緊迫②
全員が乗り込んだことを確認してから、クルッポー三号は再び飛び上がった。
機体が安定し、ベルトを外していいとバドの指示がある。ベルトを外して立ち上がったアストルの前に、バドは歩み寄った。
「休戦協定だってな。──俺は、止めといた方がいいと思うぜ。といっても、国の存亡がかかってるって時に、情報屋が口出していいってもんでもないしな。ここは、その国の一番お偉いさんが決めなきゃ意味がない」
「ボス、気になることがあるなら言ってくださ……うぇぇ……」
ニトの様子に苦笑いを浮かべながら、バドは話し出した。
「気になるっつーか、情報が少なすぎて気味が悪いんだ。元々、情報屋だったわけだから、情報漏れがないように厳重な監視体制をとってやがる。さすがの俺も、今のサイモアから情報を仕入れてくるのは難しい。──ああ、だがひとつ……」
「何かあるのか?」
「どうしたもんか。言わずともすぐ分かっちまうだろうが、急に聞かされて驚くのもな……。アラン王からも、王子さんに黙ってろとは言われてないし」
「教えてくれ」
「……じゃあ、言っとくぞ。──レティシア国第5王子グレンが、サイモアについた」
その言葉に、アストルは目を見開いて声を荒げた。
「なっ、グレンが!?何かの間違いだろ!」
「本当だ。俺が任されてた依頼ってのは、グレン王子の捜索だったんだよ」
バドはアストルを両手で制しながら言った。
「それだけは、確かな情報だ。休戦協定なんて、普通ならあのアラン王が簡単に受け入れるはずがない。それなのに何も言わないのは、グレン王子を人質に取られてるからだろうな」
「どうにかして、グレンを助けられないのか!?」
「ちょっと、そこが面倒な話でな。どうも、グレン王子は自分からサイモアについたそうだ。ザイクは人の心の闇に漬け込むのが上手い。グレン王子も、上手く乗せられちまったんだろ。自分からあっちにいる以上、なかなか手は出せない」
「そんな……」
グレンの心配で頭がいっぱいになっているアストルの様子を見て、バドは忠告する。
「王子さん、これはお前さんにも言えることなんだぜ?ザイクが今一番狙ってるのは、王子さんなんだ。ザイクのことだ、何かある。お前さんまであいつの口車に乗せられないように気をつけな」
「……分かってる」
「分かってないと思うぜ、本当には。話し合いには、王子さんひとりで出なくちゃならねぇんだろ?」
「まだ決まった訳じゃないけど……」
「いーや、そうなるね。そうしないと、恐らくあいつは応じない。人質がいるうちは、強気でくるはずだぜ」
「シャンレルの人たちは、何も悪くないのに……」
「そういう考えは通用しない。それが、今の世界の現実だ」
そう言ってから、バドは息を吐いた。
「ま、こんなこと王子さんに言うのも酷だよな。だが、そういう立場に生まれついたんだ。こればっかりはどうにもな…。この先、もっと厳しい選択を余儀なくされることだってあるかもしれねぇ。覚悟はしときな」
「分かってる。俺は、最後まで戦うよ」
ここに至るまで、アストルが運命から逃げたいと思ったことはなかった。だが、それは自分を取り巻いている呪いにも似た運命をまだ知らなかったから。
彼は知る。初めから、自分はその運命に飲み込まれていたのだということを。
【キュ!?キュイィィィ!キュイィィィ!】
突然、メルフェールのいる部屋から只ならぬ鳴き声が聞こえてきた。
「メル、どうしたの!?」
気分が悪いことも忘れて、ニトがメルフェールの元へ向かう。追いかけようとしたアストルだったが、はたと立ち止まり、耳を澄ます。
「──水竜たちが、一斉に鳴いてる……」
アストルは、すぐそれに気がついた。シャンレルの民ならば、水竜の鳴き声など別に珍しいものではない。
しかし、こんなに一斉に鳴くのは本当に稀なことなのだ。
「これ……あの時と同じだ……」
クローリアが突然、両耳をふさいでしゃがみこんだ。小刻みに、体が震えている。
「クローリア、大丈夫か!?」
アストルがしゃがんでみると、クローリアの顔は真っ青になっていた。
「同じなんだ……8年前、シャンレルにドクドリスがやってきた時と。あの時も、メルが鳴きだして……他の水竜たちもこうやって危険を知らせてたんだ」
慌てて周囲の空を見渡すが、ドクドリスの姿はなかった。
だが、安心はできない。水竜は、人間より格段に危険に敏感だ。おそらく、何かを感じ取ったに違いない。
「みんな、警戒してくれ。危険が迫ってるのは確かだ」
眼下に、レティシアが見え始めた。