緊迫③
アストルたちが去った後、和の大陸にひとりの人間がたどり着いた。途中まではいかだで流れてきたのだが到底、海を越えることができる造りではない。
見事、途中で大破し、そこからは泳いでくる羽目になった。体力に自信はあるものの、止めておくべきだったと後悔する。
やっとの思いでたどり着いたのだが、しばらく歩いて立ち止まった。そして、みるみる表情が険しくなっていく。
「あいつら……移動しすぎだろ。今度はレティシアに行かなきゃならないのか?俺は水竜なんざ、飼ってないんだ……どれだけ苦労してると思ってる」
その人間──大鎌を背負った若い男が、苛立った様子でぶつぶつ言いだした。
黒髪に黒い瞳、全身黒づくめの服装。どこから見ても、近寄りがたいオーラを放っている。ひとしきり文句を並べてから、男はまた歩き出す。
「次でラストにしてほしいな……。それにしても、本当にあんたには驚かされるよ──姉さん」
「ザイク様、解析結果が出ました」
レティシアに向かう軍艦の中、とある解析を進めていたゼロがデータをまとめ終えた。
「早いな、ご苦労だった。それで、結果は?」
「それが、信じがたい結果が出ていまして。こちらをご覧ください」
神石反応の発生源など、シャンレル侵攻の際に神石探知機で読み取ったデータを詳しく調べ、その結果は導き出された。ゼロの運んできたパソコンの画面に、それが映し出される。
それを覗き込んだザイクは一通りデータを確認し、椅子の背にもたれかかった。
「これは──協定前にいいものが手に入ったな。準備は整った。レティシアに向かうとしよう」
そして、ザイクは怪しく微笑んだ。
アストルたちがレティシアに来てみると、すでにサイモアの軍艦が港に停泊していた。しかし、今回は一艘のみ。攻撃するつもりがないことをアピールしているのだろうか。
思い返してみれば、アストルはここで初めてザイクと対面することになる。今まで話したことはあるものの、それはあくまで通信機越しに、だ。どんな人物なのか、実際に見たわけではない。
「さて、俺はここまでだ。上手くやれよ」
「一緒には来ないんですか、ボス?」
バドは頷く。
「本当なら、お前も俺と残ってるべきだと思うんだがな。まぁ今回は特別に、お前は行っていいぜ。情報屋は本来、誰の味方でもない。場合によっちゃ、サイモアにだって情報提供しなくちゃならねぇ立場だ。だが、今はサイモアに手を貸すわけにゃいかねぇだろって、勝手な俺の判断で動いてる。俺が行ったら、そんな気なくても王子さんたちに手ぇ貸したくなっちまうかもしれないだろ?俺だって人間だからな。だから、そうならないように、俺は情報屋の代表としてけじめつけさせてもらう」
「ここまでも、結構俺たちに協力させちゃったよな……悪い」
「今回はアラン王の依頼の件もあったし、俺が勝手にいろいろ喋っちまっただけだ。王子さんが気にするこたぁねぇよ」
「本当に助かった、ありがとう」
「いいって。それに、危険が迫ってるって情報も手に入ったしな。俺はこのあたりを見て回ってる。何かあったら知らせるさ」
アストルたちを降ろした後、バドは再びクルッポー三号を浮上させた。
それを見送ってから、レティシア城へと足を進める。
城門に辿り着くと、見慣れた顔の兵士が2人立っていた。アストルがレティシアに運び込まれた時、部屋の前で見張りをしてくれていたあの兵士だ。さすがに、今回はあの兵士もちゃんと起きている。
城門を守る兵士はアストルの姿を見ると、敬礼して道を開けた。
入ってすぐ、見覚えのある男性が迎えてくれる。アランはずっとここで待っていてくれたようだ。いや、待っていたというより、じっとしていられなかったのかもしれない。すでに到着しているであろうザイクの存在やグレンの件…。グレンのことはいつからだったのか分からないが、本当ならその心配だけでも相当なダメージのはずだ。
それなのに、ずっとアストルの面倒まで見てくれていたのだろう。そう思うと、本当に申し訳なかった。