グランバレルの王
「やぁ、いらっしゃい。よく来たね。まずは歓迎するよ」
部屋に入ると、赤い短髪の、かっこいいというか美しいという方が似合いそうな若い男性が椅子に座っていた。おそらく、この人がこの国の王なのだろう。
その隣には、白髪に黄色い瞳の青年が立ってこちらを観察している。青年は順々にこちらの顔を確かめていたが、シルゼンを見た時少し表情が変わった。眉間にしわを寄せて見ていたようだが、すぐに元の顔に戻る。
「あなたが、この国の王様なの?」
リエルナが尋ねた。
「ああ、その通り。私は、ジェイド=ラクトリフカ=グランバレルだ。ジェイドで構わない、よろしくな」
ジェイドはとても友好的だった。
「ルアン、お前も挨拶しておけよ」
「はい。僕は、ルアンといいます。ジェイド様の補佐……ということになってはいますが、僕はまだジェイド様に仕え始めてから数年といったところで……」
「でも、ルアンは仕事ができるんだ。事務的なことを任せられる奴がいなかったから、とても助かっている」
「よろしく。俺たちは話があって来たんだ。俺はアストル。……今はサイモアに侵略されたシャンレルの王子だ」
「王子だったのか、失礼したな」
「信じてくれるのか?」
「ルアンが何も言わないからな」
「?」
そこに、ルアンが遮るように口を挟む。
「何でもありませんよ。それより、そちらの方々は?」
「ああ、クローリアとリエルナ、それからシルゼンだ」
そこまで言ったところで、ルアンが詰め寄る。どうも、シルゼンのことを気にしているようだ。ルアンはシルゼンと何か関係があるのだろうか?
「シルゼン……家名はなんというのですか?」
「……グレゴルドだ」
「グレゴルド…たしか、サイモアの貴族ではなかったか?」
ジェイドの口から、思わぬ言葉を聞いた。シルゼンが貴族?そんな話、聞いたこともない。
「そうだったのか?何で言わなかったんだよ」
「……それは昔の話だ。今は、もうグレゴルドも俺と弟の2人しか残っていない」
「弟なんていたんだ。でも、シルゼンと弟の2人だけって……」
クローリアが疑問に思って尋ねるが、シルゼンは顔を逸らして、それ以上語ろうとはしなかった。
「まぁ……いったんそれはいいとして、話というのは何なのかな?」
「ああ、そうだった。実は、俺の故郷がサイモアに侵略されたことで……その時、俺の親父が人質に取られた。シャンレルのみんなもたくさん犠牲になった……。俺は、親父を取り返したい。それと、シルゼンはサイモアの人間だけど、サイモアを滅ぼしたいからって一緒に協力してくれてる。だけど、それだけじゃ力が足りない。それで、ここに協力をお願いしに来たんだ」
アストルはジェイドに語った。
ジェイドは、腕を組んでしばらく考え込んだ。
「サイモアのやり方に、私も賛同はしかねるが……」
ジェイドは何か問題があるような口調だった。
「このグランバレルは、ちょっと今財政面で苦しくてね……近隣の国から援助を受けているんだ。こちらとしても、あまりそういうことはしたくないのだが国民の生活を考えればそうも言っていられない。その援助を受けている国というのは、ここから北へしばらく行ったところにあるキルディアという国だ」
「キルディア……サイモアの配下か!」
シルゼンが声を上げた。
「そういうことだ。お前たちに協力すれば、サイモアを敵にまわすことになる。そうなれば、サイモアの配下であるキルディアからの援助も打ち切られるだろう。それを避けるために、私も渋々ある条件を呑んでいる」
「条件?」
アストルが尋ねるが、ジェイドは不機嫌になったまま目を閉じている。
それを見かねたルアンが、代わりに説明した。
「ジェイド様……僕から話しますよ?ジェイド様は、キルディアの国王アンヴァート様から結婚を申し込まれているんです」
「結婚!?ちょっと待て、どういうことだ?キルディアの国王アンヴァート?それって男性じゃ……?」
頭の上にたくさんクエスチョンマークが浮かんだ。
ルアンは、そうか、と言って笑いながらアストルの誤解を解く。
「やっぱり分からなかったんですね。ジェイド様は、女性ですよ」
しばらく沈黙が走る。
「──え、あっ、いや……すみませんでした!」
アストルは勘違いしていたことを、頭を下げて謝った。クローリアとシルゼンも一緒に頭を下げていたので、2人とも気がついていなかったようだ。
リエルナだけは、きょとんとした顔をしているので気がついていたようだが……。
「その辺は、気にしてもらわなくて大丈夫だ。名前も分かりにくいが、なにせこの外見だからな。よく間違われるんだよ。まったく……それだというのに、どうしてあいつは私と結婚などしたがるのか、理解できないな」
初めに見た時、確かに綺麗な人だとは思っていたが、女性だったのか。本人はそう思っていないだろうが、ジェイドは男性女性関係なく人気があるだろう。男性から見れば、凛とした美しい女性だし、女性から見れば、堂々としてかっこいい王という印象なのであろうことは想像できる。
「さて……そういう訳なのだが、どうする?」
ジェイドは話を戻した。
「うーん……そういう事情があると、難しいな。でもな、どうしようか……」
「まぁ、今日はここに入るまでもだいぶ疲れただろう。泊まっていくといい。なんなら、しばらくここで考えて答えを決めてくれても構わないよ。久しぶりに腕の立つ客人だ。私もぜひ手合せ願いたい」
「確かに、すぐに答えが出せる問題でもないな。みんな、それでいいか?」
「そうだね、それが最良だと思うよ」
「せっかくだから、そうさせてもらうの。」
すると、ルアンはシルゼンに向かって言った。
「シルゼンさんも、そうして下さい」
先ほどから、やはりルアンはシルゼンを意識している。ルアンは気にしているようだが、シルゼンの方はそれがなぜなのか見当がつかないらしく、困惑の表情を浮かべたまま答えた。
「……ああ、そうさせてもらう」
ルアンは迷っていたが、シルゼンに何か言おうとした。
だがその時、王の間の扉が開き、手に紙を持った門番が入ってくる。
「あれ、さっきの門番の人……門の監視に戻ったんじゃなかったのか?」
「いや、そうなのだが……ジェイド様、こちらを」
門番はジェイドに持っていた紙を差し出した。どうやら、それは手紙のようだ。なにげに花まで添えて。
まさか──
「……麗しのジェイド殿、ご機嫌いかがだろうか──これのせいで最悪な気分だ」
ジェイドは手紙をルアンに渡した。ルアンがそれを読みあげる。
「──明日、グランバレルへ君の様子を見に伺うので、楽しみにしていてくれたまえ……アンヴァート=ラザクトフ──ああ……ついに来ましたか」
「あああああ……私はあいつの顔など見たくない。声を聞いただけでも寒気がする……」
ジェイドはひどい嫌がりようだ。そんなに嫌な人なのだろうか。まぁ、文面からなんとなく察せないこともないが。
「ああ、もう……ルアン、私はもう休む。すまないが、客人を部屋まで頼んだ……」
ジェイドはため息をつきながら、重い足取りで王の間を出ていった。
「ジェイド……大丈夫かな?」
「まぁ、大丈夫ではないですが、いつものことですからね。さて、アストル様たちも部屋へご案内します」
「アストルでいいよ、ルアン」
「分かりました。こちらです……それと、シルゼンさんは後で裏庭まで来ていただけますか?これからご案内する部屋を出て、右にずっと行ったところに扉があります。その向こうが裏庭になっていますので。大事な話があるんです」
ルアンの目は真剣だった。
「必ず、行こう」
シルゼンの答えを聞くと、ルアンはアストルたちを部屋まで案内し始める。
その道すがら、アストルはシルゼンに尋ねた。
「シルゼン、ルアンとは初めて会ったんだろ?」
「ああ、そうだ。だが、何かあるのだろう」
ひとつの行動は、ただそのひとつだけで留まらない。
幾重にも重なり合い、絡み合って世界は動いている。
複数の物語が、そこにはある──