真実①
レティシアは、ザナルカスの活躍もあって、何とか壊滅を免れていた。
「助かりました、ザナルカス王」
ボロボロになりながらも、何とか最後まで耐え抜いたガヴァンが、代表して礼を言った。
イアンは、すっかり疲れきっていたのか、最後の一匹を倒したところを見届けると、地面に倒れ込んで眠ってしまった。そんな弟を背負うと、ガヴァンは城へ戻っていく。
その途中、ディランとブレインに声をかける。少し話した後、ディランは立ち上がり、ブレインを背負ってガヴァンに続いた。
【ふん……我が直々に出向くことになるとはな】
その様子を見ながら、ザナルカスが鼻を鳴らす。海王としてのプライドがあるのか、疲れたそぶりはまったく見せない。
「悪かったな、急に呼び出して。でも、本当に助かった。ありがとな」
ルクトスが頭を下げる。
【──もう、つまらんことで我を呼ぶでないぞ】
ザナルカスはそれだけ言い残すと岸から離れ、その巨体を海に沈めていった。
ザナルカスが海に帰っていくところを眺めていると、上空に何か飛行しているものが見えた。またドクドリスかと身構えたが、それは白い機体だった。クローリアたちが乗って行ったものだと理解する。
かなりスピードを出しているらしく、どんどんこちらに近づいてくる。ルクトスは、何か嫌な予感がした。
クルッポー三号は、ルクトスから少し離れた場所に着陸する。その中からまず出てきたのは、ぐったりしたアストルを背負うクローリアだった。ルクトスは驚き、急いで駆け寄る。
「どうした、アストル!?」
「ルクトス様、話は後です。まずは、アストルを安静にさせてやってください」
ドクドリスの爪痕がまだ残るレティシアだったが、ガヴァンたちの活躍もあって被害は最小限に抑えられていた。城にはまだ国民が避難しているが、ドクドリスがいなくなったことを知り、徐々に帰宅が始まっている。
アランとグレンは、帰ってきた後ガヴァンと顔を合わせた。残りの3人は熟睡しているから起こさないでくれと、ガヴァンは微笑んだ。一番疲れているのはガヴァンのはずなのだが、少し休んだからと後始末に出かけて行った。兄の顔が見れずにうつむいていたグレンに対してただ一言、『おかえり』と、言い残して。
出発前、みんなで集まっていた部屋に、クローリア、シルゼン、ニト、グレン、ルクトス、ヴェインズの6人はいた。
ガヴァンと同様に後始末のあるアランと、別室で休むアストルの看病をしているリエルナを除き、今回の関係者はあらかた揃っている。
しかし、集まってはいるものの誰が話すというわけでもなく、ただただ時間だけが過ぎていった。
しばらくしてその沈黙を裂いたのは、リエルナが扉を開く音だった。
「リエルナ、どうだ?」
ヴェインズはアストルの様子を尋ねる。リエルナは胸の前で白い手を組んだまま、悲しそうに首を横に振った。
「このままじゃ、アストルは目が覚めないかもしれないの……」
「何だって!?」
リエルナの言葉に、ルクトスが身を乗り出す。すると、慌てたようにリエルナは付け加えた。
「でも、方法はあるの」
「あそこか?リエルナ」
感づいたように、ヴェインズはリエルナを見た。リエルナは頷く。
「だったら、なおさら先に話しておいた方がいいな。特に、ルクトス王……あんたには」
ピリッと、その場の空気が張り詰める。リエルナがヴェインズの隣に腰を下ろすと、ヴェインズは突然語りだした。
「俺とリエルナが、あんたたちに名乗った名前。あれは正式なものじゃない」
「どういうことですか?」
クローリアが首を傾げる。
「続きがある」
ヴェインズはリエルナに目で合図した。リエルナは、それに促されるようにして話し出す。
「私の名前、まだ全部言ってないの。私の名前は──リエルナ=ミュレット=アルタジア」
「俺もそうだ。俺は、ヴェインズ=グラットレイ=アルタジア。姉さんは、ユナ=グラットレイ=アルタジアが正式な名前だ」
「アルタジア……?」
2人の言葉に、一同は息をのむ。“アルタジア”──今、確かにそう言った。
「アルタジアは、確か神石を研究していた人だよね?」
アルタジアは、神石の研究者であり、世界の名前でもある。その名前は、とても特別なものだ。それを持っているということは、何かしら研究者アルタジアと関係があるはずである。
ニトの問いに、ヴェインズは頷いた。
「そうだ。俺たちは、そのアルタジアの子孫ということになる。アルタジアの5人の子供たちのうち4人は、自らが死ぬ直前に神石の力を使い、世界に大陸を作り上げた。光の大陸、和の大陸、覇の大陸、そして闇の大陸。どんどん生き物が溢れてくる世界で、アルタジアの研究の拠点だった古の大陸や、人工島シャンレルだけでは、到底どうにかなるものではなくなっていたからな」
あらゆる生命に居場所を。そのために、アルタジアの子供たちは神石研究の成果を確認することも兼ねて、世界大陸を作り上げたのだという。
「それから、アルタジアの子供たちは、特別な力を持っていたの。でも、今残ってる力はそのうちの2つだけ」
「ひとつは、俺の先祖グラットレイ=アルタジアの“時を見る力”だ。俺は、触れている者の過去を読むことができる。ただ、誰かに伝えたいという強い思念が残っている場合も、見えることがある。今回、リエルナがやっていたのもそれだ」
「それで、居場所が分かったんですね」
レティシアにやってきたヴェインズのことを、クローリアは思い出す。
「ああ。本当は、もっと的確に場所を伝えて欲しかったんだがな」
「ごめんなさいなの」
「もういい。お前も話してやれ」
「うん。私は、ミュレット=アルタジアの力、“治す力”を引き継いでいるの」
今まで謎だったリエルナの力も、アルタジアの子孫であるからだと説明がついた。
しかし、なぜ急に今その話を始めたのか。一同の考えを察したのか、ヴェインズは続ける。
「まぁ、ここまでは前置きだ。本題は、ここから。──アストルの話をしていこうと思う」
「その流れからすれば、アストルもアルタジアの子孫ってことですよね。なら、アストルのあの力もその子孫だから?ヴェインズさんも、神石なしで力を使っていましたよね?」
レティシアを出発する前にドクドリスに対して魔力を使った時、ヴェインズは神石を持っていないのではとクローリアは思っていた。神石を使う時は、赤い光が輝くはずなのだが、その時はそれがなかった。
リエルナもそうだが、アルタジアの子孫には特別な何かがあるのかもしれない。
しかし、ヴェインズは首を横に振る。
「いや…俺たちとアストルは、少し違う。理由は後で話すが、過去見でも、治癒でも──俺たちは神石を使っていないわけじゃない」
「──アストルは、確かにアルタジアの子孫なのかもしれないが、ちょっと気になることを言っていた。あいつは、自分が神石なんだとな。今回のこの状況も、おそらくそれが関係しているんだろう」
その場に居合わせていたグレンは、アストルが言っていたことを思い出す。
「そんなの初耳だ……じゃあ、ザイクが知ってるって言ってたアストルの秘密って、そのことだったのか」
クローリアはヴェインズの顔を見た。ヴェインズは否定せず、話を続ける。
「グレン王子の言っていることは正しい。アストルは、神石の力を吸収されたことで今の状況に至る。だが、なぜそうなったのかという部分が抜けているな」
ここに来る前に、アストルから読み取っていた過去を思い出す。サイモアで使われた、あの機械。あれは、神石の力を吸い上げて貯蓄するためのものだ。
しかし、そこでもやはり大事なことが抜け落ちていた。それは当たり前のこと。知るはずのないことだから、わざわざ話しにやってきだのだ。
「リエルナ、どうする?」
ヴェインズは、リエルナに視線を移した。その目は、言いたくないのなら、代わりに言ってやると語っているようだった。
しかし、リエルナは首を横に振る。
「…私が話すの。アストルが起きたら、アストルにも話すの。それが、私の役目だから」
リエルナは覚悟を決めると、まっすぐに前を向いた。
そして、彼女の唇が動く。
「アストルは、世界の運命の中に本来なら入っていてはいけないの。アストルは──初めから、産まれてくる運命にはなかったから」