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アルタジア  作者: 桜花シキ
第5章 情報屋ハト
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あの日、守れなかった君へ④

 外の騒がしさが増していく。クローリアは、ニトが飛び出して行かないように、しっかりとその手を掴んでいた。


「……クローリア、なにがあったの?どうして外に出ちゃいけないの?」


「……」


「ねぇ、どうして!?どうして、メルが呼んでるのに行っちゃいけないの?」


「……ニトを守るって、約束したんだ」


「それじゃ、分からないよ……ちゃんと教えてよ!」


「……」


 ニトに詰め寄られると、クローリアは泣き出しそうな困った顔をした。


 クローリアは、偶然両親が話していることを聞いてしまった。

 これから自分たちは、戦いに行くのだと。そして、おそらくもう生きて帰ってくることはできないだろうと……。

 クローリアは飛び出して止めようとしたが、そこにニトがでてきてしまい、口をつぐんだ。両親はクローリアにニトのことを任せると言った。

 止めても、きっと行ってしまうのだろう……クローリアは両親に従い、ニトだけは絶対に守ると心に決めた。


「とにかく……だめなんだよ」


 ふっ、と窓の外に目をやったクローリアは言葉を失う。

 視力のいいクローリアには、はっきりと見えてしまったのだ。


──毒を浴び、苦しみながら倒れる両親たちの姿が。


 クローリアは叫びたかった。そのまま、飛び出してしまいたかった。

 

 だけど──

 

 クローリアはぐっとこらえ、ニトに外を見せないように気をつけた。


 

 しばらく、家の中でじっとしていると、急に音が止んだ。不気味なくらい、しんと静まりかえっている。


──終わったのか?


 おそるおそる、クローリアは立ち上がり、窓の外を見た。なるべく、海岸に視点を合わせないようにしながら。


 見たところ、何もいない。


「ニト、僕が外を見てくるから、ちょっと待ってて」


 クローリアは、そっと玄関の扉を開き、外へ出た。あたりをぐるりと見回す。


「何も──いないな」


 引き返そうと振り返ったクローリアは、恐ろしいものを目にした。ドクドリスが窓から入ってきて、ニトを連れ去ったのだ。


「きゃあああっ!」


「ニト!」


「クローリア、逃げて!」


 ドクドリスはニトをくわえたまま、海岸の方に飛んでいく。

 屋根の上で様子をうかがっていたのだろうか?

 そんなことは、どうでもいい。


「ニト、ごめん!守るって約束したのに!」


 クローリアは、ドクドリスを追いかけた。





「離して!」


 暴れるニトに、ドクドリスの歯が食い込む。


「痛いっ!」


──キュィィィィ!


 どこからか、激しく鳴く声が聞こえた。


「メル!?何で出てきたの!早く隠れて!」


【キュィィィィ!】


 メルフェールは、ニトの危険を察知したのか、自分から岩穴を抜け出してドクドリスの気をひこうとしていた。

 ドクドリスが、メルフェールの姿を捉える。

 

 仲間のドクドリスが、メルフェールめがけて下降していく。


「メル!」 


【キュ、キュゥゥゥ……】


 メルフェールは、驚いて動けない。たとえ動けても、メルフェールの足では逃げられないだろう。

 小さなメルフェールは、あっという間にドクドリスに捕まってしまう。苦しそうなメルフェールの鳴き声が耳に届く。


「メル……すぐ、たすけ……てあげ……る……」


 ニトは頭がぼうっとしてきた。毒が、回り始めたのだろう。


「……クローリア」


 遠のく意識の中で、彼女はその名を口にした。






「ニト!……メルまで」


 海岸にたどり着いたときには、すでに手の届かない場所に飛んでいってしまっていた。

 クローリアは、膝をつく。その周りには、動かなくなった人間や、ドクドリスの死骸が転がっている。

 しかし、どれもクローリアの目には入らなかった。


 もう、どうでもよかった。

 結局、自分には何も守ることができない。

 もう、自分の傍にいてくれる人間も──いない。


 クローリアの周りを、ドクドリスたちが囲み始めた。まだ、こんなにいたのか。


 逃げる気力もなくなっていた。ただ、呆然とそこに座りこむ。ドクドリスたちが、自分を殺してくれるのを待った。


──だが、その時


「何してるんだ、お前!?危ないだろ!」


 自分と同じくらいの少年が、クローリアの前に立った。


「悪いが、こっちも手加減してられない。燃え盛れ、怒りの火炎(ラスフレイム)!」


 少年は、一気に周りにいたドクドリスたちを倒してしまった。


「はぁはぁ……お前、怪我してないか?」


 息を切らしながら振り返った少年の姿を見て、クローリアは目を丸くした。


「うそ……アストル王子?」


 目の前に立っていたのは、紛れもなく王子だった。


「王子ー、勝手に走っていってはなりませぬぞ!」


 遅れて従者と思われる年配の男性がやってきて、アストルの様子を確認する。


「あー、ジギルさん」


「お怪我はありませぬか?あまりご無理をなされては、倒れてしまいますぞ。お父上も心配なされます。……おや、その少年は?」


 アストルが勝手に走っていってしまった理由を、ジギルは察したようだ。


「お優しいが無茶をなされるのは、本当にお父上にそっくりですな」


「あーあー、分かってるよ。で、怪我はないか?」


 ジギルの小言を聞き流しながら、アストルはクローリアに視線を戻した。クローリアは驚いて上手く言葉にできない。


「あの……はい」


 やっとそう答えたクローリアに、アストルは忠告する。


「早く帰れよ。まだ残ってるはずだ」


 帰る場所か──

 そんなもの、もうクローリアには残っていない。

 顔を曇らせながら、ぽつりとつぶやく。


「──帰る場所は、もうないんです」


 ジギルは、海岸で繰り広げられたであろう戦いの跡を見た。


「ご両親も……戦われたのですな」


 それに気がついたアストルは、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめん……俺がもっと早くきていれば……」


「別に、王子のせいじゃ……」


 突然頭を下げたアストルに、クローリアは戸惑った。相手は王子、自分はただの一般市民に過ぎない。

 そんなクローリアをよそに、アストルはとんでもないことを思いついた。


「──なぁ、お前うちにこないか?」


「え?」


 クローリアは驚いて、話がつかめなかった。


「王子……しかし、それは──」

 

 ジギルも顔にしわを寄せるが、アストルの気は変わらない。頑固なところがあるアストルは、一度決めたらなかなか後に引かないのだ。


「友達として、きてもらいたいんだ。お前、名前は?」


「……クローリア、です」


「クローリア、きてくれないか?」


「友達だなんて……そんな……」


 首を振るクローリアを見て、ジギルは仕方なしに提案する。


「王子、いきなりではこの少年も気が重いというものです。どうしてもというなら、まずは従者ということでどうでしょう?」


「えー、俺は嫌だけどな。お前はその方がいいのか?」


「……」


「このまま、どうするつもりだよ。行くとこないなら、とりあえずこいって!」


 アストルはクローリアの返事を待たずに、腕を引っ張って連れて行く。


 その途中、ドクドリスの群れが襲ってきた。


「やっぱり、まだいたか!怒りの火炎(ラスフレイム)……」


 アストルはもう一度、ドクドリスたちに魔法攻撃をしようとするが、ぐわんと視界が歪んだ。


「無理です、王子!先ほどの攻撃で体力が限界なのですよ、逃げて下さい!」


「くそっ……」


 ドクドリスがアストルたちに迫る。


「王子、ここは私が食い止めます。早く!」


「無理だよ、ジギルさん!」


「なに……老いぼれのことなど気にせずとも構いません」


 アストルたちをかばうように、ジギルは立ちはだかった。ドクドリスの鋭いくちばしが、ジギルを捉える。アストルが叫ぶ。


──あと数センチ


「馬鹿野郎!んなこと、許した覚えはねぇぞ、ジギル!」


 突然、怒号が走ったかと思うとドクドリスが吹っ飛んだ。

 強烈な蹴りを繰り出したのは、ルクトス王だった。ジギルは、半ば呆れたように笑う。


「……ルクトス様。まったく、本当に無茶苦茶ですなぁ……」


「お前に言われたかねぇよ」


 ルクトスはアストルに向き直る。


「大丈夫か、アストル。まったく、勝手に行きやがって……怪我してねぇか?」


 そこに、集まった兵士たちも駆けつけた。兵士たちは、城下町に入り込んだドクドリスを倒すべく走り回っている。


「国民が足止めしてくれたおかげで、最悪の事態は防げそうだ。だが……」


 ルクトスは海岸に広がる光景を見て、口を閉じる。


「俺が、もっと早く来ていればこんなことにはならなかったかもしれない……」


 うなだれるアストルの頭を、くしゃくしゃとルクトスがなでる。


「うわ……何すんだよ、父さん」


「んな顔すんな。……いいか?いくらお前に力があっても、まだまだ子供なんだ。お前の力は認めてる。その力は、きっといつかみんなを守れるさ。だが、今じゃない。子供のうちは、もっと大人に頼ればいいんだ」


「ルクトス様、立派になられて……昔のあなたに見せてやりたいですなぁ」


 からかうように、ジギルが言った。


「う、うるせぇよ!」

 



 その後、長い戦闘の末にドクドリスの件は収束を迎える。


 しかし、あまりに大きな傷跡を残した。見える傷跡も、見えない傷跡も──


 ルクトスは、アストルを背負って城に戻る。その手に引かれるようにして、クローリアも城に向かっていた。


「……助けてやれなくて、悪かった。こんなこと頼むのもどうかと思うんだが、アストルの傍にいてやってくれねぇか?こいつを産んで、母親はすぐに死んじまった。だから、こいつは母親の顔を知らねぇで育ったんだ。お前とは違うだろうが、近いものはあるんじゃねぇかと思ってな……。アストルもお前が気に入ってるみたいだし、嫌なら途中で出て行ってもらっても構わない」


 ルクトスは、その背で眠るアストルを見ながら言った。


「でも……僕は誰も、守れません……」


「言っただろ?もっと大人に頼っていいんだ。お前は、俺たちを頼ればいい。人間ってのは、ひとりひとり違うんだ。できねぇことも、山ほどある。だから、人を頼るんだろ。できねぇことが悪いんじゃない。頼れないことが、結局みんなを苦しめるんだ」


「ほっほっほ……今日のルクトス様は聡明に見えないこともないですな」


「微妙な言い方だな……」


 ルクトスはジギルの言葉にため息をつく。

 そうして、4人は城へと戻って行った。



 僕は居場所をもらった。


 ひとりで生きるには、僕は弱すぎる。目の前に与えられた居場所に、すがるしかなかった。

 傷跡は消えないけど、ここでならそれを背負って生きていけるかもしれない。


 僕は、守ろう。今度こそ、僕に居場所をくれた人たちを。


 ニトは、そんな僕を恨むだろうか?いくら恨まれても、きっと足りない。


 僕を許さなくていい。だけど、大きくなって誰かを守れるのなら、まだ生きていたいと思う。もう少しだけ、ここにいてもいいだろうか?


──ねぇ、ニト?

 





 だから、驚いたんだ。

 なぜ、昔の変わらぬ笑顔のまま、また僕の前に現れたのか。


 そして、なぜ僕はまだこれほどまでに弱いままなのか──


そろそろ、次の大陸に入ります。

いろいろと抱えるものはありますが、それがアストルたちをどういった方向へ向かわせるのか…

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