表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルタジア  作者: 桜花シキ
第6章 陽月国─月─
42/109

震える月

 翌日、アストルはいつもより早く目を覚ました。何か異様な空気を察知したのだ。

 なにやら、離れたところから慌てた人々の声が聞こえてくる。みんなも気がついたらしく、その話声に耳を澄ませていた。


──……が……に襲われて……なく……


 ごちゃごちゃしていて、大事な部分が聞き取れない。しかし、誰かが襲われたというような単語があった。


「クローリア、聞こえたか?」


「うーん、誰かが襲われたとか……詳しくは分からないよ」


「ちょっと、見てみるか」


 アストルは、廊下と部屋とを仕切っていた襖を少し開けた。朝日に目を細めながら、廊下の様子を確認する。

 この部屋の前にある廊下を右にずっと行ったところ。少し開けた場所になっていて、そこで屋敷の人間が集まって話している。

 人溜まりの中心には、京獄が青い顔をして立っていた。


「──私のせいだ。無理に夜道を帰すのではなかった!」


「京獄様のせいではありませぬ。すべては……すべてはあの狐面の呪術師の仕業にございます」


「……もう我慢ならぬ。京獄殿、今こそ復讐の時ではありませぬか!?」


「それだけは、なりませぬ!」


「母上……」


 話を聞いていた京獄の母が声をあげた。その悲痛さに、京獄を含め周囲の人間が言い争っていた口を閉ざす。





 アストルは、襖を閉めてみんなの方を向いた。


「なんか、すごくもめてるみたいだ。良くないことがあったんだ、きっと」


「どうする、王子?行ってみる?」


「アストルでいいよ、ニト。そうだな、行ってみるか」





「しかし、いつまで黙って見ているつもりでございます!?京獄殿は、いかがお考えか?」


「私は──」


 もめている人混みの中に、アストルは割って入った。


「ちょっと、割り込むようで悪いんだけど、何かあったのか?」


 先ほど声を荒げていた年配の男は、きまり悪そうに顔をしかめる。


「お客人に話すようなことではない」


「そんな言い方はよせ。しかし、こちらの問題であるのは確かだ。心配しないでくれ」


 この状況で、心配するなと言われる方が無理だろう。


「何か、力になれないか?」


 アストルがそう尋ねた。すると、先ほどの男がまた声を荒げる。


「ならん!戦にでも出ていただかない限りな!」


「おい、よせ……」


 京獄が興奮する男をなだめる。

 戦、という言葉にシルゼンが反応した。


「戦……何か荒事か?」


「関係ないと言っているだろう!」


「理由を聞かせてもらえれば、俺も戦うよ」


 アストルは、たまらなくなってそう言った。


「ありゃ~、言っちゃった」


「アストル、本当に君は……」


 困っている人を見ると、放っておけないのがアストルだ。みんな呆れながらも、こうなることは何となく予想していた。


「──あなたたちだけで、どれほどの戦力になる?」


 京獄は、目を細めた。また、何かを見透かすように。


「そこそこ、力にはなれると思う。理由を聞かせてもらえないか?」


 今回は、しばらくじっと眺めていた。

 ひと通り眺め終わると目を閉じ、小さく頷く。


「──母上、今回ばかりは私も黙って見過ごすわけには参りません。なにとぞ、ご理解下さい」


「京獄!」


 京獄の母が悲痛な声をあげるが、京獄は話し始めた。


「昨晩、お京殿は牛丸の牛車に乗って実家に帰っていった。その帰り道、何者かに襲われ行方が分からなくなっているのだ。その様子を見ていた百姓が、狐の面を被った怪しい人物だったと言っている」


「狐の面……心当たりはないのか?」


 京獄は動きを止めた。

 しばらく黙り込んでいたが、やがて決心した表情を浮かべる。

 京獄は切り出した。


「王子、助力していただけるというのなら、もうひとつ頼みを聞いていただけないだろうか?」


「どんな頼みなんだ?」


「私は、その狐面を倒したい。そいつは、私の双子の妹を殺した」


「双子の……妹を?」


 京獄は、悲しそうな顔をしたが、どこか違和感を感じた。

 悲しんでいるのが嘘だという意味ではない。ただ、何かが引っかかるのだ。


「いかがだろうか?度重なる頼みで、まことに申し訳ない」


 京獄は頭を下げた。


「できる限り協力はするけど……まずは、いなくなった2人を探そう」


 腑に落ちないこともあるが、放ってはおけない。アストルたちは2人の捜索を手伝うことになった。


「申し訳ない」


 京獄は、さらに深く頭を下げる。その声は、少し震えていた。


「──でも、2人は大丈夫だと思うよ」


 重々しい空気を裂くように、ニトは言った。その顔は、随分と余裕を感じさせる。


「何か、自信ありげだな」


 アストルは首を傾げる。


「まぁ、ちょっとね」


 ニトは訳ありげに、そう言った。


****


「うへぇ、ひどい目にあった……」


 お京を自宅まで送る道中、いきなり狐面の集団に襲われた。牛丸がいつも通っていた抜け道は、普通なら知り得ない道だ。

 やつらは、以前から狙っていたということか。

 間一髪、牛丸はお京を担いで逃げることに成功し、敵を撒いた。

 草むらに身を隠し、牛丸は腰を下ろす。その隣に、お京が座っている。


「……今回は助かりました。礼を言っておきます」


 珍しく、お京が礼を言った。

 

「やめてくだせぇ。あなたが礼を言うなんて、もっと悪いことが起きそうじゃねぇですか」


「なっ!?人の好意をなんだと思っているのですか!」


 思わず大きな声を出すお京に、牛丸は注意する。


「お京様、少し静かに。やつら、まだ近くにいるかも分かりませんぜ」


「そうですね……」


 お京は、慌てて口に手をあてた。

 撒いたとはいえ、こんな暗闇では状況がさっぱりつかめない。


「それにしても……牛丸、あなたは本当にただの牛飼いなのですか?先ほどの身のこなし、並の人間とは思えませぬ」


 緊急事態に陥ってとった牛丸の行動は、あまりに迅速だった。まるで、こういうことに慣れているかのように。怪我をして倒れていたところを助けたという話を京獄から聞いていたお京は、どうしてそんな怪我をと疑問に思っていた。本人が話した理由としては、高いところから落ちたせいだということらしいが、それをすんなり受け入れるほど、お京は甘くない。

 今のところ、牛丸が京獄に危害を加える様子はない。それが目的で近づいたのではないということは、そういう気配に敏感な京獄が何も言わないことが物語っている。

 しかし、よく分からない人間を京獄の傍に置いて置くこと自体お京にとっては不安で仕方がなかった。少しでも不審な行動があれば、京獄の耳に入れておく必要がある。


「買いかぶりすぎですぜ。あっしは見ての通り、薄汚いただの牛飼い。それだけです」


 牛丸は笑いながら、そう言った。


「……そうですか」


 納得はしていないものの、今はそんなことをどうこう考えている場合ではない。そう思ったお京は頷いた。


「これから、どうします?このまま野宿はつらいでしょう?」


「私は平気です。あなたがしっかり見張っていて下さるのなら」


 お京はその場に横になる。


「へいへい、お任せください。明るくなったら、帰りやしょう」


「──そのことですが、私はこのまま、あの狐面を追おうと思います」


 牛丸に背を向けているので表情は分からないが、声は真剣だ。

 牛丸は目を丸くする。


「そんな無茶な……ひとりで行く気ですかい?」


「牛丸、あなたも一緒に行くのですよ」


 お京は、顔だけ牛丸の方に向けた。


「はい?あっしは、あくまで京獄様にお仕えしているんであって……」


「私は、その許嫁です。私にもしものことがあれば、京極様に顔向けできますまい」


「うへぇ、無茶苦茶言いますな……」


「では、明日の朝やつらの手がかりを探しますよ」


「あっしは徹夜明けで仕事ですかい……」


 まぁ、この状況ではどうせあたりが気になって寝られないだろう。獣を近づけないために火を焚きたくとも、敵に気づかれてしまう可能性が高いため使えない。

 となれば、一晩中あたりの様子に気を配っておかなくてはならないのだ。


「お京様、ちゃんと眠れますかい?眠らないと、明日動けませんぜ」


「……今眠るところだったのです。黙っていなさい」


「へいへい」


 その日は、月も出ていない新月の夜だった。あたりは、一筋の光すらもない、一面の闇。時折、獣の鳴き声が響く。


 見張りを続ける牛丸の耳には、その晩寝息のひとつも聞こえてこなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ