救出②
城の外に出てみると、ドクドリスに追われ、人々が口々に何か叫びながら逃げまどっていた。
「これじゃ、シャンレルの時と同じだ……」
青ざめるクローリアだったが、その瞳が何かを捉える。
遙か前方を走っていた一組の親子。小さな女の子と、その両親だった。しかし、逃げる途中で女の子が転び、それを狙って一羽のドクドリスが迫る。慌てたように少女に覆い被さって守ろうとしている両親。
その瞬間、クローリアはあの日の記憶がフラッシュバックした。
「させない!」
気づいたときには拳銃を両手に構えていた。素早く狙いを定め、引き金を引く。
クローリアの放った最初の二発は見事ドクドリスの両目を潰した。ドクドリスは“ギェッ”というような悲鳴をあげて地面に落下し、バタバタと暴れている。
その隙に親子は逃げ出したが、ドクドリスは怒り狂っていた。あの状態で再び飛ばれては、暴走することが目に見えている。
「なんてしつこさだ。炎を使うのが一番早いんだけど……」
しかし、クローリアに炎系統の力は使えない。その様子を見かねたヴェインズが口を出した。
「どけ」
ヴェインズはクローリアを押しのけ、目を細めてドクドリスの位置を確認している。
そしてすぐ、位置が確認できたのか大鎌を持っていない右手を構えた。すると、右手に赤い炎の玉が形成され、右手の掌を覆うくらいになったとき、ヴェインズは右手を振り下ろす。
彼の手から離れた炎の玉はドクドリスに命中し、跡形もなく消し去った。
「ヴェインズさん、随分と強力な魔力ですね」
アストルほどではないものの、相当な力を持っていることは確かだ。
しかし、それよりも今、彼は──
ふと浮かんだ疑問を尋ねようとしたクローリアだったが、ヴェインズが先に話し出す。
「別に、大したことじゃない。それより、思った以上に数が多い。早くサイモアに行かないと、まずいぞ」
「城の敷地から出てすぐにある広場にクルッポー三号が停めてある。そこまでたどり着ければ、サイモアまで乗せてくぜ。なんか、やばいんだろ?だが、ドクドリスがな……」
バドは迫り来るドクドリスを見て舌打ちする。
その時、背後から若い男の声がした。
「ここは、私たちに任せてください」
すると、4人の青年がアランたちの前に出る。
アランたちの行く手を阻むドクドリスの群れに立ちはだかったのは、他でもないアランの息子たちだった。
第一王子ガヴァンをはじめとし、第二王子ディラン、第三王子イアン、第四王子ブレインが続く。
「お前たち……!」
アランが驚いた声をあげる。
「ご安心ください、父上。兄上の行動は、私が見張っていますので」
「おいブレイン、それが兄貴に対する言葉かよ?」
ブレインの言葉にディランが食いつく。ドクドリスの前に、ここでも一戦始まってしまいそうだ。
その間に、イアンが慌てて割って入る。
「と、とにかく!ここは僕たちで何とかするから。父さんは、グレンのとこに行ってやってよ」
イアンは人懐っこい笑顔でアランを見る。
「しかし……」
なかなか決心しないアランに、イアンは続けた。
「いいから、いいから。グレンも、父さんが行けば帰ってくると思うし」
「どうしてそう思う?」
「何となくだよ、何となく!」
バリバリと頭をかいて、ディランはぶっきらぼうに答える。
「ざっくりし過ぎでしょう、兄上。しかし、今回ばかりは私も同じです」
ブレインもディランの言葉に頷いた。
「──私がグレンの立場でも、そう思います。一応、私たちはグレンの兄ですから」
ガヴァンは最後にそう付け加える。
アランは息子たちの姿をひと通り見てから、無言で頷いた。
そして、自らはサイモアに向かうことを決心したアランは、ルクトスに向き直る。
「ルクトス、お前はここに残れ」
「いや、俺も……」
「鈍った体でサイモアに戻って、また捕まるつもりか?少しはアストル君の意志も汲んでやれ」
「それは……」
言いよどむルクトスに、アランは言う。
「お前は、レティシアを頼む。アストル君は、私たちに任せてくれ」
「──分かった」
悔しそうな顔をしながら、渋々ルクトスは頷いた。
アランたちが走っていったのを確認してから、イアンはガヴァンに尋ねる。
「ガヴァン兄さん……これ、勝算あるんだよねー?」
「それはお前たちの頑張り次第だ。指示は私が出す」
「指示とか、聞いたって分かんねぇよ。俺は勝手にやらせてもらうぜ!」
しかし、ディランは指示を聞こうともせず、勝手に突っ込んでいってしまった。
「まぁ、そうなるとは思ったさ……まったく。ブレイン、あいつをフォローしてやれ」
「分かりました」
黒縁の眼鏡を左の中指で押し上げてから、ブレインは好き勝手に戦い始めたディランを追う。
「それから、イアンはちゃんと指示通り動け」
「はーい」
「よし。まずは、ドクドリスを──ざっと50羽程度片付けろ」
ガヴァンは、さらりとそう言い放った。気のいい返事をしたイアンだったが、兄の口から出た言葉に思わず跳び上がる。
「ご、50羽!?兄さん、それはさすがに酷くない?」
「最低ノルマだ、この数じゃそれでも足りないぞ。見ろ、ディランは、もうそれ以上倒している」
兄の指さす方を見てみると、炎をあたりにまき散らしながら次々とドクドリスを倒していくディランの姿があった。その後ろを走るブレインが、飛び火した個所から二次被害が出ないように消火してまわっている。
「う~、そうだけど……ブレインの補助付きじゃないか……」
本当にどちらが兄なのだろうと呆れながら、イアンはため息をついた。
「さっき、指示通り動くと言ったのは誰だ?──私も手伝ってやるから、行くぞ」
「も~、分かったよ」
「それから、こいつを持って行け」
ガヴァンの言うことに渋々従うことにしたイアンは、ドクドリスの群れに向かって歩き出した。それを呼び止めるように、ガヴァンが何かを投げてよこす。
「っと──これ、レイピアじゃ……」
それは、2本のレイピアだった。グレンが使っているものと同じだ。
イアンは驚いて兄を見る。これは、もう何年も実践で使っていない。稽古を怠っていたわけではないが、2度と人前で使うことはないだろうと思っていた。
昔、誰がそうしろと言ったわけではないが、それは兄弟間での暗黙の了解。しかし、ガヴァンはそれをもう気にするべきではないという顔をしている。
「グレンも、もう子供じゃない。ディランとブレインはともかく、私とお前には必要なものだ。もう、使ってもいいだろう?」
「……了解」
イアンはレイピアを握った。
それを確認して、ガヴァンは指示を出し始める。
「ブレイン!お前はディランを援護しながら、ドクドリスを城から遠ざけろ。住民を城に避難させる」
「分かりました」
「イアン、お前は私とドクドリスをこれ以上、上陸させないように食い止めるぞ!」
「了解、了解!」
二手に分かれ、住民を城に誘導しながらドクドリスを倒していく。
「うらあぁぁ!燃えやがれ、焼き鳥にして食ってやる!」
ディランは戦闘に夢中になっているらしく、どんどんペースが上がっている。これでは最後までもたないだろうとブレインが注意するも、聞こうとしない。手当たり次第にドクドリスに掴みかかりながら、炎で焼いていく。
ディランが火事を起こさないように水魔法で消火しながら、ブレインは呆れかえっていた。
「兄上……ドクドリスの肉なんか食べたら、死にますよ?」
「うるせー!俺がそう簡単に死ぬかよ!」
「馬鹿は早死にします。──それから、少し頭を冷やして下さい。街まで燃やす気ですか?」
「あー?そんなもん、お前が何とかしろ!」
「はぁ、それが弟に対する態度ですか……。兄上はドクドリス以上の危険種ですよ……」
いつものこととはいえ、頭を悩ませるブレインだった。
「ガヴァン兄さん、こっちはいいよー!」
「よし、いくぞ!」
一方、海岸付近に辿り着いたガヴァンとイアンは左右に分かれ、ドクドリスの上陸を食い止めるために詠唱を開始する。
「「唸れ、逆巻け、吹き荒れろ──大竜巻!」」
ガヴァンとイアンがそう同時に唱えると、何もなかった前方の空間に巨大な竜巻が姿を現す。
何羽かのドクドリスは竜巻に吸い込まれ、周辺を飛んでいたドクドリスは巻き込まれまいと懸命に翼をはばたかせている。
「今だ!」
「了解。必殺、火刃滅殺剣!」
ガヴァンの合図でイアンは2本のレイピアを構える。神石でできた両耳のピアスが輝き、その光がレイピアの刀身を包み込む。
跳び上がったイアンは、ドクドリスに向けてその刃を振り下ろす。すると、刃が当たった部分から十字に炎が立ち昇り、瞬く間にドクドリスの羽が飛び散った。
「やりぃ!」
ガッツポーズを決めると、イアンは次に取り掛かった。
その様子を横目に、ガヴァンも1本のレイピアを右手に持つ。
「ドクドリス、お前たちは少しおとなしくしていろ……能力──檻」
ガヴァンが右手に構えたレイピアで空を斬る。すると、ドクドリスは四角い空気の檻に閉じ込められ、自由を失った。
ガヴァンは神石の腕輪がはめてある左手を挙げると、さらに上乗せする。
「散れ──大爆発」
神石が輝いたと同時に、ドクドリスたちが閉じ込められていた空間ひとつひとつが大爆発を起こした。
「ひゅ~、兄さんかっこいい~」
「手を空けるな、まだまだいるぞ」
怖い顔でガヴァンに睨まれた。どうにも、ガヴァンのそういう顔は怒った時の父の次くらいに怖いとイアンは思う。
「あはは……了解、了解」
そうしてしばらく戦い続けていたガヴァンたちだったが、一向にドクドリスの数は減らない。もっと一気に何とかしたいものだが、ついに体が悲鳴を上げた。
「ゼェゼェ……ち、ちょっと休憩だ!」
ディランは神石の無謀な使い方のせいで、ぐったりと座り込んだ。それに付き合わされていたブレインは、それよりも前に魔法の形成ができなくなっていた。
「最初から……飛ばし過ぎるせいですよ……。私も……これ以上は消火が追いつきません……」
できる限りドクドリスに挑んでいたイアンだったが、さすがにつらくなってきていた。すでに、指示のあった数の倍は軽く超えているのではないのかと思う。
「兄さん、もう50羽はとっくに超えてるよー!どうすればいいのさ!?」
「さすがに、私たちだけでは無理があるか……。何か、この状況を打開できるものは……」
一方、サイモアで神石を奪われたルクトスは、体術のみでドクドリスに挑んでいた。
しかし、それだけではやはり適わない相手だ。観念したルクトスは、ドクドリスの攻撃を避けながら海を目指す。
「──やっぱ、昔みたいにはもういかねぇな。年には勝てねぇわ…だが、もうひと踏ん張りといこうじゃねぇか」
ルクトスは水竜の笛に手をかけた。