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アルタジア  作者: 桜花シキ
第5章 情報屋ハト
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あの日、守れなかった君へ③

 今日の波は穏やかだった。 

 ニトは、メルフェールと一緒にナルクルの背中に乗せてもらってご機嫌だ。


「ありがとう、ナルクル。ニトたちも乗せてくれて」


【子供がひとりやふたり増えたところで、問題はなかろうて。だが、いつもだとは思わぬことだ。本来ならば、水竜は自らの主しか背に乗せることはない。──メルフェールの祝いもかねて、今回だけ特別だ】


【キュウキュウ!】


【はは、礼を言っておるのか】


 ナルクルは、まるで孫を見ているようだった。ナルクルも1000歳近い高齢だし、メルフェールがかわいいのだろう。


【わしも、アクアレーン様の世話を任され、メルフェールといられる時間が減ってしまってな。メルフェールに主が見つかって、ようやく肩の荷がおりた】


 ナルクルは、いつになく穏やかに見えた。

 




 日暮れが近づき、メルフェールは元いた浅瀬に戻る。


【キュウゥゥ……】


 メルフェールが寂しそうな声を出す。ニトはメルフェールの頭を撫でる。


「大丈夫だよ、メル。また明日、会いに来るからね」


【キュウ!】


 そうニトが言ってやれば、メルフェールは嬉しそうに声をあげる。


 また明日。

 事件が起こったのは、その日の夜だった。


 ニトは、自宅でベッドに入り眠ろうとしていた。波の音が子守唄のように、優しく包み込む。

 うつらうつらと、まぶたが閉じてくる。

 ザザーッ──


 いつもと変わらぬ波の音。

 しかし、それに混じって何か別な音が──



──キュイィィィ!


 ニトの眠気が吹っ飛ぶ。


「メル?」


──キュイィィィ!キュイィィィ!


 間違いなく、これはメルフェールの鳴き声だ。しかし、今まで聞いたこともない、ひどく怯えた声。

 ニトは、パジャマ姿のまま外に飛び出した。

 両親は、すでに家の外に出ていて、隣に住むクローリアの両親と何か話している。ニトの姿に気がつくと、両親は家の中に戻るよう言った。


「ニト、クローリア君と家の中にいなさい。絶対、外に出てはいけないよ」


「おとうさん……でも、メルが……メルが私を呼んでるの!」


 必死にそう訴えるが、ニトの言葉は聞き入れられない。


「メルは、父さんたちに任せなさい。さ、早く!」


「クローリア、ニトちゃんの傍にいて守ってあげるんだよ」


「父さん……うん。ニト、部屋に戻ろう?」


 クローリアが掴んだ手を、ニトは振り払う。


「いや!あたし、メルのところに行くの!」


「ニト!」


 ニトの両親は、力ずくでニトを家の中に押し戻した。


「クローリア、ニトちゃんを絶対外に出すな!もちろん、お前もだ!」


「父さんたちは?」


「父さんたちは、お前たちを守る。必ずだ。お前は、ニトちゃんを守るんだよ」


「うん……約束する」


「すまないね、クローリア君。──あの子を、頼んだよ」





「クローリア君、年の割にしっかりしていますな。うちの子を任せてしまって、申し訳ない」


ニトの父が、クローリアの両親に頭を下げた。クローリアの父は、とんでもない、と首を横に振る。


「いえ……うちの息子も、人前ではああなんですが、そんなに強い子じゃないんですよ。あの子を置いて行きたくはありませんでしたが、仕方ありません」


「大丈夫よ、あなた。ニトちゃんがいるわ」


 クローリアの母が、言った。


「私たちは、守らなくてはなりませんね。あの子たちの未来を」


 ニトの母は、海の方を見て覚悟を決める。

 海岸には、シャンレルの人々が口々に何か叫びながら集まっていた。城の兵士たちも、手に松明を持ちながらやってくる。


「みなさん、ここから離れてください!危険です、早く……」


「なぁに、お前さんたちだけに任せるわけにゃあいかねぇよ。覚悟は決めてんだ、みんなでなんとかしようぜ」


 大人たちは、兵士が止めるのも聞かず、決して逃げようとはしない。


「我々が止めなくては、子供たちの未来が奪われてしまいますからね……戦わせてください」


 クローリア、ニトの両親もそれに加わる。


「みなさん……」


 兵士たちは、その姿にただ頭を下げるしかなかった。




 夜の闇に溶けながら、こちらに向かってくる大きな鳥。


──猛毒保有種、超危険種指定、怪鳥ドクドリス


 10年ほど前から、世界でたびたび目撃されるようになった危険種。ドクドリスに噛まれたり、毒の息を浴びた生き物は、その猛毒でほぼ確実に死に至る。

 その群れが、シャンレルに押し寄せてきたのだ。


 早く食い止めなければ、シャンレルは地獄と化す。


「クローリア、ニトちゃん……お前たちの未来が、どうか幸せなものでありますように……」


 大人たちは、ドクドリスの群れに向かって身を投げた。


 どうか、シャンレルに未来が訪れますように。ただ、それだけを祈って。


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