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アルタジア  作者: 桜花シキ
第6の2章 陽月国─陽─
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生命の音色

 一閃と天音のやり取りがあった翌朝、翁が生命回帰の笛を完成させた。その知らせを受けた天音は、急いで翁の元へと向かう。


「天音、覚悟は決まったようじゃな。その顔なら、問題あるまい」


「はい」


 完成したばかりの生命回帰の笛が、天音の手に渡される。初めて持ったはずなのに、不思議とよく手になじむ横笛だ。何の飾りもない笛だが、温かさが伝わってくる。生命の大樹は、その名の通り命を宿す木だと信じられていた。なるほど、それも頷ける。

 試しに、ふっ、と息を吹き込んでみた。

 その音色は、どこまでも澄んでいて、自然と大気に溶けていく……そんな感じだろうか?聞いていると、自分と笛の音が一体になっているかのような感覚に襲われる。

 この笛なら、大丈夫だ。そう確信した。


「天音、大丈夫そうか?」


 笛の音を聞きつけた一閃が、小屋の中へ入ってくる。


「ええ、これなら大丈夫」


「わしが今まで作った中でも、一番の出来じゃ。2人とも、絶対に生きて帰ってくるのじゃよ」


「「はい」」


 翁の言葉に2人は頷く。今までとは明らかに雰囲気が変わったことに気づき、翁は嬉しそうに目を細める。

 親を失った2人にとって、翁は祖父のようであり、親のような存在だった。小さかった2人が、ようやく独り立ちしていく。翁は、嬉しいが、どこか寂しさも感じていた。

 しかし、自分の年を考えても先はそう長くない。自分が生きているうちに、こんな2人を見ることができて良かった。

 成長した2人の背中を、翁はずっと見つめていた。





「アストル、準備は整った。……以前は、好意を無碍にしてすまなかった。俺たちは、何としても生きて帰る。この戦いが終わったら、一族の生き残りが俺たち以外にもいないのか、捜してみようと思うんだ。そして、かつての陽地方を取り戻す。協力、してもらえるだろうか?」


 小屋から出てきた一閃は、そう言って頭を下げた。会ったばかりの彼とは、やはり少し変わった印象を受ける。

 もちろん、いい意味で。


「ああ、こっちも大丈夫だ」


 これからサイモアとの勝負になるのだが、その前にアストルには気になることがあった。


「ところで、リエルナ。本当に大丈夫なんだな?」


「うん」


 アストルも、少し前からリエルナの髪飾りがなくなっていることに気がつき、すでに事の経緯を聞いていた。

 神石がなくても力が使える、それは自分と同じではないかと尋ねたが、少し違うと本人は言う。

 そして、何より疑問に思ったのは、神石を失ってから彼女を取り巻く空気が変化したことだ。嫌な感じはしないが、何か大きな力を感じる。彼女のものではない何か。

 さらに不思議なことに、アストルはそれを昔から知っているような気がしていた。


「なぁ、リエルナ──やっぱり、後でいいや」


「?」


「今は、こっちに集中しないとな」


「うん」


「じゃあ、まず俺が突破口を開く。──いくぞ!」


 アストルたちは、サイモアの拠点をめざして走り出した。




「イニス隊長!莫大な神石反応です!」


 サイモアの拠点で神石探知機を管理していた兵士のひとりが声を上げた。イニスも、巨大な反応を確認する。

 探知機が捉えたのは、まさしくアストルの第一撃だった。


「何!?やはり、1週間ほど前の轟音は……。まったく、巡回の兵士は何をしていたのだ!」


「どうしますか!?」


 兵士が指示を待っている。しかし、イニスは少し別なことを考えていた。


「……シルゼン隊長も、いらっしゃるのだろうか」


「何でしょう?」


 兵士が首を傾げる。イニスは首を横に振ると、命令を下した。


「いや、何でもない。──敵は、殲滅せよ」 


「はっ!」




 その姿を遠巻きからクローリアが捉え、何やら考え込む。


「あれ、あの女性は……確かマクエラでシルゼンと戦っていた……」


「クローリア、それは確かか?」


 シルゼンが、クローリアの独り言に食いついた。


「僕は遠くからしか見てないけど、たぶん合ってるはずだよ」


「悪いが、そいつは俺に任せてもらえないだろうか?」


「え?構わないと思うけど……アストル、いいかな?」


「シルゼンの仲間だったんだろ?行ってこいよ、こっちは俺たちで何とかするから」


「すまない」


 許可が下りると、風のようにイニスの元へと向かって行った。





「シルゼン隊長!やはり、いらっしゃったのですね」


 駆けつけたシルゼンの姿をみるやいなや、嬉しそうな顔をしたイニスだったが、慌てて真顔を取り繕う。


「イニス……今の隊長はお前か。だろうな、お前の実力なら申し分ない」


 気絶させたサイモア兵が、倒れる寸前に“イニス隊長”と言っているのを耳にした。

 しかし、イニスは納得がいかないらしい。


「隊長……私の中では、隊長はあなただけです。もう、戻る気はないのですか?」


「俺は、過去を消し去るために、ザイクの元で戦った。だが、消し去ることなんてできなかったんだ……。死んだ命は還ってこない、決してな。俺は、どんな理由であれ、自分の意に従わない者を殲滅するやり方は間違っていると言い続けるだろう」


「……戻る気はないのですね?」


「ああ」


 イニスは、立ちふさがるシルゼンを見て心が揺れていた。

 このまま自分が退かなければ、シルゼンは戦うだろう。ただし、自分にとどめは刺せない。マクエラの時も、やろうと思えばできたものを、わざとしなかったことには気づいていた。

 内心、イニスも司令官のやり方には、疑問を持ち始めていた。争いをなくすために戦う……本当にそれが正しいのか。

 正しいのかは別として、もっと他の感情が渦巻いているのではないか。隊長に任命されて、司令官と話す機会が増えてからというもの、その疑念は膨らんでいた。





 その頃、アストルたちの猛攻により、だいぶ兵士たちに疲労の色が見えてきた。

 その様子を確認した一閃は、いまがその時だと覚悟を決める。


「天音!今が、禁忌には絶好だ」


「……分かったわ!」


 一閃は天音が頷いたのを確認すると、今まで握っていた刀を鞘に納めた。そして、生命転化の宝剣を引き抜く。


「俺は、生きて帰る。──生命転化!」


 輝く刀身から黄金色の光が立ち昇り、一閃の体を包み込む。

 

(思ったより、随分と辛いものがあるな……力がどんどん吸い取られていく……)


 一閃の命を吸い取っているのか、だんだんと光は輝きを増していく。その輝きが一層強まり、一閃の限界が訪れた時、ついに生命転化は放たれた。

 振り下ろされた宝剣から、広範囲に光の刃が波のように押し寄せる。その波に飲まれたサイモア兵たちは、あっという間に弾き飛ばされてしまった。その威力には、アストルも驚く。

 

 しかし、こうしてはいられないのだった。生命転化を発動した一閃は、その場に倒れて動かない。

 天音は、急いで生命回帰の笛に唇を当てる。一閃がだいぶサイモア兵を吹き飛ばしてくれたお陰で、想定していたよりは静かだった。


(大丈夫、条件は申し分ない。それに……)


 天音の髪には、一閃からもらったかんざしが輝いていた。


 ふっ、と息を吹き込む。

 その音色は大気に溶け、風が一閃の元へと運んでいく。目には見えないが、一閃の周りを優しく大気が包んでいるように感じた。

 離れかけた命が戻っていく。それは、不思議な感覚だった。


 そして、演奏はあと数小節……母が間違えた、あの部分にさしかかる。


「こんな時に、サイモア空気読めー!」


 演奏も終了間近という時に、ニトは倒れる一閃と、演奏を続ける天音に銃口が向けられていることに気がついた。吹き飛ばされずに残った兵士たちが、あがきを見せる。

 ここまできて、邪魔をされてはたまらない。


「こっちは、任せろ!」


 アストルが一閃の前に立ち、防御壁バリアウォールを張る。


「私も、守るの」


 そして、聞かされてはいたものの、驚くべき光景を目にする。天音の前に出たリエルナは、アストルと同様に防御壁バリアウォールを張った。

 リエルナは、本当に神石を持たずに魔力を使うことができたのだ。

 2人のとっさの防御により、銃弾は弾き飛ばされる。しかし、とっさに姿を晒したため、アストルは顔を隠している余裕がなかった。

 案の定、サイモア兵たちは、アストルの存在に気がつく。


「目標確認!王子発見、捕えますか?」


 急いで、サイモア兵はどこかに連絡を入れた。


──待て、こちらは今の攻撃でほぼ壊滅状態だ。これだけ負傷者がいる中で、これ以上戦えない。私も限界だ。司令官の指示を仰ぐ


 通信機でサイモア兵は誰かと話している。この隊の隊長だろうか?




 イニスは、いったん通信を切った。その様子を、少し驚いたようにシルゼンは見ている。私も限界だ──そう言ったのは、明らかに嘘だ。イニスはまだ、戦っていない。

 イニスはどこか別の人間に通信を繋ぎ直す。


「──ザイラルシーク様、申し訳ございません。これ以上の戦闘は難しいかと」


──大体の流れは、すでに連絡が入っている。お前たちは撤退して構わん。その代わり、アストル王子と連絡を繋げ。


「分かりました」




 アストルたちの前に立っていたサイモア兵が、急にかしこまった様子を見せる。それはどうやら、連絡相手に対してらしい。彼らがこんな様子を見せる相手は限られている。そして、サイモア兵が何か話した後、こちらに向けたスピーカーから聞こえてきたのは、やはりあの男の声だった。


「久しぶりになるな、アストル王子」


「ザイクか!?親父は、シャンレルの人たちはどうなったんだ!?」


「君の父親は無事だ。捕虜として捕えてきた何人かの国民も、丁重に預からせていただいている」


 声を荒げるアストルとは対照的に、ザイクは落ち着いたように対応する。


「ザイク、いつまでこんな戦争を続けるつもりなんだ?」


「もちろん、世界から争いがなくなるまで。国、思想……私が望むのは、すべての人間がサイモアというひとつの文化に統合されること。すべてが等しければ、争いなど起こらないだろう?この世界は、あまりにも人と人の間に違いがありすぎる……。違いすぎるものは、排除しなければすべてが等しい世界の妨げになってしまう」


「だからって、自分に従わない者を消してもいいっていうのか!?」


「選ばれた人間にいくら言ったところで、理解はされないだろう。君と違って、私たちのように選ばれなかった人間は、こうでもしないと居場所がないのだ。そういう者たちにも居場所を作るには、これしかない。選ばれなかった者が光を浴びるにはね……」


「選ばれなかった……?」


「──まぁ、この話はさておき。今日は、君に交渉があって連絡させてもらった」


「交渉?」


 アストルは眉をひそめた。

 クローリアたちも、食い入るようにスピーカーから聞こえる声に耳を傾けている。

 そして、スピーカーから聞こえてきた言葉は、みんなを驚かせた。


「休戦協定……君とアランに対して提案する。こちらも、君たちが暴れてくれたお陰で、被害が拡大しているのでな。一時、休戦という形を取りたい。それと、条件次第ではルクトスと捕虜たちをそちらに返そう」


「休戦……?」


 それは、まったく予想していない提案だった。


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