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アルタジア  作者: 桜花シキ
第4章 要塞グランバレル
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予感

 キルディアは、貿易商で栄えた国だ。

 キルディアの国王アンヴァートは、自らも貿易に携わっている。性格はあまりよろしくないが、貿易に関わることに関しては目を見張るものがある。しかしそれであっても、キルディアの貿易が盛んになりはじめたのは、ザイクが司令官になってからだ。覇の大陸は、神石が多く採れることで有名で、ザイクはそれを大量に購入してくれるお得意様。


 しかし、直接ザイクが来ることは初めてだった。


 いつもなら、ザイクが開発した超遠距離型通信装置で連絡をしてくるだけだというのに。


「急にどうなさいました?」


「迷惑だったかな?」


「いえいえ、とんでもない!あなたなら、いつでも大歓迎ですよ」


 アンヴァートは応接間にザイクを通した。


「それは、よかった。そういえば、アンヴァート殿はいつ結婚なさるんです?隣国の姫君でしたかな?」


「もうすぐにでも、と思いますがねぇ……相変わらずジェイドは私を避けているし、加えてあのどこのどいつとも分からない獣が邪魔で。どう排除してやろうか考え中ですよ」


「獣?」


 ザイクが反応する。


「ああ、ジェイドの補佐官でしてね。恐ろしい獣に化けるんですよ。私もあいつが初めてグランバレル来たとき暴れているのを見ましてね。あれは、世界最凶の化け物、猛獣ラディンバルだったかな……」


「ラディンバル?」


 ザイクは食いついた。ラディンバルに化ける人間。ザイクには心当たりがある。


「まぁ、しっかりと見たわけではないですがね。なにしろ、ジェイドがすぐに倒してしまいましたから。ジェイドはそのまま殺さずに、補佐官として側に置いた……何を考えているのやら」


「──アンヴァート殿、私もその者に会わせていただけないだろうか?」


「構いませんが、補佐官殿に何か?あなたが捜していたのはシャンレルの王子では──そういえば、珍しくあの国に客人が来ていたな。今になってみれば不自然だ。グランバレルは知らない者を通さない。通ったということは、あの鉄壁の門番を倒したということか……」


(強い神石反応はなかったが……あの馬鹿力の息子なら有り得るか。それに、第四隊の話ではグレゴルドも一緒に行動しているはずだ)


「アンヴァート殿、その獣は私がいただいても構わないかな?」


 アンヴァートはそれを聞いて目を丸くする。


「あんな化け物を!?それはもちろんですが……」


「まぁ、そちらは思わぬ収穫だがね。本命は、その客人の方だ。……ゼロ」


「お呼びですか?」


 どこにいたのか、ザイクの部下であるゼロが姿を現した。驚くアンヴァートをよそに、ザイクは指示を出す。


「至急、グランバレルへ向かう。船の用意をしろ」


「神石はよいのですか?」


 出て行こうとするザイクをアンヴァートは呼び止めた。


「急ぎなものでな。今度、いつもの倍買わせていただく」


「そうですか。では、くれぐれもお気をつけて」






「ゼロ、王子を捕まえたらキルディアとの貿易は中止する。王子から莫大な神石の力の出所を聞き出せば、ここにもう用はない」


「分かりました」


 ザイクには、情というものがない。何事も効率よく、自分にとって最良の道を。そのためなら、手段は選ばない。たとえそれが、親友の息子であっても。






──ザワッ


 ルアンは、何か嫌な気配を捉えた。

 これは──危険が近づいている時の感覚。


 しかも──この感覚は、知っている。


「どうした、ルアン?」


「すごく……嫌な予感がします」


 ルアンは険しい顔をした。

 嫌な気配がする──そう言うルアンの表情は、恐怖より憎悪を語っている。


「ルアン、本当にどうしたんだ?」


「……ジェイド様、僕出かけてきます」


 唐突にルアンが言った。


「出かけるって、どこへ?アストルたちの見送りもしないのか?」


「見送り以前に、ここからもう出られなくなるかもしれませんよ……。ジェイド様、彼らに急ぐよう言ってもらえませんか?」


「何が起こっている?説明してくれ」


 ジェイドには何がなんだか分からない。


「時間がないんです。僕は、行かないと。あの日尽きるはずだった命だ……たとえ相打ちになっても、あいつだけは!」


 ルアンはジェイドの制止も聞かず、外へ飛び出していった。


「ルアン……あいつ、獣化を……」


 ルアンは、明らかに獣化していた。初めて会ったあの時のように。


──完全獣化


 シルゼンに見せたような、身体の一部だけを獣化させるだけの段階ではない。

 その姿は、紛れもなく猛獣ラディンバル。


「ルアン……なぜ、また……」


 ジェイドがルアンに初めて会ったときも、完全獣化の状態だった。ジェイドがそれを止め、とどめをささなかった訳。

 元々、そういうことをあまりしないジェイドだが、それだけではなかった。


──泣いていたんだ


 獣化したルアンは、戦いながら泣いていた。なぜ泣いていたのか、ルアンは話していない。


 一緒に過ごすうちに分かった。ルアンは、戦いを望んでいない。

 それなのに、戦おうとする訳。きっとそれが、あの日の涙の理由だ。


──知らないことが多すぎる


 聞かないことが、ルアンのためだと思っていた。聞かなくても、ルアンは普通に今まで生活していた。


 しかし、今明確に分かること。

 それは、ルアンが死を覚悟していることだ。


「──させないさ、ルアン。お前は、ここに帰るんだ」


 ジェイドは剣を手に取った。


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