赤く染まる月
──なぜ……なぜ私に教えて下さらなかったのですか!
お京たちの捜索のため、目撃情報のあった狐面の縄張りへ向かうべく、アストルたちを乗せた牛車は進んでいた。
牛車は全部で5台ほど。一番前方を走っているのは、京獄の従者であり神布使いの精鋭たちを乗せた牛車だ。その次に、京獄、アストル、クローリア、シルゼンを乗せた牛車が、さらにその後ろにはリエルナ、ニトを乗せた牛車が続く。残りの2台は、いざという時の囮と、神布や武器を積んだものだ。その牛車を守るように、武装した騎兵が取り囲んでいる。
一定の間隔で刻まれる蹄の音を聞きながら、京獄はぼんやり外を眺めていた。
「──く!京獄!」
突然アストルに声をかけられ、京獄ははっ、と我に返る。
「──ん?ああ、すまない。少し考え事をしていてな……。どうした?」
「大丈夫か?──京獄は、術が使えないんだろ?どうやって戦うつもりなんだ?」
「まぁ、考えはあるんだ」
今が、動くべき時だ。京獄ははやる心を悟られないように答えた。
「こんなこと聞くのもあれなんだけど……京獄の妹ってどんな人だったんだ?」
「私の妹か……名は京月といった。双子だから、私と背格好はさほど変わらなかったが……私と違い、強い術者だったな」
「それが、どうして?」
「知りたいのか?」
「あ、いや……無理にとは言わないけど、少し気になってさ」
「そうだな、話しておくか。あれは、今から5年前のことだ……」
──京獄、10歳
神布術を使う一族として、陽月国の月地方を治めていた安倍家。その安倍家に産まれた双子の兄妹は、それぞれ京獄、京月と名付けられた。
瓜二つの2人だったが、その間に存在する決定的な違い。それは、神布を扱う才能。
神布は、神石を織り込み作られる特殊な布。それゆえに、術の強さは神石の力をどれだけ使えるかにかかっている。しかし、神石を使うための力は、生まれながらにして個人差があるのだ。
結果として、京月はずば抜けた才能を持ち合わせていたが、京獄にはまったくその才能がなかった。
2人が10歳になったある日、突然父親が死んだ。──殺されたのだ。犯人は、かねてから安倍家と敵対していた狐面の呪術集団だと噂された。
狐面の呪術集団は、安倍家同様に神布を使う術者が集まってできたものだが、安倍家と違い、使うのは人々を苦しめる呪術。彼らは隙あらばこの土地を乗っ取ろうと、目を光らせていた。そんな中、かつての領主だった父は、夜の闇の中、外出先から帰る途中に暗殺されたのだ。
悲しみに暮れる中、京獄と京月はある重大な選択の渦中にいた。
──次の領主はどちらか?
順であれば、京獄が後を継ぐ。しかし、双子ゆえに意見は割れた。力は、明らかに妹の京月の方が上なのだから。
「それで、どうなったんだ?」
「結局、京月が後を継ぐことになった。だが、京月はその後を継ぐための儀式の最中、狐面のやつらに──殺されたそうだ」
「そうだ?」
「私は、訳あってその場に立ちあうことができなかった……とても、後悔している」
京獄はうつむいた。その様子に、アストルは慌てて謝る。
「悪い、こんなこと聞いて……」
しかし、京獄は顔をあげると首を横に振った。
「構わない。おかげで、私も気持ちが固まったよ」
京獄は、窓の外に目をやった。まだ日はでている。暗くなってしまうと、闇夜に慣れた狐面の方が戦いに有利になってしまうため、明るいうちにやつらの縄張りを目指す。
それにしても、やはり何かが引っかかる。京獄の口振りのせいなのか…先程の話に違和感を覚えた。それは、初めに感じたものと同じだ。
何か、隠していることがあるのではないだろうか?
アストルは疑問を感じつつ、牛車に揺られていた。
「うぇぇ……酔った……」
リエルナとニトを乗せた牛車の中で、車酔いをしたニトが気持ち悪そうに横になっていた。ニトが酔ってしまうのは乗り物全般といったところだろうか。
「大丈夫なの?」
リエルナがニトの背中をさする。
「うん、大丈……うぇぇ……。大丈夫だよ、リエルナ……」
「そ、そう…」
弱々しく微笑むニトに、さすがのリエルナも苦笑いを浮かべる。
少し落ち着いてきたのか、ニトは背中をさすってくれていたリエルナに尋ねた。
「うぅ……、あのさ、ちょっと聞いてもいいかな?」
「なぁに?」
「リエルナについて。あなたの情報は、まったくと言っていいほどないんだ。情報屋が分からないなんて、あなた何者?」
どきり、とリエルナの心臓が鳴った。
リエルナはしばらく口を閉じていたが、アストルたちに言ったように返す。
「私は……。まだ、話せないの……」
リエルナは俯く。
「理由、ありそうだね?」
「まだ、話せないけど、話さなきゃいけなくなるから……もう少しだけ、待ってほしいの」
リエルナは、嘘をついているわけではなさそうだ。
ニトは、無理にそれ以上聞くのを止めた。
「そっか……分かった。話せるようになったら、教えてね」
リエルナは、小さく頷いた。
(私も、最初はそれでいいと、思ってた。でも……今は、話すのが怖い)
「牛丸、そちらはどうでした?」
人里まで話を聞きにおりていた牛丸が、草むらに身を潜めるお京の元へと戻ってきた。
「予想通り、ここがやつらの拠点らしいですぜ。こんな人里離れた山奥の地面の下に、穴掘って住んでるたぁ驚きだ」
「逆に入りにくいですね。このように狭く暗い場所での戦闘は、やつらの十八番でしょうから……」
「入るんですかい?何で、あなたがそこまであの狐面にこだわるんで?」
「あなたも知っているでしょう?京月様の仇だから、ですよ」
それなら、確かにそうかもしれない。
だが──
「まぁ、それはそうでしょうが……あなたは会ったこともないんじゃありませんで?」
その言葉に、お京は息をのむ。会ったこともない相手のために、命を懸けられるのか。そう聞かれているのだろう。しかし、お京は別なことに気がいっていた。
なぜ、この男はそのことを知っているのか。まだ安倍家に来て半年ほどしか経っていない、この男が。
「……許嫁の妹君です。当然でしょう」
お京は少し溜めてから言った。
「へぇ……そうですかい」
牛丸はそれ以上言及しなかったが、確信を得たような顔をしていた。
2人は穴の近くの草むらに息を潜め、狐面と接触する機会を狙う。
日が、南より西に傾きはじめた。