マクエラの民
まだ夜の明けていない暗い海を、アストルたちは水竜に乗って進んでいた。
アクアレーンの背にはアストルとリエルナ、ナルクルの背にはクローリアとシルゼンが乗っている。プライドの高い(アクアレーンはどうか分からないが)水竜だが、緊急事態とあって今回ばかりは力を貸してくれた。
【アストル、無事でよかったー!心配してたんだよ?】
「ごめんな、レーン。俺は、大丈夫だから」
【クローリア……随分と知らない輩が増えたのではないか?この男はサイモアの人間、あちらの娘は素性が分からぬ。信用してよいものか……】
ナルクルの方は、少し不機嫌そうだ。
「俺がもし怪しい行動をしたら、喰い殺しても構わん」
シルゼンは、そう言い放った。
ナルクルはそれが気に入らなかったらしく、ふんと鼻で笑う。
【軽々しく生命を語るな。わしは、人間の肉など喰わぬ。特に、おぬしのように“殺しても構わぬ”などと簡単に口にする輩はな】
「……確かに、少し軽率だったな。悪かった」
シルゼンはその大きな身体を折るようにして頭を下げる。
ナルクルはまた鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言わなかった。
「ナルクル、マクエラについて聞かせてくれないかな?古代文明って言うくらいだから、歴史は古いよね?君なら、何か知ってるはずだ」
1000年の時を生きてきたナルクルは、色々なことを知っている。
【ふむ……マクエラには“マクウェル”という種族が暮らしておる】
「マクウェル?」
【人間と猫の中間をとるような者たちだ。マクウェルには、二通りある。ひとつは“頭脳型”と呼ばれる者たち。こちらが原型だ。知能がすこぶる高く、おそらくアルタジア全土で彼らを越えるものはおらぬだろう。寿命も、わしら水竜族には及ばぬとはいえ300年は生きる。だが、戦闘力は乏しく絶滅も危ぶまれた。頭脳だけで、弱肉強食の時代を生き抜くことはできぬ。猛獣どもに喰われたり……色々あったのだ】
「じゃあ、どうやってここまで?」
【種の存続が危ぶまれたとき、新たな型が生まれたのだ。“戦闘型”……彼らはそう呼ばれておる。戦闘型は頭脳型を守るために生まれた特殊な者…生まれ方に規則性はなく、偶然に現れるらしい。彼らの働きで絶滅こそ免れたが、戦闘型は普通の人間より少し運動能力が高いというだけで寿命も人間と変わらぬ。だが、その一生をマクウェルのために捧げねばならん。ちと、哀れな運命を背負った者とも言えるのぅ……】
「そんな……」
「だが……最近は少し変わりつつある」
突然、シルゼンが口を挟んだ。そういえば、出発前にマクエラのことを気にしていたのだった。
「何か知ってるの?」
「マクエラは俺たちが──」
シルゼンが言い終わる前に、アクアレーンがあっ、と声を上げた。
【みんなー、見えてきたよ!あれが、マクエラだよ】
目を凝らしてみると、水平線の向こうに大きな遺跡のようなものが見える。
──あれが、古代文明マクエラ……
アルタジアの古い歴史、その記憶を残す地。
近づくにつれ見えてくるその全貌は、見る者を圧倒する。しかし、どこか物寂しく、恐ろしさすら感じさせる──不思議な場所だった。
朝日が昇るころ、アストルたちはその大地に足をつけた。
そこにも、小さな遺跡らしきものがあった。この遺跡は村のようだ。しかし、木造の家は大破し、原形をとどめていなかった。それに……あれは、お墓なのだろうか?小さい盛り土がいくつも並び、木の板に名前らしきものを彫った墓標が立てられている。
──待てよ、何かおかしい……
……そうだ、木造の家が長い間残っているはずがない。雨ざらしになっていたのなら、とっくに朽ち果てているはずだ。だが、ここにある家は壊れてはいるものの、朽ちてはいなかった。あの墓だって、まだ新しい。崩れることなく、そこに整然と並んでいる。それに、ここに着いた時から感じているこの違和感……これは──
「……ここは、遺跡ではない。とはいえ、ここもいずれ遺跡と呼ばれるようになってしまうかもしれんがな……。遺跡はこの先だ、行こう」
シルゼンが突如として口を開き、大陸の奥へと進んでいってしまった。
「シルゼン!?おい、待てって!」
アストルたちも、慌ててシルゼンの後を追う。
【ねぇ、ナルクル……ボクが前ここに来た時、ここはこんな風じゃなかったと思うんだけど……】
アクアレーンが首をかしげる。
ナルクルは、それを聞いてじっと崩壊した村の方を睨んだ。
【……!これは……アクアレーン、お前も感じないか?】
ナルクルに言われて、アクアレーンもじっと村を見つめる。
【これ……死人の臭い?】
【ああ。まだ、それほど時間がたっていないと見える。そういえば、先ほどあの男、何か言おうとしていたな。あの男は、この訳を知っておるのだろうか……】
シルゼンは、ずんずんひとりで先に行ってしまっていたが、急にぴたりと足を止めた。
「急にどうした──」
ガサッ!
目の前の茂みが音をたて、何かがとび出した。
それはアストルたちの前に立つといきなり怒鳴り始める。
「何者か!ここは、人間の立ち入っていいところと違う。出ていけ!」
それは、猫の耳と尻尾をはやした少女だった。小柄だが、目は鋭く攻撃的だ。
──おそらく、彼女がマクウェル……戦闘型だろう。
それにしても、すぐに追い返されることはないと言われていたのに、これはどうしたことだろうか?このままでは、話も聞いてもらえそうにない。
少女とシルゼンの目が合った。すると、少女の形相がどんどん険しくなっていく。
「おまえ……また来たのか?また、みんなを殺しに来たのかッ!」
少女はいきなりシルゼンに襲いかかった。
──グレイ!カルラを止めるんだ!
突然の声と共に、シルゼンの前に誰かが立ちふさがり、少女の鋭く研がれた爪の攻撃を、少女の腕をつかんで受け止めた。
「グレイ、どけ!邪魔をするなッ!」
シルゼンを庇った、やはり戦闘型と思われる青年グレイは少女を落ち着かせようと、静かに語りかける。
「カルラ、この人は殺してなんかいない……だろ?俺たちと一緒に戦ってくれたじゃないか」
「だが、こいつが連れてきた……こいつの仲間、カルラの親……殺した!!」
──アストルたちは言葉を失った。
シルゼンは睨みつけてくる少女カルラの目をじっと見ている。
さっきの破壊された村は、もしかして──
茂みが、再びガサリと音をたてる。
思わず身を固めたが、出てきたのは鼻の上に小さなメガネをのせた、かなり猫寄りの小さな人だった。1mくらいはあるかもしれないが、やはり小さい。この人が、頭脳型マクウェルなのだろうか?
息を切らしながら、その人はなんとか話し出した。
「走るのは……得意じゃないルルから……。ルルも、もうすぐ200歳ルルし……じゃなかった!カルラ、話も聞かないで戦っちゃだめルル」
「サーネル教授……だが、こいつの仲間は聞かなかった!」
「だからって、同じことしてもいいルル?」
「それは……」
カルラを黙らせると、サーネル教授はアストルたちに謝った。
「いきなり驚かせてごめんルル。許してほしいルル」
「いや……謝るのは、俺のほうだ。今日は、そう思ってここに戻ってきた」
「ねぇ、ちゃんと状況を説明してもらえるかな?」
クローリアがたまらず切り出した。
「そうだね。このままだと、すごくモヤモヤするの」
アストルも頷く。
「話してくれ、シルゼン。」
シルゼンは言った。
「シャンレルの一件が起こる少し前、俺の隊は司令官から命令を受けて、ここへ来た。マクエラ制圧──それが任務だった」
──というわけで、始まりましたマクエラ編。
さぁ、交渉だ!!…と思った矢先、なにやら一筋縄ではいかない雰囲気。
どうなってしまうのか…