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アルタジア  作者: 桜花シキ
第6章 陽月国─月─
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水面に揺れる月

 道が険しくなってきた。ふもとの村で確認したところ、狐面の居場所を尋ねてきた男がいたという。


「特徴からいって、牛丸だろう。お京殿の姿がなかったのは気になるが……どこかに隠れていたことを祈る」


 京獄たちは、その村に牛車を停め、山を登ることにした。必要最低限の武器やら神布やらをみんなで分けて背負い、運んでいく。

 そんな中、村人たちが京獄に駆け寄った。


「京獄様、大丈夫なんですかい?無理せんでくだせぇ…あんたまで京月様みたくなっちゃあな……」


「あんたにゃ、術が使えねぇんだ。ここに残ってた方がいいんじゃねぇか?」


 皆、京獄を心配しているようだ。これも京獄の人徳といったところか。

 心配する村人に、京獄は首を横に振る。


「大丈夫、私も行くさ。策はあるんだ」


 先ほども、牛車の中でそう言っていた。


「どんな策なんだ?」


 アストルは尋ねる。


「それは、まだ教えられない。一度きりの勝負だからね」


──ざわ


 背をなでるように、気持ちの悪い風が吹き抜ける。


──ざわざわざわ


 次第に、それは激しさを増していく。京獄は、風の吹いてくる方を見た。


「この風は──」





──それで、妾の目をごまかしたつもりかぇ?





 不気味に響く老婆のしわがれた声。


 ごう、と激しく風が鳴る。風が収まり目を開けてみると、そこには笑い顔の狐面を被った長い白髪の女が立っていた。しわだらけの手に、やせ細った体。しかし、そこからは想像できない程の、強い力を感じる。

 こいつが、狐面の親玉なのだろうか?


「確かによう似ておるわ……妾もしばし騙されておった」


 老婆は笑い声でそう言いながら、京獄を眺めた。

 京獄は身を固め、平常心を保とうとしている。


「何の話だろうか?」


「ククク……皆にも言うたらどうじゃ?おぬしの正体を」


「何を……」


「そういえば、5年前この村の神社で執り行われたのじゃったなぁ……。もう、挨拶は済ませたのかぇ?おぬしも、これから兄君と同じ場所に行くのじゃからなぁ……京月!」


 京月。確かに今、そう聞こえた。

 どういうことなのだろう?


 京月は、死んだのではなかったのか?


「貴様、気づいて……」


 京獄は大きく目を開き、声を震わせる。


「妾としたことが、獲物を捕らえ損ねるとは……死ねい!」


 狐面の老婆から、黒い影が立ち上る。やがて、それは巨大な黒い鬼の形をとった。


「邪鬼よ……行け!」


「邪鬼を使役するなんて……」


 鬼の鋭い爪が、京獄めがけて襲いかかる。


「くっ……」


「京獄!」


 アストルが叫ぶも、よける暇はない。



──封呪の矢!



 鬼の爪が寸前に迫ったとき、突然赤い光を帯びた矢が5本、鬼を取り囲むように降り注いだ。それは地面に突き刺さると、巨大な星の印を組む。


【ギャオオオオオッ!】


 鬼は悲鳴をあげながらその場に倒れ、跡形もなく消え去った。


「──危ねぇですぜ、しっかりして下せぇ」


 ぽん、と肩を叩いたのは、弓矢を携えた牛丸だった。


「牛丸!?なぜ、ここに?」


「やつらの拠点に入ってみりゃ、雑魚しかいなかったんで。親玉はどこに行ったのかと来てみれば……」


「白々しいな……こいつがここに現れることは、知っていたのだろう?まぁ、おかげで不意打ちできたが……私は以前からお前のことが気にくわなかったのだ。私たちのことも、知っていたくせに黙っていたのだから、なおさらな」


「まぁまぁ、そう怒らんでくだせぇよ。こっちも正体がばれちゃあ、仕事にならねぇもんで」


 牛丸と話している少年は、一体誰なのだろう?雰囲気は、どこかで──


「誰……?」


「私だ、私」


 少年はアストルたちに向き直る。よく見てみると、やっと分かった。


「えぇ!?お京……さん?」


「本当の名は、京水だ。京獄と京月のいとこの。元々、私は京月の許婚だったんだ」


「ふむ……京水まで生きていたとはのぅ。おぬしも、あの時死んだものと思うておったが……京獄を守れなかった男よ」 


「否定するつもりはない……それは分かっている。ばれていたということか。京獄と京月の入れ替わりが」


「入れ替わり?」



──京獄、京月の父が殺された後


「では、次の領主は──京月様でよろしいか?」


「異議はない。実力から言えば、相応だろう」


「しかし、儀式の最中……また、やつらが狙いにくるかもしれん」


「京月様を潰されては、安倍の家は……」



「──私を、その時の代わり身にして下さい」


「なっ、京獄様!?」


「何もなければ、それでよいのです。しかし、もしもの時のために、私が京月の代わりになります」


「しかし……」


「私に神布を使う力はありません。これは、安倍家を守るため……妹を守るためです。京月が死んだと思わせれば、力のない京獄を狙ったりはしないでしょう。京月が力を蓄えるまで、正体を隠す……京月なら、父上の仇も討てます。これは、私の願いでもあるのですよ」


 父の敵が討てる。しかし、それは周囲の人間の迷いを断ち切るために切り出した理由で、本当のわけは至極簡単なものだった。

 ただ、京月には生きていてほしかった。それだけだった。





「──京獄、話は父上から聞いたぞ。本気なのか?」


「京水、君としてもその方がいいだろう?」


「私は、京月もお前も……どちらも大切だよ」


「優しいな、君は」


「お前ほどではないさ。──私も、当日はお前の護衛に入る」


「いや、いいよ。君まで、危険にさらす必要はない」


「そう言われて納得できるわけないだろう。何と言われようが、私は行く」


「京水……京月をひとりにしないでくれよ?あいつは、寂しがり屋だからね……」




──儀式当日の朝



「京月……ちと、こちらに入っておくれ」


 母が、小屋の前で京月を手招きする。


「母上?その小屋に何かあるのですか?」


 儀式のための着替えを済ませた京月は、小屋を覗き込んだ。特に変わったことはない、何もないがらんとした空間。


──ドン


 背中を押された京月は、そのまま小屋に転がり込んだ。背後で勢いよく扉が閉ざされる。


「母上!?何をするのですか!開けて……開けて下さい!儀式が始まってしまいます!」


「すまぬ、すまぬ……ああああああっ!」


「母上?母上、どうして泣いておられるのですか?」


 母は答えず、小屋に鍵をしっかりかけた。次第に泣き声が遠ざかる。


「母上、何をお考えなのですか!」


 京月は扉を叩き続けたが、びくともしない。神布も、着替えたときに置いてきてしまった。


 ギシギシと、小屋が風できしむ音。京月は、その風に何か不吉なものを感じ、扉を夢中で叩き続けた。




 近くの村の神社で執り行われている儀式は、順調に進んでいた。恐れていた、狐面の動きもまだない。

 京月に化けた京獄が、いよいよ領主就任の儀、最後の段階に入る。社から続く長い階段を下り、鳥居の前で人々に宣言すれば終わりだ。


──狐面……来ないのか?


 そう思ったとき、京水はかすかな殺気と呪術の力を捉えた。

 京獄は、鳥居の前に立ち、狙うなら絶好の状況だ。


「伏せろ!」


 京水はとっさに京獄の前に出た。術者でない京獄に、こんなかすかな力、気づけるはずがない。言ったところで、間に合わないことは分かっていた。

 京水を、黒く丸い塊が襲った。


「ぐっ……呪術の玉か……」


 京水はその場に倒れ込む。


「京水!?」


「京ご……京月様、逃げて下さい!ここは、私が食い止めます!」


 先ほど攻撃を受けた衝撃で、恐らく体のあちこちが悲鳴をあげているはずだ。しかし、京水は苦しそうに息をしながらも、まだ立ち上がろうとしている。

 京獄の目にも、今度は狐面の姿が映った。再び、呪術の準備をしているようだ。


──あれは、私を殺すまでやるつもりだ。


 京獄は覚悟を決めると、京水の耳元で囁いた。


「──いや、京水……逃げるのは、君の方だ。私はここで、やつに討たれる」


「何を!?」


「私が……京月が死なない限り、やつらはどこまでも狙ってくるだろう。だが、力のない京獄しかいないとなれば、執拗に襲われることもあるまい」


「待っ──」


「京水、後は任せる。お前は、死んだふりをしてやり過ごすんだ。あいつを──守ってやってくれ」


 次の瞬間──


 京水の目の前で、京獄は討たれた。


(──京獄!)


 京水は、叫びたいのをこらえて、京獄に従った。そうしないと、京獄が守ろうとしたものまで、失ってしまうから。



「京月様、今日からあなたは京獄として生きるのです」


「意味が……分かりません。兄上は?」


「──兄君は、殺されました」


 驚き声も出ない京月に、これまでのいきさつが話される。


「なぜ……なぜ、私に教えて下さらなかったのですか!?」


「兄君の、ご意志です。──時を見て、いずれ父君と兄君の仇を」


──なぜ……なぜ、私の身代わりになど……。なぜ、私にだけ……こんな力……。


 




「──無事に、儀式も終わりましたな」


 兄の葬儀が終わると、再び領主就任の儀式が執り行われた。あの日の風は、吹いていない。


「……」


「参りましょう──京獄様」


「……ああ」


 私は──安倍京獄。


 京月は──死んだのだ。


 来たる日まで、私はあなたを演じましょう──兄上。


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