それぞれの思い
サイモアが引きあげていく様子を、信じられないような目でジェイドとルアンは見ていた。
「何が起こったんだ?」
驚く2人の元に、ニトの先輩だという男が姿を現した。その姿を見て、ジェイドは、あっ、と声を上げる。
「お前は、あの時の──」
「はい、お久しぶりですね。前王陛下暗殺の件を担当しました、情報屋の者です」
男はぺこり、と頭を下げた。
「あの時は、本当に世話になった。しかし、なぜまだここに?」
「5年前でしたね。あの後、私はこの大陸担当になりまして。ずっと常駐していたんですよ」
「それで、今回もお前たちが?」
「それはその通りなんですが、ある方に依頼されての仕事です。その方から、あなたに連絡があります。こちらを」
そう言って、男は通信機を差し出した。ジェイドはそれを受け取り、相手は誰なのかと尋ねる。
「レティシア国王、アラン様です。アラン様は、グランバレルの財政難もご存知でした。アストル王子をここに行かせると決めた時、協力要請のために初めから資金援助をするおつもりだったようですよ」
ジェイドは通信機に耳を当てた。スピーカーから、穏やかで、それでいて張りのある声が聞こえてくる。
「──あなたが、ジェイドさんかな?はじめまして、私はレティシア国王アラン=ルナス=レティシアだ。アストル君たちは、無事にそっちに着いたかな?」
「はい、アストルたちには会いました。──アラン王、本当に我が国の援助を?」
「ええ、そのつもりですよ。その代わりといってはなんですが、アストル君たちに協力してあげてくれませんか?」
アランは丁寧に頼んだ。ジェイドの方に断る理由はない。
「もちろんだ。ありがたい」
「それは、よかった。では、これで失礼しますね」
通信が途切れる。ジェイドが通信機を返すと、男は話し始めた。
「5年前の仕事の件ですが、まだ完全に終わっていませんでしたね。プロとして、ちゃんと収束させていただきますよ。報酬は結構です」
ジェイドは、首を傾げる。
「終わっていない?」
男は、ニヤリと笑った。
「はい。──ラザクトフ王を、表に引きずり出しましょう。その後は、あなたにお任せします」
「じゃあ、今回はアラン様が助け舟を出してくれたのか」
「そういうこった。後で、ちゃんと礼言っとけよ」
アストルを手助けした男は言った。先ほど、この男がアストルの力を制御していたのは明らかだ。一体、何者なのだろう?
アストルの考えを察したのか、男は話し始める。
「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺は情報屋、通称ハトの代表をやらせてもらってるもんだ。バドとでも呼んでくれ」
50歳後半から60歳前半くらいに見える男は、そう名乗った。
「王子さん、まさか情報屋のこと知らねぇのか?」
首を傾げたまま固まっているアストルを見て、バドは呆れた顔をする。
「おいおい……情報屋ってのはな、このアルタジアで最も世界を知り尽くしてる集団なんだぜ?そうだな……挨拶代わりに、ひとつ面白い情報を流してやろうか。あのザイクもな──一時期、情報屋にいたんだよ」
それにはアストルも食いついた。
「はっ、ザイクの話には食いつくか。だが、あいつは突然消えちまって、今に至る。今になれば、あいつはただ情報と技術が欲しかっただけで、この仕事に誇りがあった訳じゃなかったんだと思うがな。あの通信技術も、情報屋の専売特許だったってのによ……もってきやがって」
バドは非常に悔しそうだ。
「しかも、潜入やらなんやら、情報屋でつちかった技術を他の奴に教えちまってる。そいつには、気をつけな。ザイクのためなら、なんだってしてくるぞ」
そういえば、シルゼンも側近には気をつけろとかなんとか言っていた。おそらく、同一人物だろう。
「そいつに気をつければいいんだな?」
バドは、甘いな、と指をふる。
「勘違いしてもらっちゃ困るが、ザイクの腕もそれなりだ。でなきゃ、精鋭揃いの情報屋になんかなれねぇよ。──ま、中にゃ例外もいるがな」
「?」
「おーい、ボスー!」
海の方から、元気な声がした。黒いショートカットの少女が走ってくる。それを追うように、クローリアの姿も目に入った。
「噂をすれば、だな。おう、ニト!お前の恋人は見つかったのか?」
バドは、ニヤニヤしながら少女をからかう。ニトはむきになって反論する。
「バカ言うなー!クローリアは、ただの幼なじみだって言ってるでしょーが!絶対ない、絶対ないから!変なこと言うな!」
クローリアの名前が出たことに驚き、アストルは目を丸くする。
「ニ、ニト……そこまで言われると、さすがに傷つくんだけど……」
「クローリア、その子は?」
アストルは落ち込むクローリアに問いかける。クローリアは、元気そうなアストルの姿を見て、まずほっとした表情を浮かべた。そして、話し出す。
「ああ、僕の幼なじみなんだ。今は、情報屋をやってるらしいよ」
「幼なじみ……初めて聞いたな」
「うん……いろいろあったからね」
どこか含みのある言い方だが、出会ってから今までで、たぶん一番いい顔をしている。何か、背負っていた重い荷物をおろしたみたいな、そんな顔だとアストルは思った。
「さて、感動の再会はそこまでにしな。この国のことは、アラン王が何とかしてくれる。王子さんたちは、次の大陸に向かうぞ。詳しいことは、機内で聞いてくれ」
「機内?」
「王子さんは、空飛ぶ乗り物も初めてか?」
「私も、初めてなの」
リエルナの瞳が、好奇心でキラキラ輝いている。
「いいねぇ、嬢ちゃん。早速、乗せてやるからついてきな!」
リエルナは、嬉しそうにスキップをしながらついていく。
「僕も初めてだな。ニトは乗ったことあるんだよね?……ニト?」
クローリアがニトを見ると、顔が引きつり、奇妙な笑みを浮かべている。心なしか、顔が青い。
「ふ……ふふふふふ、あーっはっははは!!」
突然、ニトが狂ったように笑い出す。
「ニト!?どうしたんだよ、いきなり……」
あまりの変貌ぶりに、クローリアは数歩下がった。ニトは、もはや世界の終りなのかと言わんばかりの顔をしている。
「クローリアも乗れば分かるよ……地上の素晴らしさを思い知るよ……」
「つまり、高所恐怖症だな」
そう言ったのは、シルゼンだった。
ずっと黙っていたので、存在を忘れそうになっていたが、アストルと話しているときも、クローリアの後ろの方に立っていたのだ。いつも、そんなに口数の多い方ではないが、ザイクに会ってから様子が明らかに違う。
「やっぱり、シルゼン変だよ。何があったの?」
「別に、何もない。早く、行くぞ」
「そんなに急がなくてもいいよ……むしろ、ゆっくり行こうよ……」
ニトは、地面にしゃがんでうずくまっている。クローリアは、仕方なくニトの襟首を掴む。
「ほら、ニト!時間ないから!」
強引に引きずりながら、シルゼンの後を追う。
「うわー!クローリアの鬼ー!絶対、後で後悔するからなー!」
子供のようにだだをこねるニト。騒がしい声が、あたりに響いた。
新章スタートです!
仲間も増えつつ、次の大陸を目指すアストルたち。しかし、それぞれに様々な思いを抱いての旅立ち。次の大陸に入る前に、クローリアの過去になにがあったのか、明らかにしていきます。