輝きを取り戻せ
狐面との戦いも終わり、月地方に平穏が訪れた。あの後、リエルナの力もあり、京月はほとんど以前と変わらないくらいまでの回復をみせる。
戦いから数日して、牛丸は狐面から聞き出した情報の整理が終わったからと、アストルたちを呼び出した。
「おう、この前はご苦労様」
安倍家の屋敷の一室で、牛丸は待っていた。
「へっへ~ん!これで少しは見直したか!」
「あー、はいはい。クローリア、助かった。どうもな~」
「あ、いえ……それほど強敵じゃなかったので」
「ちょっとー!あたし、頑張ったのにぃ~」
ニトが文句を言う。それは、ひとまず置いておくとして、アストルは話を戻した。
「それで、狐面は何か話したのか?」
「ええ、やっぱりサイモアが絡んでましたね。陽地方のみならず、月地方にまで進行しようともくろんでいたようです。今はまだサイモアの息がかかった狐面だけの犯行のようですが」
「よく話してくれたな。やっぱり、精神操作とかなんとか?」
「あ~、あれですか。嘘ですよ、嘘」
牛丸は笑いながらそう言った。
「え!?」
「そんなことできたら、苦労しませんって。ああいうのは、ちょっと脅してやればベラベラ喋るんです。まぁ、嘘をつくのが得意なのは本当ですがね」
「まったくだな。まだ、隠していることでもあるんじゃないのか?」
まだ、京水は不機嫌そうだ。
「いやぁ、あっしは情報屋ですから。これ以上は情報提供料金、いただきますぜ?」
「まったく……」
「すいませんねぇ、こっちもそれが仕事なもんで。だいぶ勝手に動いちまいましたから、代表に怒られました」
牛丸は肩をすくめてみせた。
「それはそうと。ニト、ちょっと頼みがあるんだが」
「何ですか?」
「陽地方の任務、代わりに行ってくれないか?代表に連絡入れたら、ニトに任せてお前は月地方に残れってさ。サイモアが拠点を増やそうと動いているらしくてな……この地方一帯に結界を張るように、だと」
やれやれ、と牛丸は手を挙げる。
「別にいいけど……何すればいいの?」
「失われた一族の捜索」
「失われた一族?……あ、思い出した。それって──」
「──エルトラム一族、だな?」
話の途中で、リエルナに付き添われた京月が入ってきた。
「京月!もう、大丈夫なのか?」
京水が慌てて駆け寄る。
「ああ。リエルナ殿のお陰だ。それで、エルトラムなのか?」
「ええ、その通りです」
牛丸は頷いた。
「エルトラムって?」
アストルは考え込んでいたシルゼンに目をやる。
「サイモアに滅ぼされた、安倍家と対をなす一族……だったか?」
シルゼンが思い出すように言った。サイモアに滅ぼされた……一体、サイモアはどれほどの国を壊してきたのだろう。
「ああ。我々安倍家が術を使うのに対し、彼らは武士道を。月と陽は、二つでひとつの国を作る。月は、太陽なくして輝くことはできない。エルトラムの力は、何としても取り戻したいところだ」
「しかし、簡単な話じゃないんですよ。生き残りがいるのは確からしいんですが、数が少なすぎるのと、サイモア兵がうじゃうじゃいるのとで……あっしは見事にサイモアの餌食になりまして、あのザマです」
「それで、あの怪我か……。状況は深刻だな」
「代表は、王子の力をあてにしてるんでしょう。いいですかい、王子。狐面との接触で、サイモアも気づいたはずだ。サイモアから逃げなくてはならないのも事実。ただ、サイモアに対抗できるだけの力を持ってるのも事実です」
「矛盾してるけど……そういうことなんだよな」
「──逃げても、いいの」
突然、リエルナがそう言った。どうも、最初に会った時とリエルナの様子が違う。それは日に日に感じていた。未だに素性を明かさない彼女だが、おそらく何かを知っている。
「リエルナ?」
アストルは眉間にしわを寄せ、首を傾げる。
「これ以上、進まなくてもいいの。──それでも、戦うの?」
リエルナは心配そうにアストルを見上げた。そんなリエルナに、アストルは笑って見せる。
「大丈夫だよ、リエルナ。俺は最後まで戦うよ」
「そう……」
しかし、リエルナは不安げな顔をして、俯いた。
「分かったの。それが、アストルの選択なら、従わなくちゃ……」
──あなたがこれ以上進むなら、話すべき時が来る
「どうしたんだ、リエルナ?何か、最近変だよな?」
──アストル、あなたは特別なの。この世界の何よりも
「時間は止まらないから……歪んでも、進むの……」
──特別なの、この世界に存在することが
「?」
アストルには、その言葉の意味が分からなかった。
世界は回り続ける。歪みを生じさせてもなお、止まることなく。
****
「まだ吐かないのか、ルクトス」
元々、王政だったころ使われていた城を改装して軍事拠点にした建物。その地下には、罪人や司令官ザイクを裏切ったものたちが収容されている。暗く、ジメジメしており、環境も劣悪。食事は1日に1回だけ少量与えられる。その一角に、ルクトスも閉じ込められていた。しかし、ルクトスはアストルについて少しも口を割らない。
「……ザイクか。お前が直接ここに来るなんて珍しいじゃねぇか。俺を脅しにでも来たか?何でそんなにこだわる?」
「お前には一生分かるまい。お前は、初めから与えられた人間だ」
ザイクは無表情だった。しかし、どこか寂しさと諦めが入り混じったような口調で言う。
「また小難しいことを……」
「今日は、お前に紹介したい人がいてな。彼なら、お前の息子を捕えられるかもしれない」
「誰を連れてきたって言うん……!?」
「紹介しよう、グレン王子だ」
「……お久しぶりです、ルクトス王」
ザイクの後ろからひとりの青年が現れ、一礼する。サイモアの黒い軍服に身を包む青年、それは紛れもなくグレンだった。
さすがのルクトスも、これには動揺する。
「お前は、アランの……何で?」
「あなたには……あなたたちには分かりませんよ。持たない人間の苦しみなんて……」
グレンは俯く。
「では、我々はこれで失礼する。安心しろ、お前の息子は力のありかを聞き出すまで殺しはしない」
2人が出て行ったあと、ルクトスは苔むした壁に寄りかかった。ひとつ大きなため息をつくと、かすかに安堵の表情を浮かべて目を閉じる。
「……グレン、完全に裏切ることはできてねぇみてぇだな。お前がアストルの力のこと、知らないわけないだろ?まだ、迷ってるんだろ……?」
ザイクは隣を歩くグレンに鋭い視線を投げかけた。
「再度聞くようだが、本当に例の力が何なのかは知らないのか?」
「何度も言っているはずです。アストルとは、親しい間柄ではありませんでしたから」
グレンはどきりとしながらも、それが表に出ないように答えた。ザイクはそんなグレンをしばらく見た後、気味の悪い笑みを浮かべる。
「そうか……その言葉、信じるとしよう」
彼は、俺のことを信用してはいない。グレンには、はっきりと分かった。地下からの階段を上りきると、ゼロが姿を現す。
「では、グレン王子、私はここで。貴殿の働き、期待している」
ザイクとゼロは、何か話しながらどこかへ行ってしまった。
残されたグレンも、与えられた自室に戻ることにする。こうしてサイモアに来たのは自分の意志だが、ザイクの甘言に惑わされたといえばそうかもしれない。ザイクは、人の心の闇を見抜くことに長けている。見事に、自分はそれに引っかかったのだろう。父は今頃、躍起になっているのだろうな。そうなることも、俺は望んでいたのかもしれない。
グレンは、自らを嘲笑った。
(別に、アストルがどうなろうと、俺には関係ない。関係ないんだ……)
グレンは、足早に廊下を歩いていった。
次回、陽地方編「失われた一族」の話です。