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アルタジア  作者: 桜花シキ
第8章 軍事国家サイモア
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救出⑥

 ゼロは後ろに飛び退くと、一旦短剣を収めた。


「アラン様、休戦協定を無視なさるおつもりですか?」


「息子が殺されかけているのに、戦わないわけにもいかないのでね」


 グレンの前に出て、間一髪攻撃を防いだアランは体勢を立て直す。

 何が起こったのか理解できなかったグレンは、唖然として父の背中を見つめていた。しかし、はっと我に返り、このままではまずいと止めに入る。


「父上、止めて下さい……これは、俺が勝手にしたことです。レティシアを巻き込むことは……」


 心配そうに見上げてくる息子の姿に、アランはふっと微笑む。


「──アストル君を気絶させて、民を犠牲にしてまで守ろうとしたルクトスの気持ち……今なら分かるな。世間が正しいと言うだろうことと、自分自身の気持ちは違うものだ」


「退く気はないということですね?──ならば、協定を無視したとして、こちらも攻撃を再開させていただきます」


 ゼロが短剣に手をかける。


「父上!」


「遅かれ早かれ、また戦いは再開される。それが今だっただけだ。──帰るぞ、グレン」


 しかし、素直に頷くことはできなかった。自分は国を、兄弟を、父を──すべてを裏切ったのだ。それなのに、どうしてそんな言葉をかけてくれるのだろう?どうして、そんな言葉を受け入れることができるだろう?

 グレンは情けなさで、父の姿を見ていられなくなった。うつむいて、グレンは問いかける。


「どうしてですか……俺には何もないんですよ?ここまでする価値が、俺には……」


「価値は、誰かが決めるものではないよ。グレン、それはお前が決めつけているだけだ」


 アランはきっぱりと、そう言い切った。


「価値を持って産まれてくる人間はいない。価値のために、生きているわけではないだろう?生きるために、価値を探すんだ」


「俺には……見つけられませんでした」


 自分には、それを探す力すらない。誰かに嫉妬しても、価値が手に入るはずもなかった。生きるための価値──価値がなくても生きていけるのは、強い人間だけだ。自分は弱い。だから、価値を求めた。

 しかし結局、何ひとつ見つけることはできなかったのだ。探している途中で迷って、こんなところに辿り着いてしまった。もう完全な暗闇の中にいる。自分では、抜け出すことのできない場所にいる。

 アランはうなだれるグレンを見て思う。グレンは、昔からおとなしくて、とても聞き分けのいい手のかからない子供だった。それで、ちゃんとかまってやっていなかったのではないだろうか?ここに来る前、グレンの兄たちが口々に私に行って来いと言っていたこと。おそらく、彼らは分かっていたのだろう。今まで、父親であるはずの自分が気づいてやれなかったことを深く恥じた。

 アランはグレンの方を向いて、優しく言った。


「そうか──なら、それを手伝ってやるのも、親の仕事だな。グレン、お前が私の息子であること自体、私にとって生きる価値になっているんだ。私からその価値を奪わないでくれ」


「こんな馬鹿でも……ですか?」


 アランの言葉に、グレンが顔を上げる。アランは力強く頷いた。


「関係ないさ。私にとって、お前は大事な息子なんだから」


 アランはグレンに手を差し伸べた。しばらく眺めた後、恐る恐るその手を掴む。その手は温かかった。アランに引っ張られるようにして、グレンは立ち上がる。


「お気持ちは変わらないのですね?」


 その様子を眺めていたゼロが短剣を抜く。


「アラン王、ここはさっさと退散した方がいい」


 ヴェインズがアストルの様子を確認する。すでに意識はない。早くしないと危ない状態だ。


「逃がしませんよ。アストル王子とグレン王子を置いて行くのなら、話は別ですが」


「そうはいかないな」


 ヴェインズは大鎌を構えた。


「クローリア、アストルを連れてリエルナの所に戻れ。俺はこいつを足止めする。アラン王とグレン王子も、さっさと行け」


「ヴェインズさん!?」


 ヴェインズは3人を庇うように立った。

 

「とはいえ、いつまでもは無理だ。さっさと行け。俺も頃合いを見て追いかける」


 ヴェインズは左手に持った大鎌をゼロに向ける。

 迷いはあったが、アストルを早くリエルナに診せた方がいい。クローリアたちが走り出し、後にはヴェインズとゼロが残った。

 しばらく自分の前に立つ人間を観察していたゼロは、その男が誰であるのか思い出す。


「どうやって嗅ぎつけたかと思えば、グラットレイ家の人間でしたか──死神ヴェインズ」


「王政時代の呼び名を、よく知っているもんだな。正直、王政でなくなったことに関しては喜んだんだが。しかしまぁ…その後もひどいもんだな」


 ヴェインズはゼロを睨みつけたまま、ため息をつく。


「邪魔はさせませんよ」


「まったく……姉さんといい、その息子といい……同じような道を辿るもんだ」


 ひとしきり文句を並べてから、ヴェインズはゼロの首めがけて大鎌を振り上げた。



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