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アルタジア  作者: 桜花シキ
第6の2章 陽月国─陽─
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失われた一族

 かつて、和の大陸・陽地方には武士道を極めた一族が繁栄していた。月地方の安倍家とも深い繋がりがあり、陽地方は月地方を外敵から守る。月地方は陽地方より神石を扱う力に長けた者が多かったため、裏から足りないところを補う──互いに支え合って生きてきた。

 失われた一族、エルトラム。古の戦士たちの様々な血を受け継ぐ、戦うために産まれてきたかのような一族。それを確信させるかのように、エルトラム一族には血気盛んな者が多く、小さな戦は珍しくなかった。

 陽地方に向かう途中、川を越えるために乗り込んだ小舟の上で、ニトからそんな話を聞く。


「そんなある日、サイモアが攻めて来ちゃったんだよ」


 いつものように、エルトラム一族は戦いを挑んだ。しかし、結果は惨敗。壊滅に追い込まれてしまう。


「神石が使えないんじゃあ……サイモアと戦うのは厳しいな」


 アストルはサイモアの高度な神石技術を思い出す。


「まぁね。でも、まったく考えなしってわけでもなかったみたいだよ」


「どういうこと?」


「エルトラム一族には、代々伝わる禁忌があるんだって。でも、その時は失敗しちゃったらしいんだ」


「禁忌……」


 なんだか物騒だ。禁忌というくらいだから、威力は凄まじいのだろう。しかし、その代償もつきものだ。 


「それで、あてはないのか?」


「特定の住処はなくて、旅して回ってるらしいからね」


 要するに、あてはなかった。もう少し何かあってもいいだろうと思うのだが、動き回っているのならそれもそうなのだろう。上層部の人間である牛丸ですら苦戦していたのだから、仕方がないといえば仕方がない。


「お前さんたち、生命の大樹というものを知っておるかな?」


 アストルたちを乗せた小舟を漕ぐ船頭の老人が、ふと会話に混ざる。


「生命の大樹?」


 アストルは老人に聞き返す。老人は舟をリズムよく漕ぎながら、頷いた。


「そうじゃ。古い古い大木での……陽地方の人間、特にエルトラム一族はとても大切にしてきた木だったんじゃよ。敵が攻めてきたときに、焼かれてしまったがの」


「エルトラム一族をご存じなんですか?」


 クローリアが尋ねると、老人は思わぬことを口にする。


「あぁ、わしはエルトラム一族の元で働いていたからのぅ」


 これには、みんな一斉に老人を見た。


「では、生き残りがどこにいるかも……」


「今どこにいるのかは、わしにも分からん。じゃが、その生き残りを連れて逃げたのはわしじゃ。居場所は分からんが、その大樹の破片か何か…それが残っていないかと探しておる。見つけたら、わしの元に戻ってくるじゃろう。あるかも分からない、途方もない旅じゃがな」


「しかし、なぜその話を見ず知らずの俺たちに話す?」


 シルゼンは、目を細める。確かに、この老人はなぜすんなりと話してくれたのだろう?

 老人はちらりと一瞬こちらを向いたが、またすぐに舟を漕ぎ始める。向こう岸を眺めながら、老人は話し出した。


「……さぁのぅ、誰でもよいのかもしれん。旅の方、もしその大樹を見つけるようなことがあれば、燃やしてはくれんか?」


「なんで?第一、どんな木なのかも分からないし、大切な木なんじゃないのか?」


 大切だと言っておきながら、燃やしてくれという老人の言葉が、アストルには飲み込めなかった。

 老人は、静かに語る。


「あれは、禁忌の材料じゃ。わしの本当の仕事は船頭ではのうて、その禁忌の道具を作ること。じゃが……あの子たちに、禁忌は……もう使って欲しくないのじゃよ……。さて、もうすぐ向こう岸に着くかの。気をつけなされ」


「その人たちの特徴を教えてはもらえませんか?」


 舟を降りる前に、クローリアがそう尋ねた。


「ひとりはあんたと同じ年くらいの、刀を携えた男子。もうひとりは、その木を最も必要としている長い黒髪の女子じゃ。2人とも……禁忌など忘れて、このままどこかでひっそりと生きてくれればと願うばかりじゃよ。2人の名は──」





「一閃」


 サイモア兵たちが巡回する目をかいくぐり、壊された家屋の中を確認していた青年の背後から、女性が声をかけた。


「──天音か。そっちはどうだ?」


 青年の問いかけに、女性は首を横に振る。

 

 青年の名は、一閃=エルトラム。女性の方は、天音=エルトラムといった。

 失われた一族、その生き残り。同じエルトラムの名を持つが、厳密にいえば異なる家の出だ。エルトラム一族は、ふたつの種に分けられる。それぞれに特殊な技を持ち、互いの技を合わせることにより、完全なものとなるのだ。──そう、禁忌が。

 その禁忌に欠かせないものが、宝剣と笛。宝剣は何とか持ち出すことができたが、笛は燃えてしまった。ふたりの探す生命の大樹は、その笛の材料となる。


「箱でもなんでもいい。何か大樹で作られたものは残っていないだろうか……」


「……」


 ガサガサと廃材の中を探す一閃の背を見ながら、天音は黙って立っていた。一閃がその様子に気づいて、一度手を止める。


「天音、怖いのか?」


「……いいえ」


「いざとなれば、俺だけでも禁忌は使える」


「それだけは、止めて!」


 天音は、力強い口調で怒鳴るように言った。


「……分かってる。すまない」


 一閃は、また生命の大樹を探し始める。しかし、外の方からサイモア兵たちの話し声が聞こえてきた。天音が壁に張り付き、外の様子を確認する。


「こっちに2人……近づいてきてるわ」


「仕方ないな。そいつらは蹴散らして、仲間を呼ばれる前に一旦離れるぞ」


 2人は外に飛び出しサイモア兵たちを片づけると、そのままどこかへ駆けていった。


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