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アルタジア  作者: 桜花シキ
第6章 陽月国─月─
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輝きを失った月

──チュンチュン


 庭に降り立った雀が二羽、鳴いている。穏やかな日差しが部屋の中に差し込む。ひとりの少年が、木造の家屋から縁側に姿を現した。短く切られた雪のように白い髪はくせではねており、瞳はその雪の上に滴った血を彷彿とさせる赤。術者独特の正装なのか、見慣れない服装をしている。

 陽月国・月地方領主、神布術の使い手の家の跡取りとして、この世に生を受けた。

 安倍京獄(あべのきょうごく)、まだ15歳だがすでにこの辺一帯を治める領主だ。


 神布術(しんふじゅつ)──それは、神石を特殊な加工で布に織り込み作る神の布に、自らの血を染み込ませることで、強大な力を呼び起こす術。

 その血は、選ばれた者の新鮮な血でなくてはならない。選ばれた一族、安倍家──

 安倍家の人間は、三日月の印が体のどこかに刻まれている。それは、もちろん京獄にも。


 だが、京獄には神布を使うことができなかった。


 少年は、縁側に座ると庭の雀を眺める。やがて、一羽が空に飛び立った。残された一羽も、しばらくしてその後を追う。

 彼方に消えてゆく姿をぼんやり眺めながら、京獄はぽつりと呟く。


「私は、これでよいのでしょうか……」


 少年は、その瞳の奥に、確かな炎を宿していた。


「私はこのまま、何もしないでよいのでしょうか……」


 何か考え込む京獄だったが、自分の名を呼ばれ、はっと我に返る。


「京獄、京獄はおるか?」

 

 渡り廊下を、女性が着物を引きずりながら早足で渡ってくる。京獄の母だ。


「……母上、私はここにおります。何用ですか?」


「おお、京獄……姿が見えぬから心配しておったのじゃ」


 京獄の母は、ひどく怯えたような表情で京獄の顔を撫でる。


──あの日から、母はおかしくなってしまった。


 極度に京獄の身を案じているのだ。


「母上、心配なさらずとも、私は敷地の内におりますよ。母上に黙って出かけたりなどいたしませぬ」


 京獄は優しく言い聞かせるが、母はまだ安心しない。京獄の手をしっかりと掴んだまま、じっとその顔を見つめている。


「京獄……母は心配なのじゃ。母には、もうお前しかおらぬ……お前に何かあったら、母は…母は…」


「母上、あの者たちに母上との約束が知れない限り、私の身は安全ですよ」


「そうであれば…よいのじゃが…」


「ええ、そうですとも。ささ、部屋にお戻り下さい」


 それを聞くと、ようやくふらふらと来た道を引き返していった。

 こういうことを、ほぼ毎日繰り返している。


「私が隠している限り、か」


 京獄は、また縁側に腰を下ろした。ふっ、とひとつため息をつく。


「どうなすったんで?暗い顔ですぜ」


 庭に続く裏口から、質素な服を着た男性が入ってきた。少し伸びた黒髪を束ねているが、いささか束ね方が適当でぼさぼさしている。


「──牛丸か」


 遠野牛丸(とおのうしまる)、まだ26歳だが、年の割に老けて見られることが多い。

 彼と京獄が出会ったのは、半年ほど前。道端で怪我をして動けなくなっていたところを、京獄に助けられたのだ。その恩だかで、今は京獄に仕える牛車引きとして働いている。 牛丸は、京獄の前まで歩いていき、片膝をついた。


「無事に、お京様をお連れいたしましたぜ。準備が終わり次第、お見えになるでしょう」


 お京というのは、京獄よりひとつ年上の許嫁だ。活発な少女で、頻繁にこの屋敷を訪ねてくる。もう少し回数を減らしてもよいのではと京獄が言っても、まったく聞かないので困ったものだ。


「そうか、ご苦労だったな。顔をあげてくれ」


「へい」


 牛丸は顔をあげて、立ち上がる。そして、ああそれからもうひとつ、と牛丸は手をぽんと叩いた。


「見慣れない客人が、表門に来てますぜ。ありゃあ、異国の人間だな」


「異国の?こんな危険な国に、わざわざ?」


「さぁ、理由までは分かりません。ですが、京獄様に会いに来たんでしょうな。この国に大事な用があるんだと、門番に言ってましたから」


「私にか……。その者たちには悪いが、おそらく力にはなってやれない。だが、せっかく遠路はるばるここまで来たのだ、話くらいは聞かねば失礼だろう。母上に話してくる」


 京獄は立ち上がる。それを、慌てて牛丸が止めた。


「お京様は、よろしいんで?」


「お前から、うまく言っておいてくれ。客人と話し終わったら、すぐ戻る」


 その言葉に、牛丸の顔が歪む。


「うへぇ……鬼ですぜ、京獄様。ここに運ぶ道中も、『早く京獄様に会いたい、もっと急いで下さいませ!』とか、さんざん言われてんですから……」


 しかし、牛丸の抗議も虚しく、京獄は行ってしまった。


「……はいはい、分かりましたよ。別に、お京様も悪いお人じゃねぇんですが、ちと面倒なお方だからな……」


 京獄の姿が見えなくなると、気の乗らない口調で呟く。


──噂をすれば……とは、まさにこのこと


「ほう、誰が面倒だと?」


「げっ……お京様!?」


 いきなり声がしたので振り向くと、そこには急いで走ってきたのか、額に汗を浮かべながらわざとらしくにっこり笑う少女の姿があった。

 着物が乱れているのも気にせず、牛丸を問い詰める。


「まぁ、今のは聞かなかったことにして差し上げましょう。して──京獄様は、どちらに?」


「さぁ……知りませんな~?」


 牛丸は明後日の方を向いて、口笛を吹く。その態度に、お京の形相が変わった。


「誰に口をきいているのです?さっさと、教えなさい!」


 鬼の形相のお京とは相変わらず顔を合わせないまま、ひょうひょうとした顔で牛丸は言い返す。


「あっしは、あくまで京獄様にお仕えしてるんでねぇ。悪ぃですが、あなたに教える義理はありませんで」


「あなたという人は……いつもそうですのね!しかし、今日という今日は私も簡単には諦めませんことよ?あなたが教えて下さらないなら、自分で探すまでです!」


「ちょ、ちょっとお京様!?そんなに焦らんでも、すぐに戻ってきますぜ?」


 強行突破に出ようとするお京を、さすがの牛丸も慌てて制する。しかし、それに耳を貸す様子はない。


「私は、今すぐ会いたいのです!来る日も来る日も、ずっと待たされた挙げ句、少ししか会えずに帰らなくてはならないのですから。ああ、京獄様……なぜなのです……」


「そりゃ、あなたがしつこすぎるからじゃ……」


 思わず出た正論に、お京はぴしゃりと言い放つ。


「黙りなさい!」


「へい……」


 すっかり小さくなった牛丸を退け、お京は館の中に走り込んで行った。


「京獄様ー!どちらにいらっしゃるのですかー!」


「ちょっと、お京様ー!?」


 慌てて牛丸もその後を追う。しかし、お京の足は恐るべき速さだった。


「うへぇ……本当に鬼ですぜ、京獄様……」






 牛丸がお京を追う頃、京獄は母に何とか話を付け、アストルたちの前に姿を見せていた。


「お客人、我が屋敷に何か用だろうか?異国の方とお見受けする。わざわざ、この危険な土地に足を踏み入れたのには、相応の理由があろう」


「あなたが……ここの領主様でしょうか?」


 クローリアの問いに、小柄な少年は頷く。


「一応な。話を聞こう、屋敷に案内する」

 

「いいのか?」


 やけに、あっさり通してくれるので、逆にアストルの方が戸惑った。


「私には、今誰かと争う力はないのだ。下手に機嫌を損ねてしまっては大変なのでね……くる者は拒まずさ」


「俺たちは争いをしにきたわけじゃないんだ」


「そうか……まぁ、入ってくれ」


 少年は門番に、通していいと合図した。

 左右に立っていた門番は、それを見て端によける。


 中に一歩足を踏み入れてみると、大きな木造の平屋が広がっていた。多少古くはなっているものの、十分立派な建物だ。


「そこの縁側から上がってくれ。あ、履き物は脱いでな」


 言われたとおり、アストルたちは靴をぬいで屋敷に上がった。

 そこには、畳というものが敷かれていて、不思議な草の香りがする。アストルたちは、その上に少年と向かい合うようにして座った。

 少年は膝を折って、姿勢を正す。ぴしっ、としていて非常に美しい姿勢だ。


「さて──まず、私の名は安倍京獄。齢は今年で15を数える。あなたたちも、教えていただけるだろうか?その名と、用件を」


 アストルは頷いた。


和の大陸編スタートしました。

何か訳ありの術者のお話です。

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