真実②
「アストルが、産まれるはずじゃなかった……?」
一番驚いていたのは、やはりルクトスだった。アストルは、確かに18年もの間、自分の息子として生きてきたのだ。急にそう言われても、どういうことなのか理解できなかった。
「アストルは……生きて産まれてくることができないはずだったの」
困惑する一同を前に、リエルナはさらにそう言った。
「ルクトス王、あんたには姉さんが何か奇妙なことを言っていた記憶はないか?」
ヴェインズは、ルクトスに尋ねる。
ルクトスは、しばらく腕を組んで考えていたが、やがて何かを思い出したように顔を上げた。
「奇妙なこと……そういや、アストルが産まれる少し前に、『この子の未来が見えない』とか…」
その言葉を聞いて納得したように、ヴェインズは頷いた。
「姉さんの力は、俺と違って未来を見る未来見の力だった。未来が見えないということは、その人間に未来がない──つまり、存在しないことを意味する。姉さんは、それに気がついたんだ。アストルが……この世界に存在できないことを」
「……どうにも納得できねぇな。それが真実なら、どうして今ここに、アストルは生きてるんだ?」
何を言われたところで、アストルがここに存在していることは事実。疑いようのない現実だ。
リエルナは、その言葉に対して何が起こったのかを話し出す。
「アストルが存在しないこと──それは、世界の運命のひとつだった。だけど、アストルのお母さんは、それを変えてしまったの」
「姉さんは、アストルを存在させるために、世界の運命を歪めてしまった。してはならないことを、してしまったんだ」
アストルの存在に関わっているのは、今は亡きシャンレルの王妃ユナ。アストルを産んですぐに亡くなってしまった女性だが、そこには理由があった。
「アストルのお母さんは、自分の命と引き換えにして、アストルを生かしてもらえるように頼んだの」
「頼んだ、って……そんなこと、誰に?」
ルクトスは、自分の身近な人のことでさえ、何も知らなかったことに愕然とした。
ユナは、一体何をしたというのだろう?そして、アストルはどうやって生かされたというのだろう?“自分の命と引き換えにして”などということが、簡単にできるはずがない。
そんなことができる人物など、この世界に存在しているのだろうか。リエルナは、その人物の名前を口にする。
「──アルタジアに。アルタジアは、まだこの世界に存在してるの」
「古代の研究者が!?」
口をそろえて、その場にいた人間が驚いた声をあげる。古い文献に記されている情報が正しいとすれば、3000年も前の人物だ。
「姿は、もう人じゃないけど、存在してるの。私が生まれ育った幻の大陸、聖地ミストクルスに」
世界六大陸、そのうち謎に包まれていた幻の大陸。リエルナは、そこから来たのだと話した。彼女が多くを語らなかった理由は、その生まれ育った環境のせいもありそうだ。
「幻の大陸は、アルタジアがその姿を隠すために作り上げた場所だ。リエルナの先祖、ミュレット=アルタジアは、そこでアルタジアを見守る役目を負った。代々それは引き継がれて、今それを任されているのがリエルナだ」
ヴェインズは、そう付け加える。
「アルタジアなら、アストルを助けられるかもしれない。これから、そこへ連れて行く」
「でも、あそこにはアルタジアの子孫しか入れないの。普段は、誰にも見えなくなってるの」
「だから、その存在は幻だなんて言われてたんだね」
幻の大陸に関する情報は、いくら情報屋といえど、未知の領域。ニトはその訳を知り、納得した。
「俺は、そこでアストルにすべての真実を“見せる”つもりだ。そのために、俺は呼ばれたからな」
「──俺も、一緒に行っていいか?」
考え込んでいたルクトスが、ヴェインズを見た。ルクトスが行ったところで、幻の大陸には入れない。ヴェインズはそう伝えようとした。
「あんたが行っても──」
しかし、ルクトスは首を横に振り、力強い口調で言った。
「途中まででいい。ただ、あいつが全部知って帰ってきた時、傍にいてやりたいんだ」
「僕も行きます」
そう言って、クローリアが立ち上がる。
「いっそ、みんなで行っちゃおうか?」
2人の様子を見ていたニトがそう提案したが、ヴェインズに却下される。
「いや、アストルにとっても、辛い話になる。あまり大勢で囲むべきではないだろうな。行くとしても、付き添いはルクトス王とクローリアの2人に抑えた方がいい。あいつと付き合いの長い理解者は、あんたたちだろう?」
ヴェインズの言うことも尤もだ。本人でなくとも驚いた話を、アストルが聞かされたらどんな反応をするのか……なんとなく想像できる。
「じゃあ、あたしからボスに乗せてってもらえるか頼んどいてあげるよ。ボスは仕方ないでしょ?」
水竜は、現時点で呼び出せるのはナルクルとザナルカスしかいない。その上、ザナルカスは呼んでもしばらくは出てこないだろう。おまけにアストルの状態を考えれば、クルッポー三号が最善の交通手段だった。
「そうだな、助かる。場所は、俺たちが案内しよう」
「じゃあ、さっそく出発するの。幻の大陸へ──アルタジアのところへ」