協力者
クローリアは、まだぽかんと口を開けている。そんなクローリアを困ったような表情で少女は見つめる。
彼女の名は、ニト=フロウ。リエルナより1つ年上なのだが、年の割にかなり幼く見える。
このニトという少女は、クローリアにとって決して消えることのない、心の傷になっていた。
──あの時、死んでしまったと思っていたから
「クローリア~?お~い、クローリアだよね?」
ニトはクローリアの顔の前で、ひらひらと手を振った。それでようやく、クローリアは口を開く。
「う、うん。──ニト、なんだな?」
「そうだよ。クローリアの幼なじみの、ニト=フロウちゃんだよ。へっへ~ん、あたしが大人っぽくなったから見とれてるのか~?」
「いや、それはないんだけど……」
「サラッと否定するなー!」
ニトは、ジタバタと手足を動かし反論する。
(ああ、本当にニトなんだ……)
その様子を見て、クローリアはだんだんと実感がわいてきた。もう二度と会えないと思っていたのだが、人生は本当に何が起こるか分からない。クローリアは、身体の力が抜けて、へなへなとその場に座り込んだ。
「え、何!?どうしたの?」
ニトは慌ててクローリアの顔を覗き込む。
「──よかった。生きてて、よかった」
クローリアは安堵の表情を浮かべた。ニトはそれを聞いて、ふぅ、と息を吐く。
「……心配かけちゃったね。クローリアのことだから、8年間ずっと悩んでたんでしょ?ごめんね」
ニトは謝った。それに対して、クローリアは首を横に振る。
「ううん、僕が悪いんだ。守るって言ったのに、守れなかったんだから……」
2人が久しぶりの再会を喜んでいるのもつかの間、サイモア兵たちが再び襲ってくる。
「きたよ!クローリア、立てる?」
ニトが右手を差し出す。クローリアは少しためらってから、その手を掴んで立ち上がる。
「ニト、この状況──切り抜けられるかな?」
「ふっふっふ……ニトちゃんをなめないことですよ。実は──」
「長いし、回りくどいよニト。さっさと仕事しなよ」
突如、ニトと同じく白いハトの羽の刺繍が刻まれた戦闘服を着た男性が、こちらに向かってくるサイモア兵たちを爆撃で一掃する。
「なんだよー!あたしの見せ場をとるなー!」
そんなニトを無視して、男はクローリアに話しかける。
「私たちも協力します。サイモアをここから退けますよ」
「あなたたちは?」
「ご存じないですか?我々は情報屋──通称ハトと呼ばれています」
男は服の背に刻まれたハトの羽を指す。
情報屋……噂に聞いたことはある。世界中のあらゆる情報を扱う組織──彼らは相応の金額を払えば、情報の提供や収集、時には戦闘参加もする。情報屋組織は精鋭ぞろいで、強固な軍隊を誇る国であっても一目置く存在らしい。
「情報屋……ニトもそうなの?」
「そうなんだよ」
ニトは胸を張る。
「下っ端が見栄張らない」
男はニトを一括する。どうやら、この男はニトの上司のようだ。
「あの……あなたの名前は?」
「私はめったに本名を明かさないようにしていますので。それも情報のひとつになりますから。どうしても知りたければ、支払いの方よろしくお願いします」
男はそう言うと軍艦めがけて突っ込んでいく。そして、両手に爆弾のような物を持つと、それを放り投げた。
「爆撃──炎」
詠唱と共に凄まじい爆音を生じさせながら、火柱があがる。大砲は粉々に砕け散った。
「なんて威力だ……あの爆弾、神石でつくられてるの?」
「うん。先輩の自信作なんだってさ。でもね──」
「ニト、仕事だ。仕込んだ神石、探してくれ」
「またか!そうくると思ったよ!」
「どういうこと?」
「神石使うのはいいんだけど、爆発した後もったいないから神石だけは回収するんだよね。神石ごと爆発した訳じゃないから」
「で、それをニトが回収するわけか」
「そういうこと。人をいいように使うなー!」
ニトは怒っているようだが、男は動じない。
「ほらほら、早くしないと波にもっていかれるぞ」
「自分で探せ!」
口ではぶつぶつ言いながらも、しっかり探しには行くようだ。
「まったくもー!どこだ~、ん~……きゃあっ!」
足を滑らせたのか、バシャっと顔から海に突っ込んだ。
「何やってるんだか……ほら、そこだろ」
「……分かってるなら、自分で拾ってもらいたいんですけど」
ニトは、びしょ濡れになりながら男を睨む。男はニトと目を合わせないようにそっぽを向いた。
神石を回収し、ニトが戻ってくる。
「お疲れ様」
「ありがとう。本当に先輩は人使いが荒いんだから……」
「あはは……でも、ニトもドジなのは変わらないんだね」
「ちょっと、クローリア?」
「ご、ごめん……」
クローリアは慌てて話を変える。
「アストルたちも、大丈夫なのかな?」
「王子のこと?それなら、心配いらないよ。なんたって、ボス直々の出動だからね」
「おうおう、あっちも始まったか。よし、じゃあこっちもやるぞ。王子さん、砲撃の方は俺の仲間たちが何とかしてくれてる。今のうちに、魔法でぱぱーっと軍艦を沖まで押し返しちまいな」
「押し返すって……俺、そういう加減苦手なんだけど……。この間も、ひっくり返して終わっちゃったし……」
アストルはマクエラでのことを思い出す。
「がっはっは!そりゃあいい。でも、それやっちまったらザイクもキレそうだしな。人の土地で暴れられても困るだろ?ここは、穏便にいこうや」
そう言って、男はアストルの頭に手をおく。まるで、子供をなだめるように。
「な、何だよ……」
「まぁ、王子さんは加減するだけしてみな。後は俺が調節してやる」
言われるままに、アストルは詠唱する。
「水流よ、俺に力を……波!」
海の方で、突然大きな波が起こる。波は軍艦を飲み込み、沖へと引き戻す。しかし、威力が大きく、ひっくり返りそうだ。
「うわ……まずい!」
「落ち着け。王子さんはそのまま保ってな」
すると、アストルの頭に置かれた手から、何やら温かいものが流れ込んでくる感覚に襲われた。
「なんだ……?」
アストルは驚いた。力が調節されて、ぐらついていた軍艦がバランスを保ちながら後退していく。
「ザイク様!船が戻されています!」
「あのエンブレムは──情報屋か。面倒な奴らがでてきたな……全艦、退却!」
「ザイクたちが、引きあげていく……」
戦っていたサイモア兵たちが、急いで軍艦に戻っていく。クローリアとニトも、手を止めた。
「ボスたちが、うまくやったみたいだね」
「クローリア、無事か?」
シルゼンもそこに合流する。何となく、元気がないような気がした。戦いの疲れなのか、それとも別の何かがあるのか。
「シルゼンこそ、疲れた顔してるよ?」
「……俺は、問題ない。アストルたちに合流しよう」
「おい、そこのデカいの!あたしのこと、無視すんな!」
「……情報屋か」
シルゼンはエンブレムを見て気がついたようだ。
「僕の、幼なじみなんだ」
「そうか……。別に無視するつもりはなかったのだが……すまなかったな」
やはり、シルゼンはどこか変だ。気にはなるが、今はアストルたちに合流を急ぐ。
ひとまず、グランバレルからサイモアの脅威は去った。
しかし、それはまだ序章に過ぎない。世界を取り巻く運命は、まだ何も語ってはいないのだから……。
覇の大陸編は一応これで収束となります。
次回からは、新しい大陸に入る前に、クローリアとニト、それから大国レティシアに迫る闇──そういったものに触れる章を挟みます。
これからも、冒険におつきあい下さい。