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アルタジア  作者: 桜花シキ
第6章 陽月国─月─
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再び昇る月

「上手く隠せたと、思っていたのだがな」


 京水は、唇を噛んだ。


「甘いわ。じゃが、今回は妾だけの力では分からなかったかもしれんのぅ」


「どういうことだ?」


 京月が身を乗り出す。


「裏に、サイモアがいるんでしょう?で、サイモアお得意の機械か何かを使ったってところか」


 牛丸が唐突に言った。


「ほぅ、おぬしは?」


 牛丸はニトの方を振り返る。


「ニト、矢の回収よろしくな。あの矢尻、神石だから」


「もー!どうして皆あたしにやらせるのさー!」


 文句を言いながら、ニトは走っていく。その姿を目で追いながら、牛丸は狐面の問いに答えた。


「あっしは、情報屋──夜弦与一ってのが、本当の名です」


「情報屋……お前がか?」


 京月は驚いたように、目を丸くする。いつもの様子からは、まったく予想もしていなかった。


「あたしの先輩で、今回の協力者なんだよ」


 神石を回収したニトが戻ってくる。ニトは、何やら牛丸に抗議の声を上げていたようだが、相手にされなかったらしい。とぼとぼ、こちらに歩いてくる。

 それにしても、この大陸にいるという協力者は、彼だったのか。


「ただ……京月様に仕えていたのは、あくまであっしの気まぐれです。情報屋の仕事じゃあない。あっしは、陽地方の任務に出てたんですが、ヘマしちまいましてね。京月様に助けられたというわけです。お礼と言っちゃなんですが、タダ働きしてたんでさ。京月様、京水様──それに、京獄様の話も知ってましたんで。黙っていて申し訳ありません。怒るなりなんなり、してもらって構わねぇですぜ?」

 

 驚いている京月に、牛丸はそう言った。初めはじっと牛丸を見つめていたが、やがて京月は穏やかに微笑む。


「いや、むしろ礼が言いたい。今まで、お前には随分と世話になったからな」


「へへっ……そりゃ、どうも」


 京月と牛丸が仲良く話しているのが気にくわなかったのか、京水が間に割って入る。


「とにかくだ。情報屋、こいつらどうする?」


 ぶっきらぼうに、京水は牛丸を見る。


「そうですねぇ……仕事じゃねぇですが、ここまできたら最後までやりましょうか」


「牛ま……与一、狐面だが……」


「今まで通り、牛丸で結構ですぜ」

 

「……牛丸、狐面は私ひとりに任せて欲しい」


「京月、私も……」


 腰に差していた刀に手をかける京水に、京月は首を横に振った。


「京水殿、ここは私ひとりに……頼みます」


 京月は、じっと京水を見た。


──こういう頑固さは、京獄と同じだな。


 しばらくそうした後、ついに京水が折れた。


「……危なくなったら、すぐ助けに入るからな」


 一段落、話がまとまったところで、牛丸はニトにこれからの動向を伝える。


「ニト、やつらの拠点は潰したが、おそらくここにも隠れた仲間がいるはずだ。そいつらを、京月様の邪魔にならないように片付けるぞ」


 待ってましたとばかりに、ニトは胸を張る。


「じゃー、そいつらはあたしたちに任せて!ニト=フロウちゃん本領発揮!」


「無茶すんなよ……って、行っちまいやがった」


 何も考えず、ニトは走っていってしまった。どこに敵がいるか分かっているのだろうか?


「僕が追いかけます」


 慌ててクローリアがその後を追う。


「俺たちも、援護しよう」


 アストルたちも、村人に被害がでないよう戦闘態勢に入った。




「おい!お前たちが、狐面の仲間か?ふっふっふ……あたしに会ったのが運の尽き、ボッコボコにしちゃうからね~!」


「ちょっと、ニト!何で自分から出て行っちゃうんだよ……」

 

 盛大に道に迷うニトを何とか捕まえ、やっとのことで敵を見つけたのだが、不意打ちしようと考えていたクローリアに反して、ニトは堂々と敵に姿をさらしてしまった。仕方なく、クローリアも出て行く。


「あぁ?何だ、てめーら!俺たち狐面の邪魔しようってか?」


 刀や斧を背負った、荒々しい男たちがギロリとこちらを睨みつける。狐面とは違い、術は使えないようだ。あっさり自分から狐面の仲間だと明かしてしまうあたり、挑発には乗りやすいのか。


「逃げるなら、今のうちだぜ?てめぇらみたいなガキが俺たちに楯突こうなんて、無謀にもほどがあるぜぇ?」


 男たちは、黄色い歯を見せながらニタニタ笑うと、わざとらしく武器を振り回した。


「クローリア、半分ずつやっちゃおうか」


「ニト、ひとりで大丈夫……って、行っちゃった。ちょっと、ニトってば!」


「おおっと、てめぇの相手は俺たちだぜ?」


 追いかけようとしたクローリアを、数人の男たちが取り囲む。仕方なく、クローリアは銃を構えた。

 男たちは、じりじりとクローリアと間合いをつめ、一斉に襲いかかる。


「一斉攻撃か……でも、シルゼンとかグレン様に比べたら、足元にも及ばないよ。これくらいなら、僕でも何とかなるかな」


「んだとぉ!?」


 男たちが挑発に乗りやすいことを見込んで、あえて刺激を与える。思った通り、男たちはその言葉に怒り、感情のままに動いていた。

 落ち着いた様子で、クローリアは男たちの動きを目で捉える。遅い。シルゼンやグレンと比べたら、各段に。

 怒った男たちが一斉に武器を振り下ろす。その瞬間を見計らい、クローリアは攻撃を仕掛けた。


連射(マシンガン)──回転(リボルブ)!」


 赤い光が、円を描いて散った。




「待ちやがれ!」


「ついてくるなー!」


 クローリアと別れたニトはひとり、男たちに追いかけられていた。


「さっきまでの威勢の良さはどうしたよ?」


 半ば馬鹿にするように男たちは笑う。


「あたしについてこない方がいいってば~!」


 ついてこない方がいい。それは本心からの忠告だ。ニトの持つ、天性の悪運をなめてはいけない。


「なーに、バカなこと言って……うわあぁぁぁ!?」


 走るニトたちが草むらを抜けるとすぐ、眼前に崖が姿を現した。勢い余って、男たちは真っ逆さまに落ちてゆく。ニトは間一髪、両腕に装備していた鎖を近くに生えている木に巻き付け、放り出されずに済んだ。


「だから言ったのに……」


 ニトは、苦い顔をしながら崖の下を見下ろした。


「……あ、いた」


 よく見てみると、必死に崖にしがみつく男たちの姿があった。


「おじさんたち~!そこで、戦いが終わるまでじっとしてなよ」


 ニトは、悔しそうに見上げる男たちを後目にクローリアの元へと戻っていった。



 京月は、ピッ、と腰に差していた短い刀で左手の手のひらに傷をつける。そこから滴る鮮血を、懐から取り出した神布に染み込ませた。


「神布よ、我が血と共鳴し力を与えたまえ……白虎!」


 京月が唱えると、神布から白い光が立ち昇り、巨大な白虎の姿を形作った。召喚された白虎は、狐面めがけて突進していく。


「白虎ごとき、妾には通用せぬぞ。行け、邪鬼……やつをなぎ倒せ!」


 狐面は、再び邪鬼を召喚する。召喚された邪鬼は、いとも簡単に白虎の巨体をなぎ払った。吹っ飛ばされた白虎は、地面に叩きつけられ、その姿を消す。


「白虎!……やはり、あれを使うしかないか」


 京月は、まったく歯が立たなかったことに顔をしかめ、最終手段に手を出す。京月は、さらに自分の体を傷つけた。京月の白い衣が、みるみる赤く染まっていく。


「我に流れる月の息吹、今こそ力を──夜王月鬼やおうげっき!」


 京月の赤い瞳が怪しい光を放つ。それと同時に、金色の光が京月を包んだ。その光の中から姿を現したのは、禍々しい邪鬼とは異なり、美しさすら感じさせる鬼だった。しかし、よく見るとそれは京月であることに気づく。


「夜王月鬼か……自らに鬼の力を憑依させる、安倍家の秘奥。その力は、満月の夜に最も高まると言われておるが……今宵は新月。月の力は借りられぬぞ。妾とおぬし、どちらが優れた術者か、はっきりさせようではないか!」


 狐面は、面白そうに高笑いした。


「京水、あれ大丈夫なのか!?」


 大量に出血している京月を見て、アストルは京水に尋ねる。


「あの衣は、神布でできている。あの術を使うにはそれだけ血が必要だ。本気なんだな……京月」


 鬼と化した京月と狐面の召喚した邪鬼が激しくぶつかり合う。力は京月の方が上回っていたようだ。邪鬼はすぐに崩れ去った。


「ククク……やりおるわ。妾も本気を出さねばのぅ──邪王鬼、妾とひとつになれ!」


 そう叫ぶやいなや、狐面から禍々しい黒いオーラが立ち昇る。狐面も京月同様に鬼と一体化したようだ。しかし、こちらはただ禍々しく、黒い殺意の塊。化け物だった。

 再び両者がぶつかり合う。その差は明確だった。


「京月!」


 皆が一斉に叫ぶ。鬼となった狐面の力は、もはや歯止めが利かない。軽々と京月を弾き飛ばす。


(そんな……これで通用しなければ、もう後が……。月の光があればな……)


 死を覚悟した京月の頭に、誰かの声が届いた。それは、とても懐かしい声。


──京月、光はどこにある?


「……兄上?」


──力をくれるものは、どこにある?


 京月の耳に、自分の名を呼ぶ人々の声が聞こえた。その声に、京月は我に返る。


「私の、光は──」


 京月に再び力が戻った。地面を蹴り、狐面へと向かっていく。


「まだ足掻くか!」


 金色の光と黒い光がぶつかった。そのうちに、狐面は異変に気がつく。


「なに!?なぜ、なぜだ……なぜ妾がおされておる!?」


 驚く狐面。その間にも、どんどんおされていく。必死に押し返そうと、苦しげな声をあげている狐面に対して、京月はうっすらと笑みを浮かべた。


──兄上、感謝します。


 金色の光が、闇を切り裂いた。

 



 地面に倒れた狐面は、苦しそうにもがいていた。憑依の解けた京月も、やっとの思いで立っている。


(あと、あと一撃……。私の力を全て賭ければ……)


 だいぶ血を使ってしまった。足元がふらつく。頭もぼうっとしてきた。それでも、あと少し、あと少しで我々兄妹の悲願が果たされるのだ。おぼつかない足取りで、京月は狐面に近づく。


「京月様、もういいでしょう?」


 不意に、京月の左腕が掴まれた。


「牛……丸……、まだ……後……少しなんだ……」


「それ以上、力を使えば死にますぜ?」


「それでも……仇を……」


「はぁ…馬鹿ですかい、京月様?」


 牛丸は呆れたようにため息をついた。


「……?」


「兄君は、何のために身代わりになったと思ってるんで?」


「それは……私に、父の仇を……」


「京月様、あなたに生きて欲しいからじゃないんですかい?」


「私に……生きて……?」


「仇討ちは、後でもできます。とりあえず、こいつは捕まえて、落ち着いてからどうするか考えましょう。仇であれ、命を奪うことに変わりはない。それでも仇を討ちたいのであれば、あっしは止めません。ただ……あっしを助けてくれた優しい手で、そういうことをして欲しくなかったもんで」


 そこに、京水もあいづちをうつ。


「こいつの考えに同意するわけではないが、京獄はお前を守りたかったんだよ。それは、確かだ」


 二人の意見に納得したのか、京月はそのまま気を失った。


「私に任せて。手当するから、早くお家まで運んでほしいの」


 京水は京月を抱え、牛車まで戻る。リエルナもその後に続いた。


「じゃあ、こいつは動きを封じておきましょうか」


 牛丸は倒れている狐面の前に立つ。ぼろぼろになりながらも、狐面はそこから離れようともがいた。


「ま、待たんか!ええい、近寄るでない!」


「ちっと、黙っててもらえませんかね?封呪束縛(ふうじゅそくばく)


 牛丸の放った矢は、邪鬼を封じた時と同じように地面に突き刺さり、星の陣を組む。その陣から立ち昇った光は、狐面の体を押さえつけた。


「くぅ……妾が貴様ごときに……」


 恨めしそうに、狐面は牛丸を見上げた。


「さーて、聞きたいことはたっぷりあるぜ。サイモアとあんたらの繋がりとかな」


「ククク……話すと思うかぇ?」


「話しますよ。あっしの特技は、精神操作ですからね。タチが悪いでしょ?」


「ぐ……」


「頭をひっかき回される前に、話した方が身のためだと思いますぜ?」


 そう言って、牛丸はニヤリと笑った。


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