失われた一族
かつて、和の大陸・陽地方には武士道を極めた一族が繁栄していた。月地方の安倍家とも深い繋がりがあり、陽地方は月地方を外敵から守る。月地方は陽地方より神石を扱う力に長けた者が多かったため、裏から足りないところを補う──互いに支え合って生きてきた。
失われた一族、エルトラム。古の戦士たちの様々な血を受け継ぐ、戦うために産まれてきたかのような一族。それを確信させるかのように、エルトラム一族には血気盛んな者が多く、小さな戦は珍しくなかった。
陽地方に向かう途中、川を越えるために乗り込んだ小舟の上で、ニトからそんな話を聞く。
「そんなある日、サイモアが攻めて来ちゃったんだよ」
いつものように、エルトラム一族は戦いを挑んだ。しかし、結果は惨敗。壊滅に追い込まれてしまう。
「神石が使えないんじゃあ……サイモアと戦うのは厳しいな」
アストルはサイモアの高度な神石技術を思い出す。
「まぁね。でも、まったく考えなしってわけでもなかったみたいだよ」
「どういうこと?」
「エルトラム一族には、代々伝わる禁忌があるんだって。でも、その時は失敗しちゃったらしいんだ」
「禁忌……」
なんだか物騒だ。禁忌というくらいだから、威力は凄まじいのだろう。しかし、その代償もつきものだ。
「それで、あてはないのか?」
「特定の住処はなくて、旅して回ってるらしいからね」
要するに、あてはなかった。もう少し何かあってもいいだろうと思うのだが、動き回っているのならそれもそうなのだろう。上層部の人間である牛丸ですら苦戦していたのだから、仕方がないといえば仕方がない。
「お前さんたち、生命の大樹というものを知っておるかな?」
アストルたちを乗せた小舟を漕ぐ船頭の老人が、ふと会話に混ざる。
「生命の大樹?」
アストルは老人に聞き返す。老人は舟をリズムよく漕ぎながら、頷いた。
「そうじゃ。古い古い大木での……陽地方の人間、特にエルトラム一族はとても大切にしてきた木だったんじゃよ。敵が攻めてきたときに、焼かれてしまったがの」
「エルトラム一族をご存じなんですか?」
クローリアが尋ねると、老人は思わぬことを口にする。
「あぁ、わしはエルトラム一族の元で働いていたからのぅ」
これには、みんな一斉に老人を見た。
「では、生き残りがどこにいるかも……」
「今どこにいるのかは、わしにも分からん。じゃが、その生き残りを連れて逃げたのはわしじゃ。居場所は分からんが、その大樹の破片か何か…それが残っていないかと探しておる。見つけたら、わしの元に戻ってくるじゃろう。あるかも分からない、途方もない旅じゃがな」
「しかし、なぜその話を見ず知らずの俺たちに話す?」
シルゼンは、目を細める。確かに、この老人はなぜすんなりと話してくれたのだろう?
老人はちらりと一瞬こちらを向いたが、またすぐに舟を漕ぎ始める。向こう岸を眺めながら、老人は話し出した。
「……さぁのぅ、誰でもよいのかもしれん。旅の方、もしその大樹を見つけるようなことがあれば、燃やしてはくれんか?」
「なんで?第一、どんな木なのかも分からないし、大切な木なんじゃないのか?」
大切だと言っておきながら、燃やしてくれという老人の言葉が、アストルには飲み込めなかった。
老人は、静かに語る。
「あれは、禁忌の材料じゃ。わしの本当の仕事は船頭ではのうて、その禁忌の道具を作ること。じゃが……あの子たちに、禁忌は……もう使って欲しくないのじゃよ……。さて、もうすぐ向こう岸に着くかの。気をつけなされ」
「その人たちの特徴を教えてはもらえませんか?」
舟を降りる前に、クローリアがそう尋ねた。
「ひとりはあんたと同じ年くらいの、刀を携えた男子。もうひとりは、その木を最も必要としている長い黒髪の女子じゃ。2人とも……禁忌など忘れて、このままどこかでひっそりと生きてくれればと願うばかりじゃよ。2人の名は──」
「一閃」
サイモア兵たちが巡回する目をかいくぐり、壊された家屋の中を確認していた青年の背後から、女性が声をかけた。
「──天音か。そっちはどうだ?」
青年の問いかけに、女性は首を横に振る。
青年の名は、一閃=エルトラム。女性の方は、天音=エルトラムといった。
失われた一族、その生き残り。同じエルトラムの名を持つが、厳密にいえば異なる家の出だ。エルトラム一族は、ふたつの種に分けられる。それぞれに特殊な技を持ち、互いの技を合わせることにより、完全なものとなるのだ。──そう、禁忌が。
その禁忌に欠かせないものが、宝剣と笛。宝剣は何とか持ち出すことができたが、笛は燃えてしまった。ふたりの探す生命の大樹は、その笛の材料となる。
「箱でもなんでもいい。何か大樹で作られたものは残っていないだろうか……」
「……」
ガサガサと廃材の中を探す一閃の背を見ながら、天音は黙って立っていた。一閃がその様子に気づいて、一度手を止める。
「天音、怖いのか?」
「……いいえ」
「いざとなれば、俺だけでも禁忌は使える」
「それだけは、止めて!」
天音は、力強い口調で怒鳴るように言った。
「……分かってる。すまない」
一閃は、また生命の大樹を探し始める。しかし、外の方からサイモア兵たちの話し声が聞こえてきた。天音が壁に張り付き、外の様子を確認する。
「こっちに2人……近づいてきてるわ」
「仕方ないな。そいつらは蹴散らして、仲間を呼ばれる前に一旦離れるぞ」
2人は外に飛び出しサイモア兵たちを片づけると、そのままどこかへ駆けていった。