逃げてくれ
迫る軍艦が、徐々にその姿をはっきりとさせ始めた。はっきりしてきたことで、人々に恐怖感が生まれ始める。
水竜ほどもあろうかという巨大な黒い軍艦には、巨大な大砲がいくつもギラギラと光っていた。
「水竜隊、いけーっ!」
少年のひとりが叫んだ。
シャンレルで一番の攻撃力を誇るとされる『水竜隊』は、訓練された水竜とその契約者たちで構成された隊で、子供たちの憧れだった。
しかし、それは呆気なく崩れ去る。
「砲撃用意、エネルギー70、75、80……95、エネルギーチャージ完了。撃てーっ!」
軍艦の放った一撃は、神石の力を圧縮した強烈なものだった。
その一撃は、狂いなく水竜の身体を貫く。
一瞬だった。
「ママぁ……僕たちもうだめなの?」
「大丈夫よ。アストル王子が守ってくれるわ……」
しかし、子供を抱きしめて安心させようとする母親の体も震えていた。
次々と水竜たちは、為すすべもなく海に沈められていく。水竜たちの苦しげな断末魔が響き渡った。
水竜隊の敗北により、人々の最後の望みはアストルに賭けられた。
(水竜たちが……俺が、何とかしないと……)
歯を食いしばりながら、水竜たちの最後を見届ける。一層、アストルは防御壁へと魔力を注ぎ始めた。
──上陸寸前、ザイクはゼロとドガーに指示を出した。
ゼロは、主に暗殺や密偵を得意とする感情のない男。
ドガーは、戦い始めると敵味方見境なしになぎ倒してしまう怪力の持ち主。
「ゼロ、お前はルクトスの暗殺および、あの巨大エネルギーを発している根源をつきとめろ」
「……はい」
ゼロは、スッと姿を消した。
「なぁ、俺はどうすればいいんだ?何を壊せばいい?皆殺しにすればいいのか?」
興奮して目が血走ったドガーは、今にも暴れ出しそうだ。周りにいた操縦士たちが、びくびくしながら様子を伺っている。
「お前らしいな。今日は好きに暴れてくるといい」
それを聞くと、ドガーは満足げに頷いて船室から出て行った。ほっとした操縦士たちに、ザイクは先ほどの大砲の準備を促す。
「あの障壁を取り払え」
エネルギーがまた集まっていく。
人々は恐怖に身体を強ばらせる。
再び、水竜たちを貫いた砲弾が発射され、アストルが張った防御壁に当たった。
が、それは防御壁に弾かれ、砕け散る。あたりに赤い閃光が飛び散った。
シャンレルの人々が歓喜の声を上げる。
「ふふ……ははははは!私が何十年もかけて開発した神石圧縮装置の攻撃をわけもなく防ぐとはな。一体、なんだというのだ?それほどに巨大な神石なのか……いや、それにしてもこれだけの力を引き出す人間のポテンシャル……本当に人間のなす業だというのか?……もう一撃、打てーっ!」
──アストルの状況は、周りの人間が思っているより深刻だった。
(ぐっ……なんて威力だ。これじゃ、思っていたほど長くはもたない……。まだ、大勢避難しきれてないのに……)
想像以上の威力に、アストルの疲労はどんどん溜まっていく。
「エネルギーチャージ完了。発し──うわあぁぁぁ!」
軍艦を大きな衝撃が襲った。
「何事だ?」
攻撃のする方を見やると、砲台がずらりと並んでいるのが目に入った。
「シャンレルを守っているのは、水竜たちだけじゃないよ……どうか、安らかに。永久に続く水流の一部とならんことを……。続けて、発射!」
簡略的だが、クローリアは水竜たちに弔いの言葉をかける。
そして、クローリアの指示で二発目が発射された。
「何だ、あいつらは……どうしますか、司令官?」
兵士が指示を仰ぐ。その表情には焦りが見えていたが、対するザイクは余裕すら感じさせる顔をしていた。
「どうもしない。この程度で壊れるような設計を私がすると思うか?そちらは無視していい。引き続き障壁を取り除くことに集中しろ」
「はっ!」
絶大な自信を持つその男の言葉に、兵士は再び障壁に集中した。
砲撃を続けてはいるものの、その効果は非常に薄かった。何とかアストルにかかる負担を減らそうとしたのだが、時間稼ぎにもならない。
「だめだ、こっちに見向きもしない。アストル……」
クローリアは、その無力さに拳を握りしめる。
「……クローリア隊長、王子のところへ行ってください」
年配の副隊長が突然切り出した。その言葉に、クローリアは目を丸くする。
「何を……ここを今離れるわけには……」
「あいつらは、私たちが何をしようと関係ない様子です。あなたも分かっているんでしょう?このままこうしていても、何の解決にもならないってことは」
「それは……」
クローリアは反論できなかった。
「だったら、王子の傍で王子を守って下さい。王子は、我々の光だ。……王子も頑張ってくれてはいますが、そう長くはもたないでしょう。誰かが止めなければ、優しくて正義感にあふれた王子のことだ……死ぬまでこの国を守り続ける」
「く……」
もう心は決まっているだろうに、いつまでも動き出さないクローリアに副隊長は怒鳴った。
「クローリア、いい加減にしないか!ここで王子が死んだら、シャンレルに未来はない。……この国は、どんなに手を尽くしても、今はこのまま侵略されるしかないだろう。お前は何としてでも王子を国外に逃がせ。そして、再び王子がこの国を再建するまで、守り抜くのだ……必ずな!」
副隊長の怒号に、クローリアだけでなく、周りにいたシャンレルの戦士たちも振り返る。
クローリアは、ようやく覚悟を決めた。
「分かりました……っ。絶対、守り抜いてみせます!だから、あなたたちも、生きて、新たなシャンレルを共に築くことを約束してください。……これは、隊長命令です!」
「ははは……、了解しましたよ、隊長」
クローリアは向きを変えて、アストルの元へと急いだ。
「ま、ずい……このまま、じゃ……もたな……い……」
アストルは、度重なる砲弾を幾度となくはじき返し、肩で息をしていた。
視界が狭まる。
こんなところで倒れては……
ドッ!
突然後ろから強い衝撃が走る。
アストルは為すすべもなく気絶した。
後ろに立っていたのは、ルクトスだった。
「悪ぃな、アストル……。けど、こうでもしねぇとお前、死んじまうだろ?これでシャンレルの人間が死んだら、その責任は全部俺にある。……お前は、生きろよ」
張られていた防御壁が解ける。それを皮切りに敵が上陸してくるだろうことが予想された。
「アストル!」
その時、クローリアが遅れて駆け付けた。
「クローリア、ちょうどいいところに来た。こいつを、国外に出してやってくれ」
「はい、もちろんそのつもりです!ルクトス様も一緒に……」
「俺はここに残る」
「ルクトス様!?」
ルクトスはクローリアにアストルを預けると、2人に背を向けて港の方へ進みだした。
「俺は、確かめなきゃなんねぇんだ。あいつが、本当にあのザイクなのか。もしそうなら、何でこんなことをしてんのか……ちゃんと聞かないとな」
「ルクトス様、待っ……」
ルクトスの姿は、あっという間に見えなくなった。
クローリアは首を横に振ると、アストルを背負って逆走する。港とは反対の方向に、海とつながっている場所があるのだ。
「アストル、君だけは守るから」
ピィーッ
クローリアはそこに辿り着くと、ナルクルの背に乗って国外へと脱出した。
──結局、あの力の根源は分からないか。
感情のこもっていない声が聞こえる。
──おい、ゼロ。俺はこいつを早く殺したいんだ、もういいか?なぁ?
──待て。俺はザイク様から力の根源を突き止めるように言われている。
──俺は、好きにしていいって言われてるんだよ。なぁ、いいだろ?
ルクトスはうっすらと目を開いた。
先ほどまで戦って、そして敗れてしまった2人の姿が映る。
「気がつきましたか。あの力は何で、どこにあるんですか?」
面を被っているように表情の変わらない青年が聞いてきた。
「さぁ……何のことだか……がはっ!」
大柄な男が苛立ったように蹴り飛ばした。
「早く言えよ……そうしないとお前を殺せないんだってよぉ……。司令官の命令じゃ、逆らえねぇんだよなぁ……」
「お前たち、さっきからザイクとか司令官って言ってるみてぇだが……そいつは……」
「私のことだ。久しぶりだな、ルクトス」
ルクトスは、はっきりとその姿を捉えた。
「やっぱり、お前なのかよ……」
──あの後、レティシアに運ばれたアストルは、1週間も眠り続けた。
そして──
目覚めた時に、シャンレルが侵略されたことを知った。