緊迫⑤
ザイクはもう一度繰り返す。
「私は、君の正体を知っているんだ」
「俺の……正体?」
「とぼけても無駄だ。それとも、本当に知らないのかな?」
「お前は、俺の何を知っているって言うんだ?」
「ルクトスが話さなかっただけなのか、それともルクトスも知らなかったのか……」
もったいぶるように、ザイクはなかなか答えない。
「教えてくれよ!何を知ってるんだ!?」
身を乗り出したアストルに、ザイクはまた微笑む。
「ふふ……君は、本当に人間なのかな?」
「何……?」
「アストル、だめ!話に耳を貸さないで!」
別室でみんなとモニターを食い入るように見つめていたリエルナが、勢いよく部屋を飛び出した。
「リエルナ!?」
その後を追うように、クローリア、シルゼン、ニトが続く。
「ここから先は立ち入り禁止です!」
リエルナが廊下に出てみると、アストルたちが会談中の部屋に続く廊下を塞ぐように、レティシアの兵士とサイモアの兵士が何人も立っていた。
そこを通り抜けようとしたリエルナを、兵士たちが押し戻す。はずみでリエルナが後ろに倒れた。
「リエルナ、大丈夫!?ちょっとー、女の子相手に乱暴するなー!」
突き飛ばされたリエルナを、ニトが受け止める。リエルナはすぐに起き上がると、アストルのいる部屋の方に向かって叫んだ。
「アストル!その話なら、私でも教えられるから……だから、耳を貸さないで!」
リエルナは知っている。アストルが何者であるのかを。しかし、いつ話せばよいのか躊躇いもあった。言ってしまえば、きっと彼が傷ついてしまうから。傷つけてしまうことが、怖かった。
だが、それを自分の手が届かないところで知られてしまうことの方がもっと怖かった。どんな風に傷つけられてしまうか分からないから。
こんなことになるなら、躊躇しないで話しておくべきだったかもしれない。
「ごめんなさい、アストル……お願い……」
しかし、その声が届くはずはなかった。
「君が条件を呑むというのなら、それも教えよう」
「アストル君……」
アランが何か言いかけたが、すぐにザイクに遮られる。
「おや、アラン王。話しの妨害をする気かな?」
「く……」
ニヤリと笑うザイクを前に、アランは口を閉ざした。
「──では、話の続きだ。どうする?君さえサイモアに来てくれれば、みんな解放されるのだ。君の知りたいことも教えてあげよう」
アストルがひとりでなければ、また判断も変わっていただろう。しかし、ここには頼れる人間が誰もいない。アストルは、自分の判断に任せるしかないのだ。
自分が行けば、みんなを救うことができる。それに──ザイクの言ったことが頭に焼き付いて離れない。
「さて、どうするのかな?」
ザイクは本当に人の心理を上手く利用する。
もっと考える時間があったなら、彼がひとりでなかったなら、人質がいなかったなら、彼に情がなかったなら、解析結果がまだ出ていなかったなら、そして──彼に未来を見る力があったなら。
もしかしたら、変わっていたのかもしれない。
──それが、お前の選択なのだな?
──ならば、私は見届けよう
──世界の運命を……
「──分かった…条件を呑むよ」