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アルタジア  作者: 桜花シキ
第7章 休戦協定
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緊迫①

 アストルの決断は、すぐにイニスを通してザイクに伝えられた。


「君なら、そうしてくれると思っていたよ。では、休戦協定締結に向けて、レティシアまで来てほしい。すでに、アランには了承を得ている」


「レティシア?サイモアじゃないのか?」


 訝しげにアストルは尋ねる。ザイクはいったい何を考えているのか。

 

「その方が、君も安心できるだろうからね。それから、協定中は各国代表ひとりのみの参加に限定したい」


 一同を驚かせた後に、更なる条件を追加する。


「そんな危険なこと出来るわけないよ!」


 口を挟んだクローリアの声がスピーカーを通して聞こえたらしく、ザイクは冷たくあしらった。


「外野は黙っていてもらいたい。私はアストル王子に聞いているんだ。──もし私が何か危害を及ぼそうとしたところで、レティシアの監視下。まして、君なら私を殺す手段くらい持っているだろう?」


 本当にこの人は人の心理を突いてくるのが上手い。わざわざ、こちらを動揺させるようなことを言ってくる。


「俺は、別に……」


 アストルは曖昧な返事しかできなかった。


「まぁ、どうであれ、この条件は悪くないと思うのだが。明らかに、君たちの方が有利だろう?」


 確かに、それはそうだ。何か仕掛けてきたとしても、1対1で負ける気はしない。しかし、アストルは優しすぎる。優しさは甘さでもあり、判断を鈍らせることがある。一瞬の判断を誤れば、取り返しのつかないことになるだろう。その点で、ザイクに迷いが生じることはおそらくない。

 戦いは力だけで決まるわけではなく、戦略がものを言うこともある。そして、戦略は場数であり、場数は強力な武器。ザイクはこの戦渦の中で、多くの場数を踏んできた男だ。その経験値だけは、どんなに頑張ったところで追いつけるものではない。


「その件は、俺たちがレティシアに着くまでに考えていいか?」


「もちろん、構わないよ」


「これから俺たちもレティシアに向かう。休戦協定には、参加するから」


「ああ、それでは先に行って待っているよ」


 そう言って、ザイクは通信を切った。

 通信の途絶えたスピーカーを見つめながら、アストルは尋ねる。


「──シルゼンは、どう思う?」


 経験値でいえば、ザイクほどではないにしてもシルゼンだって引けをとらないだろう。


「俺たちを安心させることで、警戒を緩めさせようとしているのだろう。あの人に裏がないはずがない……どんなに安全なように見えても、絶対に警戒は怠るな」


 シルゼンは、よく注意するよう念を押してきた。


「いざとなったら、僕たちも突入するからね」


 クローリアも、そう言って銃に手をかける。

 その様子を見て、アストルはクローリアがまた無理をしているのではないかと思った。


「クローリア、お前が無理する必要はないんだぞ?」


「無理じゃないんだ。僕は、君を守ることで自分の存在を許そうとした。君を、ニトの代わりにしていたのかもしれない……」


 クローリアは空を仰いだ。

 しばらくそうした後、クローリアはアストルに向き直る。


「だけど、こうしてニトとは再会できた。それでも、僕が君を守りたいって気持ちは変わらない。ニトは、僕に楽しいと思って生きて欲しいと言ってくれた。そのために、どうしたらいいのか考えたんだ。僕は、ニトや君……みんなが楽しいと思える世界に生きたい。僕ひとりの力じゃ、どうにもならないだろうけど……それを叶えるための一助になることはできると思う。みんなの補助にしかならなくても、できるだけのことはする。そうしたいと願うよ。だから──これは自分のためだ」


 とても真剣な顔だった。いつも、どことなく自信なさげなクローリアだったが、今は吹っ切れた表情をしている。自分を見つめ直して、自分のしたいこと、自分にできることをちゃんと見つけることができたようだ。


「クローリア……それが本当にお前の望みなら──ありがとう」


 2人のやり取りを見ながら、シルゼンはどこか安堵を感じさせるため息をついた。


「サイモアへ行くのはまだ先か……。これでまた、過去との決別は先延ばしだな」




 休戦協定のため、アストルたちも和の大陸から移動しなければならなくなった。イニスたちが一緒に行くよう勧めたが、このままサイモアの軍艦に乗ってしまうのには気が引ける。

 かといって、水竜たちを移動手段に呼ぶのもいい加減やめた方がいいだろう。本来なら主以外を乗せることはタブーであり、今までだいぶそれを犯してきた。

 アストルたちが迷っていると、何かが空から近づいてくるのが見えた。その空飛ぶ白いボディには、見覚えがある。


「あれは……」


「ボスに連絡しといたよ。さすがに、サイモアの軍艦に乗るわけにはいかないからね」


 クルッポー三号が、徐々に高度を下げる。空を見上げながら、イニスはため息をついた。


「我々も信用ないのだな。だが、仕方あるまい。では、また……」


 立ち去ろうとしたイニスに、迷いながらもシルゼンは声をかけて引き留めた。


「……イニス、弟の様子は分かるか?」


 急に問いかけられたイニスは少し驚いたようだったが、首を横に振った。


「いいえ、私は存じ上げません。最近は、姿も見ていないので」


「そうか……すまない」


「構いませんが……そんなに心配なら、シルゼン隊長は我々とサイモアに参りませんか?」


「それはできない。イニス、俺はサイモアを……ザイクを、弟を裏切った身だ。もう隊長でもない。次に弟と顔を合わせるときは、それなりの覚悟で臨むつもりだ」


「……分かりました、失礼します」


 イニスは軍艦に乗り込むと、サイモア兵たちをつれて和の大陸から撤収していった。


「本当に良かったのか、シルゼン?気になるなら、戻ってもいいのに……」


「さっきも言った通りだ。俺は、まだ戻れない」


 戻れない。それは言い訳に過ぎないのだろうと、シルゼンは内心分かっていた。戻れないのではない、戻りたくないのだと。

 自分から裏切っておいて、きっと恐れているのだ。弟と戦わなくてはならなくなるであろうことを。




「──私たちは、いったん戦いを止めるためにレティシアに戻るの」


 クルッポー三号から降りてきたのはバドで、アストルたちを乗せてレティシアまで送ってくれることになった。

 一閃たちにも事情を話した後、渋るニトをなんとか乗せて出発しようとした時だった。乗り込もうとしたアストルは、リエルナがひとりで何か言っているのを目にする。


「リエルナ、何ひとりで喋ってるんだ?早く乗らないと、置いてかれるぞ。そういえば、前にも何度かあったよな?」


 思い出してみれば、リエルナのこの行動は初めてではなかった。どの大陸に立ち寄った時でも必ず、出発の前にはそうしていた気がする。

 今まで、何のためにそうしているのか尋ねたことはなかったが、この際聞いてみることにした。

 秘密の多いリエルナだから、あまり答えを期待してはいなかったが、今回はすんなりと返ってくる。


「私が知ってることを話すために必要だから、ある人に伝言を残してるの」


「え?でも、誰もいないよな?」


 アストルは、キョロキョロ辺りを見回したが、やはり誰もいない。


「あの人なら、もう気づいてるはずなの」


「気づいてる?誰が?」


「あなたは知らないけれど、あなたと繋がりのある人なの」


「俺と?どんな人なんだ?」


 すると、リエルナは困った顔をして頭を下げた。


「ごめんなさい。実は、私も会ったことはないの……」


「えっ!?」


「頼まれたの、私は」


「誰に?」


「誰でしょう?」


 リエルナが悪戯っぽく微笑む。とても気になるが、その笑顔を見ていると深く追求できなくなってしまう。


「誰だろうな……休戦協定が終わるまでに考えとくよ」


 


──お前の見ることのなかった未来


──今、それが姿を現そうとしている


──私は忠告したはずだ、必ず彼は世界を……


──だが、それでもその選択をしたお前のことを責めることはしない


──これは、私が招いてしまった結末


──だから、私はどんな選択であれ、その運命を受け入れよう


──それが、お前たちへのせめてもの償いになると信じて……



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