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アルタジア  作者: 桜花シキ
第5章 情報屋ハト
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あの日、守れなかった君へ②

 翌日、水竜隊隊長とクローリアの立ち会いの元、ニトの水竜選定が再開された。

 夜通し泣いていたのか、ニトの目は真っ赤にはれている。もう水竜隊に所属して30年近くになるが、ここまで水竜との相性が悪い子供は初めてだった。

 正直、何が悪いのか分からない。昨日も話はいろいろと聞いたが、近づくと逃げていくとか、無視されるとか、挙げ句の果てに威嚇されるとか……。


「何か水竜を怒らせることでもしたのか?」


「してないよ……」


 ニトは涙目だ。


「それは本当です。ニトは、何も悪いことしてません」


 クローリアが断言する。 

 そうなると、ますます分からない。


「う~ん……これは水竜に聞いた方が早いかな」


 隊長はラームを呼び出す。ラームは事情を分かっているので、隊長が何か言い出す前に話し出した。


【なぜ、その少女が選ばれないのか、だな?はっきり言ってしまえば、ポテンシャルが低すぎるんだ。おれたちには、人間に秘められた力を察知する力がある。だが、その少女からは、力が感じられない】


「力が足りないということか……。根本的な問題だと、どうにもな……」


「そんな……じゃあ、あたしは水竜に一生触れないままなの?」


 ニトが、悲観した声を出す。また泣き出してしまいそうだ。隊長は困ってしまう。


「残念だが……。ラーム、どうにもならないのか?」


 隊長は助けを求めるようにラームを見る。ラームは少し考えて、ひとつ可能性を提示した。


【……一頭だけ、その少女でも大丈夫かもしれない水竜がいる】


「ほんと?」


 ぱっ、とニトは顔をあげる。ラームは頷きつつも、何か訳ありだといいたげだ。


【おそらくな。ただし、姿を見ても、驚かないでやってくれ】






 ラームは、浅瀬の方に泳いでいく。人間の子供たちもよく遊びに来る、安全な場所だ。その浅瀬にある、大きな岩。子供の力では、到底動かせないサイズのものだ。その岩の前で、ラームは止まる。


【少し待っていろ】


 そう言うと、ラームは大きな頭でその岩をずらし始めた。すると、その裏側から大きな空洞が姿を現す。

 

【メルフェール、おれだ。出てきていいぞ】


 ラームは、暗闇に向かって呼びかけた。

 しばらくすると、びくびくしながら、何か小さい生き物が顔を出す。その生き物は、ラームの姿を確認すると、嬉しそうにキュウキュウ鳴きながら飛びついてきた。


「こ、これは……まさか、そいつも水竜なのか?」


 飛び出してきた小さい生き物は、初め何だか分からなかったが、よく見てみると水竜に似ている。しかし、それにしては小さすぎるし、他の水竜とフォルムも異なっていた。

 サイズは、人間の子供くらいあるかないか。細長く、しなやかな身体ではなく、丸々している上に、竜の足で立っている。水竜は泳ぐことが主流なため、本来なら手足は発達していない。しかし、この水竜はしっかりと自分の足で立っているのだ。この身体では、おそらく泳げない。


【メルフェールも、間違いなくおれたちの仲間だ。ただ、こういう身体だからな。深い海に連れて行けば溺れてしまう。だから、こうして浅瀬に隠しているのだ。海は危険だからな。こうして岩で塞いでおかないと、他の生き物に食われてしまうだろう】


「子供だからというわけではないのか?」


【メルフェールは300歳だ。十分、大人だよ。それでも、人間の言葉を話すことはできない】


 メルフェールは、ニトの方に寄っていくと、キュウと鳴いて首を傾げた。


【珍しいな、初対面なのに自分から近づいて行くなんて】


「たぶん……あたしにはこの子を傷つけられるほど、力がないからだよ」


 ニトはメルフェールに手を伸ばす。メルフェールはくんくん匂いを嗅いでから、その手に頭をすり寄せた。


「えへへ……。ねぇ、この子に主はいるの?」


 ラームは、いいや、と答えた。


「ねぇ、メルフェール。あたしと一緒にいてくれる?」


【いいのか?一度契約すれば、二度と他の水竜とは契約できないぞ。後から、お前に合う水竜がいたとしても……】


「いないよ、たぶん。だから、ラームもここに連れてきてくれたんだよね?それに……この子がいい」


 メルフェールは、じっとニトを見つめる。


【キュウ!】


 メルフェールは口を大きく開けた。そこには、小さな牙が一本だけ生えている。


【メルフェールが、もらってくれ……と。それで水竜の笛を作れば、お前がメルフェールの主だ】


「え……でも、この子歯が一本しかないよ?とっちゃったらだめな気がする……」


 ニトは、躊躇した。ラームは、そんなニトに語りかける。


【確かに、メルフェールの牙はそれしかない。それをお前にやると言っているんだ、もらってやれ】


「ニト、それが水竜の礼儀だ。大丈夫、主だと認めた人間が触れば、痛みはなく自然にとれる」


 隊長に背中を押され、おそるおそる小さな牙に手を伸ばす。ニトが牙に触れると、コロンと簡単に牙はとることができた。


【キュウキュウ!】


 突然、メルフェールがニトの周りをぴょこぴょこ跳ね始める。


「えっ、なになに!?痛かった?」


 ニトは慌ててラームを見る。ラームは頭を横に振り、穏やかな声で言った。


【喜んでいるのだ。メルフェールは、ずっと寂しかっただろうからな……傍にいてやってくれ】


「そうなんだ……よろしくね、メルフェール!」


「ニト、まだ終わってないよ。ちゃんと、その牙で笛を作らなきゃ」


 クローリアは一通り終わったところでニトに話しかけた。クローリアも安堵の表情を浮かべている。


「あっ、そっか。う~、うまく作れるかな……」


「僕も手伝うよ。でも、全部僕にやらせるのはなしだからね。この間も……」


「うぅ……分かってるよ~。じゃあ、メルフェール、笛ができたらまたくるからね」


【キュウ!】


****


 翌日、徹夜で笛を完成させ、ニトはメルフェールの元に向かった。30回目にして、ようやく水竜の主になったニト。

 その翌日も、さらに次の日も。毎日、笑ったり、泣いたり、喧嘩もしたり。だけど、それがどうしようもなく楽しかった。


 メルフェールと出会って半年。


──どうしてなのか、ニトの人生に平らな道は存在していなかった。


クローリアとニトの昔話になっています。実は、ニトのことは暗に第一話から示していたことに気づいた方はいるでしょうか?気になる方は探してみて下さい。

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