衝突
ルアンの意識の奥深く。
(ジェイド──の声?)
ルアンは暗闇から顔を上げる。はるか上の方にかすかな光が見えた。
(……随分、深いところまで入ってたんだな。グランバレルに初めて来たときと同じだ)
あの時は、力が暴走していて自分ではブレーキが効かない状態だった。
グランバレルの人たちを傷つけたい訳じゃない──
それなのに、身体がいうことをきかなくて……。
こうして、今みたいに意識の奥底に沈んでいたんだ。自力で上に上がることができなくて、もがいてもがいて──それでもどうしようもなくて、いろんな気持ちがごちゃ混ぜになって──泣いていたんだっけ。
──その時も、ジェイドの声がした。
その声に引っ張られるようにして、僕は光の方へ進むことができたんだ。
だけど──
(ジェイド……今回はだめだよ。僕は、もう光へは戻らないから)
「ジェイ……ド……ザマ、ドイテ……グダ……ザ……イ」
ルアンは、薄れた意識の中で、声を絞り出した。
「ルアン、話はシルゼンから聞いたよ」
ジェイドはゼロと刃を交えながら言った。さすがは力を誇る国の王、ゼロとも互角にやり合っている。
「ドイテ……クダサ……イ」
「なぁ、ルアン。私がこの国の王になった話、まだしてなかったよな?」
ジェイドはゼロを後ろに後退させる。
「──アンヴァートに、父を殺されたんだ」
ジェイドは思いも寄らぬことを口にした。
いつの間にやら、ザイクが近くまで歩いてきていた。ゼロは、ザイクを守るようにその前に立つ。
「本人は隠しているつもりだがな……」
深い意識の底で、ルアンはジェイドの声を聞いた。
(アンヴァートが…ジェイドの父親を?だったら、どうしてジェイドはあいつと結婚なんか…)
「あいつに雇われた暗殺者が、父の食べ物に毒を盛ったんだ。暗殺者の方は捕らえたが…証拠隠滅のためか、死んでしまった。だが、私は必死で探して、ついに黒幕がアンヴァートだと突き止めたんだ」
「父上亡き後、グランバレルの友好国は態度を変えた」
ザイクはジェイドにそう言った。ジェイドは頷く。
「ああ、私は認めてもらえなかった。あくまでも協力していたのは、父に対してだけ。女に国をまとめられるのかと、散々言われたさ。偏見だよ」
「そしてこの財政難……その弱みにつけ込んで、アンヴァート殿はあなたに結婚を申し込んだ。あなたへの執着は本物ですよ」
「たとえ仇だと分かっても、国のことを考えれば騒げない……アンヴァートの策にはまったのさ」
だが、とジェイドは続ける。
「そうやってしばらく時間をおいたことで、考えたことがある。あいつのことは、いまでも許せないさ。だが、殺してしまえばそれまで。私は、あいつがちゃんと謝って、罪を償ってほしいと思っている。たとえ、どれだけ待ってもな」
「綺麗事ですね。言って分かる人間なんて、ほとんどいない」
ザイクははっきり言った。
「ザイク……お前たちのやり方は、自分の意に従わない者たちを斬り捨てることだ」
ジェイドは、ルアンに向き直る。
「ルアン、お前はここでこいつを殺していいのか?それで、本当に気は晴れるのか?」
(それは──)
『ルアン、父さんたちは戦わないんじゃない。戦い方が違うだけだ。血を流すことだけが戦いじゃない。その戦い方が一番楽だろうから、お前も流されるかもしれない…でも、父さんたちは難しい道を選んだ。それは──』
(──本人に、過ちを気づかせること)
そうだった。
父さんたちの本当の思いは、サイモアに復讐することじゃない。ザイクの偏った考え方を変えること。大事なこと、忘れていた。
ルアンは立ち上がり、光を見上げる。
(ああ、なんだ……思ったより近かったじゃないか)
暗闇に沈んでいた意識が、白い光に包まれた。
「綺麗事で、何が変わる?」
「たとえ綺麗事でも──」
「──やらなきゃ、絶対変わらない!」
ジェイドが言いかけた言葉を、ルアンは続けた。
父さんたちの戦いは、まだ終わっていない。
だって、まだ僕は戦えるんだから──