知りたい答え
一週間という期間の中で、久しぶりに戦いのない時間が与えられた。この短期間のうちに、随分と生活は変わってしまったものだ。シャンレルをあの後実際に見たわけでもないし、父や国民たちの安否も分からない。まだ、何も解決していないのだ。
ここまで、クローリアは何も文句を言わないが、一番苦労しているのではないかと思う。俺と一緒にいるせいで、いつも危険と隣り合わせ。本当に、申し訳ない。
「クローリア、悪いな。俺のせいで、ずっとサイモアを警戒してるだろ?」
クローリアは、そんなことかと言って笑う。
「別に君のせいじゃないよ。それに、今は安全そうだ。アストルも、久しぶりにゆっくり休みなよ」
「なぁ、クローリア。お前は俺のこと、変だと思わないのか?」
「変?何が?」
クローリアは首を傾げる。
「俺の力だよ。やっぱり、世界中探しても俺みたいな人はいなかった……。自分でも、こんな訳の分からない力、怖いんだよな」
「アストル。僕は、アストルの力が何であれ、今までと何も変わらないよ。君は、僕に居場所をくれた。友達だって言ってくれたし……。君がいなかったら、僕はあの時死んでたはずなんだ。確かに、君の力は強すぎるかもしれない。だけど、怖いことばかりだと思わないでよ」
「……ありがとう」
その後、ひとりになったアストルは考えていた。
クローリアは気にしないと言ったが、おそらく自分自身が一番気にしている。自分のことなのに、分からない。自分の存在が、分からない。
「アストル」
ぼんやり座っていたアストルに、突然声がかけられた。
「リエルナ!どうしたんだ?そっちから話しかけてくるなんて、珍しいじゃないか。もしかして…話す気になった、とか?」
「まだ、全部は話せないけど……少しだけ、話しておこうと思って」
リエルナは小さく頷くと、アストルの隣に腰を下ろす。
「私、アストルの知りたい答え、持ってるから」
リエルナの口から出たのは、そんな言葉だった。
何となく、リエルナならば知っているような気がしていたが、本人の口から聞くと、やはり少し動揺する。
「俺の?じゃあ、この力が何なのかも?」
「あなたの知りたいこと、たぶん全部」
「俺が、知りたいこと……」
「私が話さなかったこと、半分は私のことだけど……もう半分はアストルのことなの」
「俺のこと?」
「私は、アストルが自分自身を見失ったとき……今のままじゃ進めなくなったとき、あなたを導くように頼まれたの」
「頼まれた?誰に?」
「それは、まだ秘密。でも、すぐ分かるの」
リエルナはそれだけ言い残すと、去って行った。
残されたアストルは、リエルナの言ったことを何度も頭の中で再生し直す。
「俺の知りたいことを知ってる……」
それを知れば、このモヤモヤも晴れるのだろうか?それとも──
「ニト、何してるの?」
小屋の方に向かったリエルナは、言い争うニトと一閃を発見した。声をかけると、ニトはリエルナの手を引っ張って、話の輪に引き入れる。
「あ、リエルナ!ちょーど良かった。リエルナからも言ってやってよ。天音さん、毎日食事のあとどっか行っちゃうし、帰ってくるのも遅いし……きっと、禁忌の前だから緊張してるんだって。こういうときは、一閃さんが何か天音さんにしてあげないと!」
「そんなこと、なぜ俺が……」
眉間にしわを寄せ、目を細める一閃。しかし、おかまいなしにニトは続ける。
「天音さんのこと、好きなんでしょ?」
「ばっ!?俺と天音はただの幼なじみだ!」
ニトの言うことは的外れなことが大半なのだが、ごくたまに痛いところを突く。今回ばかりは図星だったらしく、会ってから初めて、一閃が慌てる様を見た。
「ふ~ん?でも、天音さんは一閃さんのこと好きだと思うなぁ」
「勝手な想像だ……」
「まぁ、それはいいんだけどさ。幼なじみが死ぬかもしれないってときに、怖くない人なんていないよ。あたしも、クローリアに何かあったら嫌だもん。リエルナだって、アストルに何かあったらそうでしょ?」
「うん、もちろんなの」
「ほらぁ!」
「……何かと言われてもな」
一閃は、困ったような顔をする。
「お守りとかは?」
「……作れないこともないが、ろくな材料がない」
「だったら、これ、使って欲しいの」
リエルナは、自分の髪飾りを外した。栗色の髪が、風に舞う。
「リエルナ、それあげちゃったら、力が使えなくなっちゃうよ?」
「大丈夫なの。なくても、大丈夫なの。だから、はい」
「確かに、美しい神石だが…お前が力を使えなくなるのは困る。珍しい、回復術が使えるのだろう?失うには惜しい力だ」
「力は、なくならないの。だから、大丈夫」
「リエルナ、もしかして、それって……」
「それも全部、後で話すの」
「……大丈夫なのか?」
「うん」
少しためらった後、一閃はリエルナから神石の髪飾りを受け取った。
「……ありがたく、もらっておく。だが、どういったお守りを作ればいいのだろうか……」
はじめは乗り気でなかった一閃だったが、凝り性らしい。ぶつぶつ言いながら、翁の小屋に入っていく。しばらくして出てきた一閃の手には、何やら工作道具のようなものが握られていた。
「なんか、すごいのできそうだね」
「……ニトは、何かお守り持ってるの?」
「あたし?う~ん……やっぱり、これかな。水竜の笛。シャンレルの人間なら、みんな持ってて普通なんだけど……あたしは特別でしょ?この笛だって、クローリアが手伝ってくれなかったら作れなかっただろうし。この笛には、いろんな思い出があるから、あたしにとっては大切なお守りみたいなものなんだ」
「お守りって、やっぱり効くの?」
「それは、どうだろ?でも、お守りって魔法みたいなものだと思うんだよね。持ってる人に、何らかの影響は与えるだろうから。こもってる思いが強ければ強いほど、持ち主を守ってくれるんじゃないかな?」
「思い……守る……。うん、そうだね」
「リエルナ?」
ほどけた栗色の髪が、柔らかく風になびく。髪を下ろしたせいか、いつもとだいぶ雰囲気が違う。元々、不思議な空気を纏ってはいたが、今はもっと……。
ニトに神石を使うほどの力はない。それゆえに、神石の力を本当に理解することは難しいが、気になっていた。
リエルナを取り巻く不思議な空気が濃くなったと感じ始めたのは、あの髪飾りを失ってからだったから……。