救出⑦
大鎌が振り下ろされるタイミングに合わせて、ゼロは前転して回避する。そして、そのままヴェインズの懐に入った。
「加速」
ゼロの持つ神石が赤く輝き、スピードをつけたゼロの体当たりをくらう。
「く……」
ヴェインズは後ろに吹っ飛ばされたが、何とか数メートル飛ばされたところで受け身を取った。
「瞬時に、防御壁を張ったんですか。動けないくらいにはしたはずなんですが。少し、加減しすぎましたかね」
とっさに防御壁を自分とゼロとの間に張ったヴェインズだったが、ダメージは思いのほか大きい。
「はっ、これで加減か……」
ヴェインズはよろよろと立ち上がる。動くと、胸やら腹やらが痛んだ。骨が何本かいってしまった気がする。
「次はちゃんと本気でいきますよ」
「次はちゃんとした加減を願いたいな」
ゼロは次の攻撃のために構えている。ヴェインズは痛みを押して攻撃に備えた。
すると、おもむろにゼロが尋ねる。
「触れている者の記憶を読むという、過去見の力。王子の件も、誰かサイモア兵を捕まえて知ったのでしょう。それで、どこまで知っているんです?」
ヴェインズ=グラットレイ、かつて死神と呼ばれた男が持つ特殊能力。それは、過去を見る力。力を使っているときは瞳が赤く変化する。ここに来るとき、サイモア兵に対して使ったのもその力だ。それを知っていたゼロは、何か知られてはまずいことを知られてはいないかと心配したのかもしれない。もちろん、そんな素振りは彼から感じられないが。
「それ以外は何も。重要なことを、一般兵が知っているはずがない。お前を捕まえれば読めるかもな」
残念ながら、本当にヴェインズはゼロが言った通りのことしか知らない。以前ここに立ち寄った時、アストルが危ないことを知ったのも、偶然の産物に過ぎなかった。
ゼロがヴェインズの言葉を信じたのかは分からないが、それ以上追及することもなく短剣の刃先をヴェインズに突きつける。
「そうですか。その目、潰してしまった方がいいですね」
感情の起伏もなくそう言うので、さすがにゾッとした。
「そいつは、ごめんだな」
ヴェインズは苦笑して大鎌を握り直した。
一方、次々と湧いて出てくるサイモア兵たちと戦い続けていたシルゼンとニトは、数に圧倒されながらも何とか凌いでいた。
「ひるむな!数はこちらの方が多い。圧せ!」
「まだ増えるのか?」
「シルゼン、このままじゃマズいって!」
シルゼンとニトは背中合わせに立った。
騒ぎを聞きつけたサイモア兵たちが、ぞくぞくと集まってくる。
倒しては増え、倒しては増えを繰り返し、ニトの方はもう限界に近く、足がふらついていた。
「ニト、お前は攻撃をかわすだけにしろ。後は俺がやる。──まだなのか?」
クローリアたちが消えていった方からやってくるのはサイモア兵ばかり。
さすがのシルゼンにも焦りが見え始めた時だった。
「ぎ、ぎゃあああ!」
突然、通路の奥からサイモア兵の悲鳴があがった。
「どうした!?」
「あ、あいつは!まさか、あそこから自力で抜け出してきたのか!?」
「ゼロはいないのか!?あいつを止められるのはあの人くらいしか……うわあああ!」
通路を塞いでいたサイモア兵たちを、虫でもはらうかのように軽々となぎ倒しながら、ひとりの大男が姿を現した。
「どこだ……どこなんだよぉぉ?」
狂ったように何か口にしながら近づいてくるその男を見て、シルゼンは目を丸くする。
「お前──ドガー、なのか?」
「兄ちゃん?やっぱり、帰ってきてくれたのか!」
シルゼンの弟ドガー。ドガーの方がシルゼンよりも大きい。シルゼンも十分大きいのだが、ドガーは2m以上あったはずだ。体格もよく、見た目だけならシルゼンよりも年上に見られそうな風格を持っている。しかし、その割に精神面は子供のままだ。
彼は自分の名前を呼んだ人間の姿を捉え、暴れるのを止めて近づき、嬉しそうに手を伸ばす。しかし、シルゼンは悲しげな顔で首を横に振り、一歩後ろに下がった。
空を掴んだ自分の手を不思議そうに眺めた後、ドガーは首を傾げる。
「兄ちゃん……兄ちゃんまで俺のこといらなくなったのか?」
「違う、そうじゃない」
弟の言葉に、シルゼンは首を横に振る。そんな兄の様子に、ドガーは首を傾げたまま尋ねた。
「だったら、どうして?一緒にサイモアを守ろうって言ったの、兄ちゃんじゃないか」
「サイモアのやり方は、間違ってるんだ。俺は、戻れない……。なぁ、ドガー……俺と行こう。ここで、あの人の言いなりになっていてはだめだ」
「どうして?司令官は俺たちを守ってくれた。違うのかよ?」
「それは…」
ドガーの言葉に、一瞬言いよどんだ。彼の言ったことも、間違ってはいない。アストルたちにも話していない、一部の人間とグレゴルド兄弟のみが知る、隠された過去。しかし、それでも戻るわけにはいかないのだ。
黙ったまま、自分の元へ帰る様子を見せない兄に、ドガーの中で何かが切れた。
「──分かったよ。兄ちゃんも、やっぱり俺がいらなくなったんだ……俺の味方は、あの人だけなんだなぁぁ!?」
ドガーは、吠えるようにそう叫んだ。その目は血走り、兄への怒りを映していた。
「ドガー、違う!俺は、そんなこと思ってない!」
必死で叫ぶも、ドガーには聞こえていないようだ。
その時、反対側の通路から声がした。
「ニト、シルゼン、アストルが見つかったよ!早く戻ろう!」
ちらりと声の方を振り返ると、ぐったりしたアストルを背負ったクローリアとアラン、そしてグレンの姿があった。サイモア兵たちを倒しつつ、出口へと走っていく。ニトはすぐにそちらへ向かったが、シルゼンはもう一度、目の前にいる弟に叫ぶ。
「ドガー!」
「──俺の敵、殺す!」
「ドガー、話を……くっ!」
ドガーの拳が顔の横をかすめ、その衝撃で左ほおが切れて血がにじんだ。話が通じないとなると、こちらも反撃に出ないと危ない。
威嚇する程度に大剣を振り、ドガーがひるんだ隙をみてクローリアたちの方へ走る。それに気がついたドガーは、すぐに体勢を立て直して追ってきた。
「敵、敵、敵、敵、敵だぁっ!兄ちゃんも、敵だぁっ!」
敵。何度もドガーはそう叫んだ。怒り狂い、もはや手がつけられない。
しかし、激しい怒りの中に、痛々しいほどの悲しみが隠れていることを、シルゼンは察していた。そして、その原因が自分にあることも。
(ドガー、違う……違うんだ……)
そう頭の中で繰り返しながらも、弟にそう感じさせてしまったのはやはり自分だ。弟を守りたいと思っているのは、今も変わらない。しかし、傷つけてしまったのは俺なのだ。
どうすれば、あいつに分かってもらえるのか。次は、どういう顔をしてあいつに会えばいいのか。次は──戦うことになるのだろうか。
不安を抱えながらも、意識のないアストルを見て頭を切り替えた。今は、こちらを優先させなければ。
ほとんど体格の変わらないアストルを背負っていたクローリアに声をかけ、シルゼンが運ぶのを交代して、もとの場所まで戻る。
「おい、大丈夫か!?」
入ってきた窓から、クルッポー三号の白い機体が見える。バドは帰り道の確保のため、出口周辺のサイモア兵を機体に備え付けられていた銃やらで片づけてくれていたようだ。
後ろから追いかけてくるドガーやサイモア兵たちは気になったが、振り返らず一目散に外を目指した。