復讐
──間違いない。これは、あいつの気配だ。
ルアンは薄れる意識の中で思った。
完全獣化の状態では、パワーが桁外れに上がる。しかし、自我が保てなくなってしまうという欠点があった。
初めてグランバレルに来た時、あの時も完全獣化の状態だった。あの時は、実験されたばかりで力が暴走したために起こったのだが、今回は違う。
──あいつだけは、許さない。
(ルアン、父さんたちは王家が正しいとも新しい国が正しいとも思わない。──だから、従うことはしない。ごめんな、ルアン……)
「父さんたちが謝ることないよ…。僕だって戦いたくはないんだ。でも──」
ルアンは足を止めなかった。
どうしても、あいつだけは倒さなくては。
父さんたちの思い──知っているのは、もう僕だけだから。
ルアンは雄叫びをあげた。それと同時に、ルアンの意識は暗闇の奥底へ沈んでいく。
(さよなら……ジェイド)
「アストル!急いでここから離れろ!」
いきなりジェイドが部屋にはいってきて、そう言った。
「ジェイド、どうしたんだ?その慌てよう……」
「ルアンが……もうじきここから出られなくなると。あいつは、なぜかひとりで飛び出していってしまった。何かと戦うつもりだ。私はルアンを追いかける。お前たちは、早く行け!」
それを聞いて、シルゼンは気がついた。
「──ザイクだ」
「シルゼン、どういうこと!?」
クローリアがその名を聞いて飛び上がる。
「ルアン殿に俺が呼び出された時、話を聞いたんだ。──ルアン殿も、俺と同じサイモアの貴族。ルアニスク=ロンディル……それが、彼の本当の名前だ。この状況で隠すこともない」
「ルアンが……でも、それでどうしてザイクが?」
アストルは腑に落ちなかった。ルアンにザイクと戦う理由があるのだろうか?
「ロンディル家はグレゴルド家と違って、革命のとき最後まで司令官に従わなかったらしい。ジェイド殿はご存知だろうが、彼の獣化の力……あれはサイモアの実験によるものだ。彼以外、その実験体にされた家族や友は亡くなったらしい」
それを聞いて、ジェイドは脱力する。
「なぜ、私には話してくれなかったんだ……」
「ルアン殿は、その話が広まってこの国に危険が及ぶのを恐れたのだろう」
「それで、ひとりで?そんなの……」
アストルは無茶だと思った。そんなアストルに、ジェイドは言う。
「……ルアンは、死を覚悟している。私は、ルアンを止めに行いかなくては。ルアンは、戦うことを望んでいない……あいつはそういうやつなんだ。あいつの過去を消せる訳じゃない。だが、私はあいつに帰ってきてほしいんだ」
ジェイドは右手で剣を握りしめた。
「その話だと、ザイクが近くにいる可能性が高いってことだよね」
「このままだと、見つかっちゃうの」
逃げ場はもうないかもしれない。せっかくジェイドやルアンが教えてくれたが、逃げるという選択はもうできないだろう。ザイクはそんなに甘い人間じゃない。
「……どうせ見つかるなら、ルアンを止める手伝いをしないか?」
アストルは突如として提案した。
「アストル!?自分から出ていく気?確かに、このままいても見つかるとは思うけど……」
「だろ?特にいい作戦もなさそうだし。なぁ、シルゼン?」
「今回ばかりは、時間がない。……すまないな」
「──というわけだ。ま、捕まるって決まったわけじゃないし。もしかしたら、ここで倒せるかもしれないしな」
「あまりあの人を甘く見ないことだ。特に──あの人の側近には注意しておけ」
シルゼンは真剣に言った。
シルゼンも十分強いのに、それでもこれだけ警戒するって……どんな人なんだろうか。アストルは少しだけ怖くなった。
「おや、そちらからわざわざ出向いてくれるとはな。元気だったかな?」
ザイクを乗せた軍艦は、アストルたちが水竜に乗ってやってきたのと同じ場所に停まった。ザイクが船から降りてみると、そこには鋭くこちらを睨むルアンの姿があった。
──殺気
さすがはラディンバル、凄まじい殺気だ。ザイクも少しは恐怖というものを味わった。
しかし、それをかき消すほど、自分の実験が成功したことに対する喜びの方が勝っている。
「ダ……マレ!」
完全獣化状態のルアンは、勢いよくザイクめがけて突進した。
しかし、ザイクは動じない。
すぐに、黒い影がザイクの前に立つ。
「──ザイク様、大丈夫ですか?」
ゼロは相変わらず少しも表情を変えずに、短剣一本でルアンの攻撃を防いだ。
「ああ、問題ない。ゼロ、私もこいつ一匹から自分の身を守るくらいはできる。お前は、私を気にせずこいつの確保に専念しろ」
「分かりました」
ゼロはルアンに向き直ると、スッと姿を消した。
「!?」
ルアンが動揺した瞬間、ゼロはすでにルアンの背後にまわっていた。
ドッ!
鈍い音がしたかと思うと、ルアンは抵抗するすべなく倒れる。
あまりに一瞬の出来事だった。
ゼロという男、まだその実力は未知数だ。
「さすが、手際がいい。そいつは、船に乗せてサイモアに連れ帰る」
──ピクッ
ゼロは何かを感じ取り、とっさに後ろに下がる。
間一髪、ゼロはルアンの爪の一撃をかわす。気絶させたはずのルアンは、まだ立ち上がる。
「まだ動けますか。完全に気絶させたと思ったのですが……」
「ラディンバルが相手ではな。ゼロ、神石も使って構わない。最悪、生きてさえいれば、どんな状態でもいい」
「分かりました」
ゼロは、上着の胸ポケットから神石のペンダントを取り出し、首にさげた。
「強化」
神石の赤い光がゼロを包む。
「加速」
続いて唱えると、ルアンめがけて体当たりした。ルアンは遠くの岩場まで吹っ飛ばされる。
ラディンバルに完全獣化したルアンを、ゼロは軽々と吹っ飛ばした。強化状態のゼロには、いくらラディンバルといえど手が出ない。
「接近……加速」
ゼロは一気にたたみかける。
ルアンがそれに気がついた時には、ゼロはすでに目前に迫っていた。
「大人しくして下さい」
短剣が振り下ろされる──
キィン!
金属がぶつかる音がした。
「何の用です?」
ゼロは、ルアンを庇うように立つ人間を見た。
その人間はゼロの攻撃を剣で防ぎながら、顔を上げる。
「──こいつは私の国の者だ。連れて帰る」
それは、ジェイドだった。
「こいつの帰る場所は、あなたの元ではありません。こいつは、ザイク様の所有物です」
「ルアンは、物じゃない。お前たちに大事な国民を渡せないな」
ジェイドはゼロの攻撃を弾き返し、剣のきっさきを向けた。
ザイクとの衝突は避けられない…!
果たしてアストルたちはこの危機を逃れることができるのか?