救出⑤
クローリアたちがレティシアを出た次の日の朝、ようやく闇の大陸が姿を見せ始める。大陸とは言うものの、その全土がすでにサイモアの配下に置かれているらしく、大陸全土に強力な包囲網が組んであった。これでは迂闊に近づけそうにない。
「ひとつだけ、警備が手薄な場所がある。だが、こいつは着陸できないから──」
「もしかして、飛び降りろ……ってことですか、ボス?」
ニトがクローリアに背中をさすってもらいながらバドを見る。
「俺は、いつでもこいつを動かせるようにして待機してる。いいか?王子さんたちを見つけたらすぐに戻ってこい。間違っても戦おうとなんてするなよ」
「分かってます」
クローリアは頷いた。今は、アストル奪還が最優先だ。
「リエルナ、お前はここで待っていろ」
飛び降りる準備を始めながら、ヴェインズはリエルナを呼び止めた。
「私も一緒に……」
「お前は唯一、回復魔法が使える人間だ。いざというときのために、温存しておけ」
リエルナは何か言いたげだったが、渋々頷いた。
「見ろ、あそこなら兵士が少ない。まず兵士たちを何とかして、窓から中へ潜り込め」
バドが示す先には、兵士が10人くらい歩き回っていた。そこそこ多いとは思うのだが、他と比べればまだましだ。
クルッポー三号の高度がある程度下がったところで、クローリア、シルゼン、ニト、ヴェインズ、そしてアランは飛び降りた。
「アラン様、大丈夫ですか?」
「心配いらないよ、クローリア君。こう見えても、昔はルクトスに振り回されて色々と無理をしたものだ」
アランは若く見えても、50はいっている。心配して振り返ってみたが、その必要はなかった。
ヴェインズは全員飛び降りたのを確認すると、サイモア兵の動きを観察する。
「ここにいろ」
そう言い残したヴェインズは、気配もなくサイモア兵に近づき、大鎌をひと振りするとあっという間に半分片づけてしまった。
呆気にとられるクローリアたちをよそに、ヴェインズは残りのサイモア兵たちにギラリと光る刃を向ける。
「俺は容赦なんてしないぞ、殺されたくなければ道を開けろ」
「く、くそおっ!」
ヴェインズはそれでも飛び出してくるサイモア兵の頭をつかんだ。黒かった瞳が、赤に変わった。そのまま、鋭い瞳がサイモア兵を睨む。
「ひ、ひいっ!」
「──お前、数日前に子供が生まれたみたいだな。死にたくなかったら、道を開けろと言ったんだ」
どさり、とヴェインズは掴んでいた手を離した。
サイモア兵の男性はおびえた表情で座り込んだまま、動こうとはしない。残りのサイモア兵たちも只ならぬ様子に腰を抜かしたのか、へなへなとしゃがみこんでしまった。
ヴェインズは、出てきてもいいとクローリアたちに合図した。
窓に近づいてみると、一番体の大きいシルゼンがぎりぎり入ることができるくらいの大きさはあった。窓を壊して、ひとまず中に潜入することには成功。しかし、通路が左右に分かれていた。
「どっちだろう?」
「こっちじゃない?」
「じゃあ、左にしよう!」
右の通路に走り出そうとするニトを捕まえ、クローリアは左に軌道修正する。ふと、ニトの特殊体質を思い出したからだった。
その直後、右の通路からサイモア兵の軍団が銃器を持って現れる。
「侵入者だ!」
窓付近にいた兵の数とは比べものにならないサイモア兵たちが、一斉に向かってくる。
「俺は、ここでこいつらを食い止める。行け!」
「あたしも残るよ。クローリアはアストルをお願い!」
シルゼンとニトが立ち止まり、その行く手を阻む。いくらなんでも無茶だと思ったが、今は迷っていられない。モタモタしていたら、余計に数が集まってきてしまうだろう。
今は2人を信じて、先へ進むしかない。
翌朝、誰かがグレンの部屋をノックした。その音で、アストルも目を覚ます。グレンはとっくに起きていたようで、彼がドアを開けた。
そこに立っていたのは、ゼロを引き連れたザイクだった。
「アストル王子、朝起きてすぐで悪いが、昨日の検査結果で再検査したい項目があってね」
「再検査?」
アストルは身を強ばらせた。
「ああ、ちょっと重要な項目でね。ちゃんと調べておきたい。それが終わったら、結果を教えるよ」
アストルは昨日のこともあったので、少なからず警戒していた。
無言でザイクの後ろをついていくアストルを、背後からゼロの鋭い視線が見張っている。一番後ろにグレンもいるようだ。
「グレン王子、待っていても構わないよ?」
ザイクはグレンの方を振り返って見た。グレンは首を横に振る。
「ここまできたら、俺だって気になる。それとも──俺がいたらまずいのか?」
「──いや」
ザイクはそれきり黙って歩き出した。
案内されたのは、昨日までとは違う部屋だった。部屋の中央に、巨大なカプセルのような装置が置いてある。外側に管が何本か繋いであるが、カプセルの中には何もない。その他には、ここで働いている研究員らしき男女が、白衣を着て何人もせわしなく動いている。
「ここは精密検査ができるところでね」
「お待ちしておりました、ザイラルシーク様。準備はできております」
「ああ、ご苦労だったな。ではアストル王子、この中に入ってもらえるかな?」
ザイクは先ほどのカプセルを指さす。研究員の女性に促されながら、アストルはその中に入った。
すると、操作パネルらしきものの前にいた男性研究員がなにやら指を動かす。ウイィィン、という起動音とともに、アストルが入っている装置が激しく輝き始めた。
「な、何なんだ!?」
今までの検査とは、明らかに違う。すぐに、アストルは自分の身に起こっている異変に気がついた。
「力が……入らない……」
最初は白かった光が、徐々に赤く変わっていく。その色が濃くなっていくたびに、力が抜けていくようだ。まずいと思った時には、体がいうことを聞いてくれなくなっていた。なすすべもなく、アストルはその場に崩れる。
さすがにおかしいと思ったグレンが、ザイクを問い詰めた。
「司令官……これは、本当に検査なのか!?いくらなんでもやりすぎだ…アストルの体がもたない!」
「君は、それを望んでいるんじゃないのかな?彼のせいで、君は随分と苦労してきたのだろう?」
ザイクはそう言った。それは、明らかにアストルが──
そう思った瞬間、グレンは自分が間違っていたことに気がついた。
俺は今まで何を考えていたんだ。アストルのことは、どうなったっていいと思っていた。しかし、それに反して焦る自分がいる。分かっていたはずなのに、誰かに嫉妬することが間違っていることくらい。それを認められない自分がどれだけ子供なのか、どれだけ馬鹿なのかを。
「──ああ、そうだ。そうだと思っていた。……だけど、いざそうなってみたら、違うって気がついたんだよ!そいつのことは、確かに気に喰わない。だが、俺自身の馬鹿さはもっと気に喰わないんだ!」
グレンが叫ぶ。すると、彼が首から下げている神石のペンダントが赤い光を放ち始めた。
「雷!」
グレンは操作パネルに雷を落とした。
──ピピーッ!システムエラー、システムエラー。続行不可能です。
装置が今の攻撃で壊れたらしく、けたたましい警告音が響き渡る。一瞬、ザイクたちがひるんだ隙に、グレンはカプセルを壊してアストルを助け出した。
「アストル、行くぞ」
「う……」
ぐったりしているアストルを背負い、グレンは部屋を出る。
「追え」
「はい」
すぐに、ゼロが逃げ出した2人を追いかける。
「やはり、君には中途半端な覚悟しかないのだな。私の邪魔をするとは……君も消えるといい。ふ……邪魔は入ったが、随分と初期の計画は進行できた。さぁ、君たちがどうするのか、見せてもらおうじゃないか」
「グ、グレン……お前……」
「黙ってろ。俺はお前が嫌いだ……お前に嫉妬してた馬鹿な自分も……。こうなった責任は俺にもある。だから、何とかしてお前をここから逃がす」
しかし、アストルを背負ったまま逃げられるはずもない。追いかけてきたゼロが、2人の頭上を恐るべき身体能力で飛び越え、道を塞いだ。
「グレン王子、アストル王子を渡して下さい」
「どっちにしろ、殺る気だろうが……」
じりじりと、グレンは後退する。
「グレン……置いてけよ……」
アストルがもうろうとした意識の中、声を絞り出す。
「黙ってろ」
グレンはアストルをいったん床に座らせ、レイピアを両手に握った。少しの間ゼロとにらみ合い、タイミングを見計らって攻撃する。
「光閃!」
しかし、あまりにも呆気なくそれはかわされてしまう。グレンにとって、これをかわされてしまっては、もうなすすべがない。
何とか体勢を立て直し、アストルのところまで戻った。ゼロは、相変わらず無表情のまま、こちらに歩いてくる。
(どうする……このまま戦っても勝ち目はない……)
「グレン様!──アストル!?」
声のする方を見ると、ゼロの背後からクローリアが走ってくるのが見えた。ゼロがクローリアに反応し、後ろを振り返る。その隙をみて、グレンはアストルを背負い直し、ゼロに斬りかかる。
「連れていけ!」
グレンはアストルをクローリアの方へ突き飛ばした。
その直後、グレンはゼロに思い切り蹴り飛ばされ、壁に激突する。
「がはっ……」
さらに、とどめをさそうとゼロが短剣を振り上げる。目を閉じて死を覚悟したグレンだったが、キィンと金属がぶつかり合う音がした。
それに続くように、聞き慣れた声がする。
「──探したぞ、グレン」
グレンは自分の目の前に立ち、レイピアで攻撃を防いだ人物を驚いた顔で見上げた。
「父上……?どうして、ここに……」