救出④
「検査はこれで終わりだ。後は、部屋でゆっくりするといい」
数日かけて、何時間も詳しい検査が行われた。さすがに疲れてきていたアストルは、少しほっとする。
しかし、“部屋で”というのはどうにも納得いかなかった。ルクトスはずっと牢に閉じ込められていたのだ。その代わりとして来たはずなのに、この優遇の違いは受け入れがたい。
「俺も、親父と同じく牢じゃないのか?」
「君は大事なお客様だからね。身体でも壊されたら大変だ」
ザイクの返答に、やはり納得いかなかったアストルは不機嫌そうに呟く。
「……俺も、あそこでいい」
「強情だね」
すると、その様子を黙って見ていたグレンが、こちらに歩いてきた。
「──司令官、俺と同室でも構いませんか?少し、アストルと話がしたい」
何を思ったのか、グレンはそう言った。
しばらく考え込むザイクだったが、ちらりとアストルの方を見て尋ねる。
「それならどうかな、アストル王子?」
「えっと……いいのか、グレン?」
「俺が自分でそう言ったんだ。何で聞く?」
「あ、うん……じゃあ、そうするよ」
グレンの部屋にはベッドが2つ置いてあった。元々は、サイモア兵たちの相部屋なんだという。
部屋に入って左側のベッドに腰掛けたグレンは、アストルにも座るよう指示した。反対側のベッドに座ったアストルは、グレンと向かい合う。
「お前が神石なら、ここにいるのはまずいんじゃないか?」
最初にグレンが言ったのは、そのセリフだった。
どういう意味か分からなかったアストルは首を傾げる。しばらくして、アストルはピンときた。
「え?──あっ!」
そうだった。
ザイクは、神石を集めている。もしアストルが神石なのだとしたら、通常よりかなり巨大な大きさだ。
しかし、それを聞いたのは船の中だったし、混乱していて今まですっかり忘れていた。
「事情はあったんだろうが、移動中なら逃げ出すこともできただろうに。まぁ、お前が捕まったのは、俺にも責任があるだろうからな……そこは、謝っておく」
グレンは頭を下げた。
「そのために、俺を呼んだのか?別にグレンのせいだとは思ってないけど……どうして、サイモアに?自分から来たって聞いたぞ」
「文句くらい言えよ……」
グレンは不機嫌そうに顔を逸らした。
「だから、別に俺は──」
「俺にはある。山ほどな……」
グレンは我慢できなくなったのか、ついに話し始める。
「俺は、王位継承順も5番目で一番最後……能力も、一番下だ」
レティシア王家には、5人の王子がいる。アストルがそのうち会ったことがあるのは、グレンとそのひとつ上の兄ブレイン、それからディランにも会ったことがある。その時は、ディランがブレインよりも年上であることに気がつかなかった。
そしてまた、グレンは話を続ける。
「兄上たちは、みんな優秀だ。長男のガヴァンは統率力。次男のディランは武術。三男のイアンは人徳。四男のブレインは頭脳明晰。俺に、いったい何が残るっていうんだ?」
「お前の剣術は──」
アストルの言葉をグレンは遮る。
「剣聖なんてのは──偽りの称号だ。兄上たちの剣術を見たら分かるさ。ガヴァンやイアンには勝ったことがない。わざと負けられた時は、悔しさを通り過ぎて惨めだったな」
そう言って、グレンは自分を嘲るように笑った。
かと思うと、今度はアストルを鋭く睨む。
「アストル、お前もだ。俺はずっと、お前と比べられてきた。同じ年でも、お前の方がずっと優れていると…みんな陰で言っていた」
「俺が?俺のどこが──」
アストルは目を丸くした。
「自分では分からないだろうがな……。神石であれなんであれ、お前に力があるのは確かだ。第一王子で、人からも好かれる。父親からも大切にされてる。その上、その馬鹿な性格。どうしてお前は真っすぐでいられる?どうして何かのために犠牲になれる?どうして──どうして、俺は……何にもなれない」
後半は、悲痛なまでのグレンの心の叫びだった。
グレンがサイモアに来た理由。なんとなく分かった気がする。
彼は、誰かに必要な存在だと認められたかったのだ。そして、ザイクはきっとそれを利用した。グレンの力が必要だ──とか、きっとそういうことを言ったのだろう。
「グレン……アラン様は、お前のことすごく心配してると思う。口にはあんまり出さない人だけど、なんとなく俺にも分かったよ」
「……本当に馬鹿だな。やっぱり、お前のことは好きになれない」
「そっか……」
アストルの様子に舌打ちすると、グレンは横になった。
「……もう寝る。電気消せよ」
アストルは言われたとおり電気を消すと、自分も横になった。
──解析終了しました。結果を印刷しますか?
パソコンの画面に映された質問に対して、“はい”を選択する。印刷されたばかりの用紙を持って、ゼロはザイクの元へ向かう。
「ザイク様、結果が出ました」
「ご苦労だったな。それで、どうだ?」
用紙を受け取り、それに目を通す。
「やはり、間違いはありませんでした。彼は、全身の至る所すべて、神石でできています」
「やはりな。しかし、本当に神石の謎は深いよ」
ザイクはそう言って笑う。その様子を見ながら、ゼロは尋ねる。
「ではザイク様、“あれ”の準備を進めてよろしいですか?」
「ああ、もちろん」
ゼロの機械的な声に頷きながら、ザイクは怪しく微笑む。
「もうすぐだ。もうすぐ──世界は……」
それをゼロは無表情でしばらく眺めていたが、やがてくるりと向きを変え、部屋を後にした。