騒がしい客人
翌朝、アストルが起きたのは一番最後だった。いつの間にやらシルゼンも部屋に戻っている。
「おはようなの、アストル」
リエルナがにっこりと笑う。
こういうのも悪くないかなぁなどと思いつつも、そそくさとあいさつを返す。
「お、おはよう。……シルゼンも戻ってたんだな」
「だいぶ朝方だったみたいだけどね。シルゼン、ちゃんと眠れたの?」
クローリアが何気なくそう言うが、それを知っているクローリアも寝ていないだろう。神経質なクローリアのことだ、旅にでてからろくに寝ていないのではないだろうか?
「クローリア、お前人の心配より自分の心配しろよ。お前こそ、寝てないんじゃないか?」
「そんなことないよ。アストルより少し繊細なだけ。アストルはどこでも眠れるからね」
「はぁ?なんだよ、それ」
クローリアに上手く話を持っていかれてしまう。人の扱いは、やはりクローリアの方が長けている。
「あはは、ごめんって。でも大丈夫、僕もちゃんと体調管理はしてるよ。倒れたら迷惑かかるしね」
──コンコン
アストルとクローリアが話していると、誰かに部屋の扉をノックされた。
「おはようございます。皆さん、もう起きていらっしゃいますか?」
ルアンの声だ。クローリアが鍵を開ける。
「おはようございます、ルアンさん。どうしました?」
「はい。そろそろ、キルディアからアンヴァート様がいらっしゃるはずなのでお知らせに」
ルアンは、下に朝食を準備してあるから、アンヴァートがくる前に食べるよう勧めにきてくれたのだった。
「すみません、そこまでしていただいて……」
「構いませんよ。では、後ほど」
「あ、ルアンさん……その前にひとついいですか?」
「はい、何でしょう?」
「アストルがシャンレルの王子だということは、くれぐれも黙っていて下さい。ジェイド様にもよろしくお願いします」
「分かっていますよ。サイモア関連の人間に知られたくはないでしょうからね」
シルゼンはその会話をただ黙って見ていた。そういえば、昨日何を話していたのか、まだ聞いていない。ルアンがいなくなってからアストルは聞いてみたが、お前たちには特に関係ないことだと教えてくれなかった。
「さてと、アストルの準備が終わったらいつでも行けるよ。僕らはとっくに終わってるから。アストルは昔から変わらないよね。朝なかなか起きれなくて……」
「あーあー、すぐに準備するって!」
クローリアに急かされながら、アストルは準備を急ぐ。
アストルの準備も終わり、4人は下の階へ下りる。階段の下には、ルアンが待っていた。
「ルアン、もしかしてずっと待ってたのか?」
「いえ、さっきまで事務処理をしていましたよ。でも、皆さんの準備が終わったようでしたので。食卓までご案内します」
「どうして分かったんだ?」
そういえば、さっき部屋に来たときもそうだった。タイミングがよすぎる。まるで、すでに分かっていたかのように。
「ああ……何となく、ですよ。気にしないで下さい。こちらです」
「アストル、客人が来る前に済ませてしまうぞ」
「あ、ああ。分かったよ、シルゼン」
シルゼンに急かされるようにして、アストルたちは食事に向かった。
「おいしいの。ね、アストル?……あれ?」
アストルはサラダを睨み、そんなアストルをクローリアが睨んでいる。
「アストル……それ食べるまでは、他の料理食べちゃだめだからね」
「そりゃないだろ!」
「だめです」
クローリアも頑として譲らない。
「なんだ、野菜食べられないのか?」
「全く食べられない訳じゃないって」
「そんなこと言って……僕が言わないと食べないじゃないか」
「食べた方がいいの。おいしいの」
「リエルナまで……あーあー、分かったよ!食べるよ、食べる!」
そんな様子を、シルゼンは懐かしそうに眺める。
(……あいつと同じだな)
アストルが嫌々サラダを口に運ぼうとした時、不運にも(?)ルアンからアンヴァート到着の知らせが入った。
「そっか!そ、それなら行かないと失礼だよな。うん、そうそう!」
「ルアンさん、これとっておいてもらえますか?」
クローリアが、すかさずルアンに尋ねる。
「あ、はい。大丈夫ですよ」
何も知らないルアンは頷いた。
「クローリア~?」
「さてと、行こうかアストル」
クローリアは何食わぬ顔でアンヴァートの元へと足を進める。アストルは大きなため息をつくと、それを追いかけた。
王の間の扉の前に立つと、ルアンは扉をノックした。中から、ジェイドの入れという声がする。ルアンが扉を開くと、ジェイドは救いを求めるような目で、早く来いと手招きした。
「う~ん、邪魔が入ったねぇ。せっかく、ジェイドと2人っきりになれると思ったのに。タイミングが悪いよ、補佐官殿?」
「おや、それはすみませんでした。いいタイミングだと思ったのですが、勘が鈍りましたかね?」
ルアンはどこか棘のある言い方で、ジェイドの隣に立つ男に言葉を返す。
長い銀髪をひとつに結わえた赤い瞳の男は、アストルたちを見て、にやりと笑った。
「おやおや、獣にとってそれは致命的ではないかな?」
獣って……どういう意味だ?
「口を慎め、アンヴァート!」
やはり、目の前にいるこの男がアンヴァートらしい。ジェイドがあれほど嫌がっていた意味を、一同はようやく理解した。
「ジェイド様!……僕は、構いませんから、落ち着いて下さい」
ルアンになだめられ、拳を握りしめながら、ジェイドはぐっと我慢する。
「おやおや、お客人にはまだ言ってなかったのかな?失礼、失礼。怒った君も美しいよ、ジェイド」
アストルはそのやり取りを聞きながら、シルゼンの脇腹をつつく。
「今の……どういう意味なんだ?」
「さぁな」
シルゼンは目を合わせなかった。
「ふふふ……君が元気なようでよかった。結婚の日取りはおいおい決めていくとして、今日はひとつ連絡を。サイモアのザイラルシーク殿から連絡があって、人を捜してほしいと頼まれてね」
それを聞いて、アストルたちは身を固める。
「なんでも、シャンレルのアストル王子という人物を捜しているらしくてね。見つけて連れて行けば、資金援助でもなんでもしてくれるそうだ。私としては、君が見つけてしまう前にその王子を差し出さないと、君との婚約が解消されてしまうかもしれないから焦っているけどね。一応、関連国には全て伝えろと念を押されたから、言っておくよ」
「婚約解消……か」
「まさか、もう知っているのかな?」
ジェイドは、何と言うだろうか。
「…いや、知らないな」
ジェイドは、変わらぬ調子で答えた。
「それを聞いて安心したよ。それでは私も頑張って捜すとしようかな。今日はその話をしにきたんだ。もっと君と話していたいが、これから仕事でね。名残惜しいけど、帰らなくてはならないのだよ。また来るからね、ジェイド」
アンヴァートはウィンクをひとつして、部屋を出て行った。
「あの人、気づいてませんよね?」
クローリアは、アンヴァートが完全にいなくなったのを確認して言った。
「それは大丈夫だと思います。ジェイド様が少しも動揺されていなかったのは大きい。アンヴァート様はああ見えて鋭いですから、少しでもジェイド様が動揺すれば、感づかれていたかもしれません」
「精神の動揺は、戦いに出るからな。そのあたりの訓練はしている」
「でも、よかったのか?……本当のこと言えば、結婚しなくてよかったかもしれないんだろ?」
「お前をサイモアに渡すのと、私があいつと結婚すること……秤に掛けるまでもないだろう?」
ジェイドは迷いなく、そう言った。そう言えることはすごいと思うが、本当にいいのだろうか?
「でも、この大陸中に指名手配されちゃっただろうね。早めに出た方がいいかもしれない」
「そうだな。いったん、レティシアに戻って──なぁ、レティシアに援助金の話、頼めないか?」
アストルは急に思いついた。
「アラン様に?どうだろう……でも、聞いてみようか」
「本当か!?それは、ありがたい」
「了承してもらえるかは分からないけど、聞いてみるよ」
「もしそうなれば、私もお前たちに協力しよう。サイモアのやり方には、賛同しかねていたからな」
ジェイドは、本当に嬉しそうだった。
その夜、アストルたちはグランバレルを後にすることにした。
しかし、ささやかな希望にグランバレルが包まれるとき、闇は静かに動き始める。
──数時間後
キルディアの港に、貿易船が停泊した。貿易船にしては、明らかに物騒な船が。
「ようこそ。あなたが直接こられるなんて初めてではありませんか?ザイラルシーク殿」
「急にすまないな。──何か予感がしてね。変わったことはなかったかな?」
外見だけの笑顔を作って、ザイクはアンヴァートに尋ねた。
ようやく解決の糸口が──
と、思ったらまさかあの人物が!?
次回、あの人が登場予定です。