
心配になったバドたちが身を乗り出す。しかし、暗くてよく見えない。
だが次の瞬間、海面からまぶしい光の柱が立ち昇った。それに照らされて、わずかな間リエルナたちの姿が浮かび上がる。
それもつかの間、その光に吸い込まれるようにその姿は消え、しばらくしてその光も闇に溶けていった。
「おぉ!?あいつら、本当に消えやがった……」
呆然とするバドたちだったが、おそらくリエルナたちが幻の大陸に入ることができたのだろうと悟った。
後は、その帰りを待つしかない。
──アストル
──目覚めるのだ
声とは少し違うような、脳に直接話しかけられているような感覚だった。しかし、それは嫌なものではなく、むしろ心地いい。
それに意識を引き寄せられるようにして、アストルは目を開いた。