孤独な勇者
──一方そのころ、森で野営することになったシルゼンは、リベランティスの帰りを待っていた頭脳型マクウェルと会っていた。
「リベランティス、遅かったな。何かあったのか?」
「いやぁ、ちょっと顔見知りを連れてきた」
「そいつは……」
無愛想で目つきの悪いマクウェルが、リベランティスの後ろに立っているシルゼンを見る。シルゼンは軽く頭を下げた。どうやら、2人ともシルゼンとは面識があるらしい。
「カルラに追い出されたか?ご苦労様」
そのマクウェルは、特にシルゼンのことをとやかく言ったりはしなかった。
彼は、ロロ=サーネル。ルルの弟である。ルル同様見た目では分からないが、今年で150歳になるという。
ルルと比べると、弟のロロの方が落ち着きがあるように思える。淡々とした口調のまま、ロロはシルゼンに問いかける。
「サイモアの隊長様だったか?ここに戻ってきたということは、サイモアを敵に回す決心をしたんだな」
「ああ、その通りだ」
シルゼンは即答した。
「なんか仲間も一緒だったよな~。サイモアの人間じゃないっぽかったけど。そいつらは、ルルがマクエラに連れてったぜ」
リベランティスはロロの隣に腰を下ろした。シルゼンにもそのへんに座るように促す。折れた大木を椅子代わりに、3人は円を描くように座った。日が傾いてきたが、息を潜めるサイモア兵がまだ残っているからと、火は焚けない。
「兄貴、何か言ってたか?」
「あー……またオレに謝ってきた。もういい加減勘弁してほしいよな」
リベランティスは頭をかいた。困ったことがあると出る、彼の癖らしい。
「リベランティス殿は、まだ戻れないのか?」
「んー、あの術式、欠陥品だからいつ効果が切れるのかもよく分かんねーわけさ。永久持続……ってのもあるかもな」
「兄貴も、研究に関しちゃ右にでるものはいないが、人の気を理解するのには疎いから困ったもんだな。謝るってのは、どこか自分のしたことに救いを求めてるってことだ。謝るなって言ってるんじゃないが、過剰すぎるのも害になる」
ロロは呆れたように言葉を吐いた。
「ロロ~、別にルルは悪くないんだって」
「いや、兄貴の管理の悪さに関しては昔から折り紙付きだ。俺がいたころは俺が片付けていたが、しばらく旅にでていたらこのザマ。リベランティス、お前がこうなったのは、兄貴のせいであり、俺のせいであり、マクウェルたちのせいであり……お前自身のせいでもある。理由はひとつじゃない。兄貴に罪がないわけじゃないが、兄貴ひとりが加害者面してるのもおかしな話だ」
元々は、マクウェルたちを守ろうと得た力のせいで、マクウェルたちから白い目で見られるようになった。
危ないから、あいつに近づくな──
ルドの戦いの時は“勇者”などともてはやしていたのだから、勝手なものである。
──ルドに暮らしていたマクウェルたちは、サイモアがマクエラを攻め込む気だと知り、ここで食い止めようと戦った。
「マクエラにお前たちを入れるものか!」
「雑魚が騒ぐな!ザイク様の、世界を統一して争いのない世界を造る……その素晴らしいお考えを否定するのか!?」
「お前たちがこなければ、ここに争いなどなかった!全ては6年前……お前たちがフェルムンドに攻め入った時からおかしくなったんだ!しかも、まだ満足していない……。今度は、マクエラだと?しばらく静かにしていたから、フェルムンドは仕方がなくお前たちに明け渡して、戦いがないなら黙っていてやろうと……それで、一体どれだけの仲間が苦しんだと思ってる!世界を統一する?世界にはいろんな人が、いろんな考え方がある。それを無理やりひとつにするなんて、おかしいとは思わないのか!?」
「ザイク様のお考えは正しい。皆がザイク様のお考えに従っていれば、争いなど起こらん。従うのなら歓迎するとおっしゃって下さっているのだぞ?」
「そんな管理された世界などいらない。我々には、我々の生き方がある!」
こうして、サイモア軍第四隊とマクウェルたちの交戦が再び始まった。
サイモア軍のルド進攻の話は、すぐにマクエラにも知れ渡る。
リベランティスも騎士団を引き連れて、すぐルドに駆けつけた。
「また来たのかよ…フェルムンドだけじゃ満足いかなかったか?贅沢言うなよな~。──こっちは不満貯まりまくってんだからよ」
リベランティスは、マクウェルたちの中でも屈指の戦闘力を誇っていた。リベランティスたちの参戦により、サイモアとの戦いは拮抗。しかし、戦闘型は徐々にその数を減らし、窮地に追いやられた。
「くそっ、このままじゃマクエラまで……」
そのとき、リベランティスの脳裏に浮かんだのは、いたずらでルルの研究室に忍び込んだとき偶然見つけた術式だった。
──力を得たリベランティスは、ひとりで第四隊を壊滅的なまでに追いやった。命からがら生き延びたサイモアの兵士たちはフェルムンドに戻り、フェルムンドに残っていた仲間たちと反撃の時を狙っているのだという。
本来なら、そこにシルゼンたちの隊がやってきた時点で終わりだったのだが、サイモアのやり方に納得のいかなかったシルゼンは反発する自分の隊員と戦ってまで、強制退却した。そのとき、リベランティスたちとは一度顔を合わせている。去り際、再び戻ることがあれば共に戦うと約束して。
「でも、アンタ大丈夫だったのかよ。よくサイモアから生きてここまでこれたな~」
リベランティスは少し意外そうな顔をした。
「一緒にいた黒髪の青年、アストル王子というのだが、彼の故郷シャンレルの制圧に出た帰りだったようでな……気が少しそちらに傾いていたせいかもしれんが。まぁ、あの人は裏切り者を徹底的に痛めつけるからな。去り際に言われた。『私の考えを認める気がないのなら、好きにするがいい。ただし、私を裏切ったことを後悔するだけでは済まない方法で……君を消すがね』と」
「うっわ、こわ~。いいのかよ?」
「覚悟の上だ。それより、今は約束通りフェルムンドを取り戻す」
「さっき、シャンレルの王子って言ってたが……強力な魔力を使う王子のことか?」
ロロがアストルに興味を示した。
「知っているのか?」
「世界を旅していた時、シャンレルにも行ったからな。8年前……だったか、その力は見たことがある。明日、俺も王子に会いに行こうと思う。リベランティス、お前も一度帰るんだ」
「はぁ!?オレも?おいおい、それは……」
リベランティスは本気で反対する。
しかし、ロロも引かない。
「俺がお前を見張ってる間に気づいたことがある。お前は、一度暴走するとしばらくは落ち着いたままだ。暴れたのが昨日ここでなんだから、大丈夫だろう」
3人が座っている倒れた大木。どうやらリベランティスが暴れた後だったようだ。
「お前を任されてるのはこの俺だ。お前だって、騎士団の状況は気になるだろう?」
それを聞いて、リベランティスは真顔になった。
しばらく考えた末に、しぶしぶ頷く。
「騎士団が、どうかしたのか?」
シルゼンの問いに、リベランティスは、ぽつりと言った。
「マクエラを脅かすのは、サイモアだけじゃないってね。はー、面倒だな~」
リベランティスは、そのままごろりと横になると、すぐに寝息をたてはじめた。
フェルムンドを取り戻すため、動き出すアストル一行。
しかし、マクウェルたちにはさらなる問題が起こっているようで…