救出③
ルクトスは水竜の笛を吹いた。
しばらくすると、水面下に黒い影が映る。それは大きな水しぶきを上げて姿を現した、巨大な水竜。他の水竜とは比べものにならない威圧感があった。
その水竜は、ルクトスに迫るドクドリスたちを尾でなぎはらう。
「久しぶりだな──ザナルカス」
【海王たる我を呼び出すとは、それ相応の事情があるのだろうな?】
海王ザナルカス──ルクトスの水竜だ。年齢はナルクルよりも上だというが、正確な年齢は分からない。
ザナルカスはその巨大な頭をルクトスに近づけた。これだけでも、十分と言っていいほど海王の威厳が溢れている。
「分かってるくせに、聞くなよ」
この状況を水竜、それも海王が知らないはずがない。ルクトスの反応に、ザナルカスは鼻を鳴らした。
【ふん……ドクドリスごときに手を焼くとはな】
「そう言うなって。俺も年だしよ……まぁ、それはお前も同じだろ?」
【一緒にするな。我は、まだ戦える】
「じゃあ、協力してくれよ。一応、俺はまだお前の主だぜ?それに──俺だけじゃ、大事なもんは全部消えちまうんだ……情けないだろ?」
ドクドリスはルクトスを黙って眺めていたが、頭を戻すとルクトスに背を向けた。しかし、去ってしまうわけではない。迷惑そうな声で、ザナルカスは合図する。
【ふん──早く乗れ】
「ありがとな」
ルクトスは礼を言うと、ザナルカスの背に飛び乗った。
「お前らしつこすぎだって!」
倒しても倒してもなかなか減らないドクドリスに、イアンとガヴァンもだんだんと圧されていた。
「イアン!」
ドクドリスがイアンのすぐ横を猛スピードで通り抜ける。間一髪、ガヴァンの声に反応してそれをかわしたイアンだったが、はずみで尻餅をついてしまった。
そこを狙って、先ほど横を通過していったドクドリスが空中で回転し、イアンめがけて戻ってくる。
「やばっ……」
あまりのスピードに、体勢を立て直す暇もない。イアンは覚悟して目を閉じた。
ガヴァンが助けに入ろうと試みるも、ドクドリスに囲まれてしまう。
絶体絶命──そう思ったとき、突然2人を襲っていたドクドリスたちが何かになぎ払われる。
呆気にとられる2人の目に映ったのは、巨大な水竜に乗った男の姿だった。
「おい、怪我してねぇか!?」
「──ルクトス様!申し訳ありません……お手を煩わせました」
それがルクトスであると気がついたガヴァンは深く頭を下げる。
「それはザナルカスに言ってくれ。まだ戦えるなら、あと少し辛抱な」
それだけ言い残すと、ルクトスはザナルカスと共にドクドリスに向かっていった。ザナルカスが大きく口を開けると、凄まじい威力で水が噴射される。その水圧に圧され、ドクドリスたちはあっという間に吹き飛ばされていく。
「ふ~、助かったぁ。──ディラン兄さんとブレインはダウンしてるみたいだね。まぁ、ディラン兄さんは自滅だろうけど……」
汗でぐっしょりになりながら、危機を脱したイアンが息を吐く。
その様子を見たガヴァンは、イアンに駆け寄って尋ねた。
「お前は大丈夫か、イアン?」
「大丈夫ではないけど……まだ、やれるよ」
「今日は随分とやる気だな」
「本当はもう嫌だけど……こんなとこで諦めちゃ、グレンに示しがつかないからさ」
イアンは立ち上がり、レイピアを握り直す。
「お前の言うとおりだな」
いつになく真剣なイアンに刺激され、ガヴァンも気合いを入れ直した。
「父上とグレンが帰ってきたときに、レティシアが壊滅していては話にならない。私たちは、私たちの務めを果たす!」
最後の力を振り絞り、ガヴァンとイアンは再びレイピアを振るう。
徐々に、気味の悪いドクドリスの鳴き声が小さくなっているように感じた。